『読老子』第七十七章

今回は『読老子』の第七十七章、つまり『老子』の第七十七章の翻訳と解説です。今回もしっかりと頑張っていきます。

前の章は引っ越し前のブログ記事にあります。

引っ越し前のブログ: 玄齋の書庫 - Yahoo! ブログ
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では、七十七章に入ります。

●原文:

天之道、其猶張弓乎。髙者抑之、下者擧之。有餘者損之、不足者補之。故天之道、損有餘而益不足。人之道、則不然。損不足而奉有餘。孰能有餘而有以奉於天下乎、唯有道者。是以聖人爲而不恃、功成而不居、其不欲見賢。


●書き下し文:

天(てん)の道(みち)は、其(そ)れ猶(なほ) 弓(ゆみ)を張(は)るがごときか。髙(たか)き者(もの) 之(これ)を抑(おさ)へ、下(ひく)き者(もの) 之(これ)を擧(あ)ぐ。餘(あま)り有(あ)る者(もの) 之(これ)を損(そん)し、足(た)らざる者(もの) 之(これ)を補(おぎな)ふ。故(ゆゑ)に天(てん)の道(みち)は、餘(あま)り有(あ)るを損(そん)して足(た)らざるを益(ま)す。人(ひと)の道(みち)は、則(すなは)ち然(しか)らず。足(た)らざるを損(そん)して餘(あま)り有(あ)るに奉(ほう)ず。孰(たれ)か能(よ)く餘(あま)り有(あ)りて天(てん)に奉(ほう)ずる者(もの) 有(あ)るか、唯(ただ) 有道者(いうだうしや)のみ。是(ここ)を以(もつ)て聖人(せいじん)は爲(な)して恃(たの)まず、功(こう) 成(な)りて居(を)らず。其(そ)れ賢(けん)を見(あら)はすを欲(ほつ)せず。

「髙」の新字体は「高」、「擧」の新字体は「挙」、「餘」の新字体は「余」、「益」の新字体は「益」、「爲」の新字体は「為」
「猶(なほ)」の新仮名遣いは「猶(なお)」
「抑(おさ)へ」の新仮名遣いは「抑(おさ)え」
「補(おぎな)ふ」の新仮名遣いは「補(おぎな)う」
「故(ゆゑ)に」の新仮名遣いは「故(ゆえ)に」
「則(すなは)ち」の新仮名遣いは「則(すなわ)ち」
「有(いう)」の新仮名遣いは「有(ゆう)」
「道(だう)」の新仮名遣いは「道(どう)」
「居(を)らず」の新仮名遣いは「居(お)らず」
「見(あら)はす」の新仮名遣いは「見(あら)わす」


●解説:

では、本文に入ります。

「天(てん)の道(みち)は、其(そ)れ猶(なほ) 弓(ゆみ)を張(は)るがごときか。髙(たか)き者(もの) 之(これ)を抑(おさ)へ、下(ひく)き者(もの) 之(これ)を擧(あ)ぐ。餘(あま)り有(あ)る者(もの) 之(これ)を損(そん)し、足(た)らざる者(もの) 之(これ)を補(おぎな)ふ。」

「天の道」とは、「道(みち)」、つまり。:個々の道を総称したものに仮の名前を付けたもので、どんな個々の道でも大切になるポイントのことです。

個々の道とは、武道や書道や詩歌や、それぞれの職業、そんなものが無い人でも、日々の生活をより良くするための知恵、などのことで、人は個々の道を学び工夫して身に付けていくわけです。そしてその個々の道を身に付ける修養を通して、どんな個々の道でも大切になるポイントである「道(みち)」を窺い知るようになっていく、というものです。

弓というのは、昔の六藝(りくげい:古代の学生に教育した六つの科目、射(しゃ:弓の射撃)・御(ぎょ:馬を御する)・書(しょ:読み書き)・礼(れい:礼法)・楽(がく:音楽)・数(すう:計算))の一つで、その弓に喩えることで当時の人に分かりやすく説明をしたものです。

この部分は、元(げん)の呉澄(ごちょう)の註釈には、次のように述べています。

■原文:

抑弣之髙者、使之向下。擧弰之下者、使之在上。

■書き下し文:

弣(ゆづか)の髙(たか)きを抑(おさ)へる者(もの)は、之(これ)をして下(した)に向(む)けしむ。弰(ゆはず)の下(ひく)きを擧(あ)ぐる者(もの)は、之(これ)をして上(うへ)に在(あ)らしむ。

「上(うへ)」の新仮名遣いは「上(うえ)」

「弣(ゆづか)」とは、弓を握る部分のことです。
「弰(ゆはず)」とは、弓の両端の弦を掛ける所のことです。

■現代語訳:

弣(ゆづか)が高い所を向いているのを下に抑える人は、弓を下に向けることが出来ます。弰(ゆはず)が低い所にあるのを上に上げる人は、弓を上にすることが出来ます。


更に、元(げん)の呉澄(ごちょう)の註釈には、次のように述べています。

■原文:

天道之損有餘、如抑其弣而使之下。其補不足、如擧其弰而使之髙。

■書き下し文:

天道(てんだう)の餘(あま)り有(あ)るを損(そん)するは、其(そ)の弣(ゆづか)を抑(おさ)へて之(これ)を下(ひく)からしむるが如(ごと)し。其(そ)の足(た)らざるを補(おぎな)ふは、其(そ)の弰(ゆはず)を擧(あ)げて之(これ)を髙(たか)からしむるが如(ごと)し。

■現代語訳:

天の道の余り有るものを減らすのは、弓の弣(ゆづか)を下に抑えて弓を低い所に向けさせるようなものであり、足りないものを補うのは、弓の弰(ゆはず)を上に上げて弓を高い所に向けさせるようなものなのです。


つまり、弣(ゆづか)や弰(ゆはず)の位置を上下して弓の高さを調整するように、余り有る所から足りない所へ物事を移動させるのです。


次です。

「故(ゆゑ)に天(てん)の道(みち)は、餘(あま)り有(あ)るを損(そん)して足(た)らざるを益(ま)す。」

「故」は魏(ぎ)の王弼(おうひつ)以降の本文ではありませんが、中国の湖南省長沙市の東の郊外にある馬王堆(ばおうたい)という前漢初期の墳墓の第三号漢墓より出土された帛書(はくしょ:布に書いた書)(以下、「馬王堆帛書(ばおうたいはくしょ)」)の甲本(甲本と乙本があります)では「故」がありますので、「故」を付け加えています。

「益(益)」は魏(ぎ)の王弼(おうひつ)以降の本文では「補」となっていますが、「馬王堆帛書(ばおうたいはくしょ)」の乙本では「益(益)」となっていますので、それに合わせて「益(益)」にしています。

この部分は『周易(しゅうえき:又は『易経(えききょう)』)』の益(えき)の卦について述べた卦辞(かじ)を更に解説した彖伝(たんでん)に述べています。益(えき)の卦は次のような形をしています。

図1.益(えき)の卦の形
図1.益(えき)の卦の形


益(えき)の卦は、外卦(がいか:上半分の八卦)が巽(そん:☴)で風を表し、内卦(ないか:下半分の八卦)が震(しん:☳)で雷を表します。この二つはお互いに助け合う(風が激しく吹けば、雷も激しく鳴ります。逆も然りです。)という所から、益(えき)という卦の形の意味があります。巽(そん:☴)も震(しん:☳)も、卦の下の部分が変化したもので、下の卦(内卦(ないか))は、坤(こん:☷)から震(しん:☳)に、下の部分が陰から陽に変化し、上の卦(外卦(がいか))は、乾(けん:☰)から巽(そん:☴)に、下の部分が陽から陰に変化しています。このように、益(えき)の卦は上の陽を減らして(損して)、下に増やす(益す)ことによって形作られていて、それは上の立場の人が粉骨砕身して下の立場の人に施すことを益(えき)と言うことに繋がります。

次に、この益(えき)の卦の卦辞(かじ)は次のように述べています。

■原文:

益、利有攸往、利涉大川。

■書き下し文:

益(えき)、往(ゆ)く攸(ところ) 有(あ)るに利(り)あり、大川(たいせん)を涉(わた)るに利(り)あり。

「涉」の新字体は「渉」

■現代語訳:

益(えき)の卦は、行動することで良い結果が得られ、大きな川を渡るような思い切ったことを行っても良い結果が得られます。


では、上の文を更に解説した彖伝(たんでん)の一節は、次のように述べています。こちらに先ほどの結果になる理由が述べられています。

○原文:

彖曰、益、損上益下、民説无疆。自上下下、其道大光。利有攸往、中正有慶。利涉大川、木道乃行。益、動而巽、日進无疆。天施地生、其益无方。凡益之道、與時偕行。

○書き下し文:

彖(たん)に曰(いは)く、益(えき)、上(うへ)を損(そん)し下(した)を益(ま)し、民(たみ) 説(よろこ)ぶこと疆(かぎ)り无(な)し。上(うへ)より下(した)に下(くだ)り、其(そ)の道(みち) 大(おほ)いに光(かがや)けり。往(ゆ)く攸(ところ) 有(あ)るに利(り) 有(あ)るは、中正(ちゆうせい)にして慶(よろこ)び有(あ)り。大川(たいせん)を涉(わた)るに利(り) 有(あ)り、木道(ぼくだう) 乃(すなは)ち行(おこな)はる。益(えき) 動(うご)きて巽(したが)ひ、日(ひ)に進(すす)むこと疆(かぎ)り无(な)し。天(てん) 施(ほどこ)し地(ち) 生(しやう)じ、其(そ)の益(えき) 无方(むはう)なり。凡(およ)そ益(えき)の道(みち) 時(とき)と偕(とも)に行(おこな)はる。

「无」は「無」の略字です。
「曰(いは)く」の新仮名遣いは「曰(いわ)く」
「大(おほ)いに」の新仮名遣いは「大(おお)いに」
「乃(すなは)ち」の新仮名遣いは「乃(すなわ)ち」
「方(はう)」の新仮名遣いは「方(ほう)」
「行(おこな)はる」の新仮名遣いは「行(おこな)わる」

○現代語訳:

彖伝(たんでん)には次のように述べています。益(えき)の卦は、外卦(がいか:上半分の八卦)の乾(けん:☰)から陽を一つ減らして巽(そん:☴)となり、その一つの陽が、内卦(ないか:下半分の八卦)の坤(こん:☷)に入って(増やして)、震(しん:☳)となったもので、上を減らして下を増やす形になっています。そのように人の上に立つ立場の人が身を粉にして努力することで、下の立場の人達がその恩恵を蒙るようになれば、民衆の喜びは限り無いものになるのです。このように上から下へ一つの陽が下るように、本来は高い所にいる人が下の立場の人達に謙ることによって、その道は大いに輝くものとなるのです。行動することで良い結果が得られるのは、内卦(ないか)と外卦(がいか)それぞれの中心(二と五(下から二番目と下から五番目))が正しい位置にいることによって、(正しい位置とは、初(しょ:一番下)・三・五は陽、二・四・上(じょう:一番上)は陰であることです。)両極端を避けて適切な所にいる中庸(ちゅうよう)の徳があり、その上で正しい位置を失わない、そんな人が天下に恩恵を与えることになることによって、喜ぶようなことがあるということです。

大きな川を渡るような思い切ったことを行っても良い結果が出るのは、六三(りくさん:爻(こう:卦を構成する六本の陰陽を示す線)の中で、下から三番目の陰の爻(こう))が動く(九三(きゅうさん)になる(下から三番目の爻(こう)が陽になる))ことによって、家人(かじん:図2の形をした卦)の卦となり、

図2.家人(かじん)の卦の形
図2.家人(かじん)の卦の形


この卦は内に渙(かん:図3の形をした卦)を含み、

図3.渙(かん)の卦の形
図3.渙(かん)の卦の形


(下から二・三・四・四・五・上の爻(こう)で構成された互卦(ごか:隠された意味を示す卦のことです。これは特殊な互卦(ごか)ですので、注意点を後述します。))これは巽(そん:☴)の下に水(坎(かん:☵))がある形を示します。つまりこの卦は中孚(ちゅうふ:図4の形をした卦)と同じで木(巽(そん:☴))の下に水(兌(だ:☱)、沢(さわ)を意味します。)があることになります。それによって、木道(ぼくどう)が行われる、つまり、水に浮かべた舟が大きな川を渡ることが出来るように、人の心も欲が無く空っぽであることによって、その上で懸命に努力することによって(中孚(ちゅうふ)と異なるのは、沢(兌(だ:☱))では無いので自分で舟を漕ぐ必要があるのです。)、あらゆる物事を感動させることが出来る、それによって、大きな川を渡るような思い切ったことを行っても良い結果が出るということです。

益(えき)は内卦(ないか)が震(しん:☳)で外卦(がいか)が巽(そん:☴)であることから、動いて巽(したが)い、つまり動いて道理に従えば、日ごとに進む長さが限り無いものとなります。外卦(がいか)の乾(けん:☰)から一陽が内卦(ないか)の坤(こん:☷)に下るように、天が施して地があらゆる物事を生み出すように、上の立場の人が粉骨砕身して下の立場の人に恩徳を施すことで、その利益は限り無いものとなります。そもそも上にいる人が下にいる人に施す益(えき)の道というものは、時に応じて道理に従うもので、時に従って行われるものなのです。


つまり、益(えき)の道は、木道(ぼくどう)を行われるように(木道(ぼくどう)とは、つまり水に浮かべた舟が大きな川を渡ることが出来るように、心の欲を空っぽにして、その上で懸命に努力することによって、あらゆる物事を感動させることが出来、それによって大きな川を渡るような思い切ったことを行っても良い結果が出るというもので)、上の立場の人が粉骨砕身し、下の立場の人に施すことで、民衆は限りなく喜び、その利益は限り無いものになるというものです。このようなものを老子(ろうし)は天の道と言っているのです。


ここで、互卦(ごか)とは、その卦の中に隠されている卦であって、普通は下の爻(こう)から二・三・四・三・四・五で作る卦で、四つの爻(こう)で作るものですが、今回のものは二・三・四・四・五・上で作る卦で、五つの爻(こう)で作っています。こうした特殊な互卦(ごか)を用いて易の結果を説明しているものがあります。

それは蒙(もう)卦の彖伝(たんでん)の一節にあります。この蒙(もう)の卦の形は図4のようになります。

図4.蒙(もう)の卦の形
図4.蒙(もう)の卦の形


蒙(もう)の卦は屯(ちゅん)の卦の次に当たり、屯(ちゅん)は物事が初めて生まれたもので、生まれ出たものは必ず幼いので、蒙(もう)の卦が次に来るのです。

(蒙(もう)は童蒙(どうもう:子供)の蒙(もう)を示します。)

蒙(もう)の卦は、外卦(がいか:上半分の八卦)は艮(ごん:☶)で「山」と「止まる」ことを示し、内卦(ないか:下半分の八卦)は坎(かん:☵)で「水」と「険(けん:難所)」を示します。山の下に難所があり、難所に遭遇してなすべきことが分からないことを示し、これが蒙の卦の象(しょう:卦の形が示す意味)となります。坎(かん:☵)は穴に水が注がれた状況を示し、水はそこから外へ行くことが無いのです。このことも蒙(もう)の卦の象(しょう)を示します。

次に、蒙(もう)卦の卦辞(かじ)は次のようになっています。

◇原文:

蒙、亨。匪我求童蒙、童蒙求我。初筮告、再三瀆、瀆則不告。利貞。

◇書き下し文:

蒙(もう)、亨(とほ)る。我(われ) 童蒙(どうもう)に求(もと)むるに匪(あら)ず、童蒙(どうもう) 我(われ)に求(もと)む。初筮(しよぜい)は告(つ)げ、再三(さいさん)すれば瀆(けが)る、瀆(けが)るれば則(すなは)ち告(つ)げず。貞(てい)なるに利(り)あり。

「瀆」の新字体は「涜」
「亨(とほ)る」の新仮名遣いは「亨(とお)る」

◇現代語訳:

蒙(もう)の卦は、物事が上手くいきます。私(成熟した大臣)から幼い君主に求めるのでは無くて、幼い君主から私に求めるようにするのです。学ぶというのは、自分の意志から始まるものでなければならないのです。占いは一度占って告げ、二度三度占えば占いを汚し侮ることになるので、そうなると告げないようにします。きちんと堅く自分の正しい気持ちを執り守るようにすれば、良い結果になります。


この部分を解説した彖伝(たんでん)は次のようになります。

◆原文:

彖曰、蒙、山下有險、儉而上、蒙。蒙亨、以亨行時中也。匪我求童蒙、童蒙求我、志應也。初筮告、以剛中也。再三瀆、瀆則不告、瀆蒙也。蒙以養正、聖功也。

◆書き下し文:

彖(たん)に曰(いは)く、蒙(もう)、山下(さんか)に險(けん) 有(あ)り、險(けん)にして止(とど)まる、蒙(もう)なり。蒙(もう)は亨(とほ)る、亨(とほ)るを以(もつ)て行(おこな)ひて時中(じちゆう)するなり。我(われ) 童蒙(どうもう)に求(もと)むるに匪(あら)ず、童蒙(どうもう) 我(われ)に求(もと)む、志(こころざし) 應(おう)ずるなり。初筮(しよぜい)は告(つ)ぐ、剛中(がうちゆう)なるを以(もつ)てなり。再三(さいさん)すれば瀆(けが)る、瀆(けが)るれば則(すなは)ち告(つ)げず、蒙(もう)を瀆(けが)すなり。蒙(もう) 養(やしな)ふを以(もつ)て正(ただ)し、聖功(せいこう)なり。

「險」の新字体は「険」、「應」の新字体は「応」
「行(おこな)ひ」の新仮名遣いは「行(おこな)い」
「剛(がう)」の新仮名遣いは「剛(ごう)」
「養(やしな)ふ」の新仮名遣いは「養(やしな)う」

◆現代語訳:

この蒙(もう)の卦を内卦(ないか:下半分の八卦)と外卦(がいか:上半分の八卦)に分けますと、外卦に山(艮(ごん:☶))があって、内卦に険しい所(坎(かん:☵))がある形です。これは山中(艮(ごん:☶))に険しい所(坎(かん:☵))があって、そこで止まる(艮(ごん:☶))ということを指しています。これは難所で行うべきことが分からないという童蒙(子供)を示しています。このような、難所で止まって行うべきことを知らないという蒙(もう)の卦が「亨(とお)る(物事が上手くいく)」とはどういうことかと言いますと、二(下から二番目の爻(こう:卦を構成する六本の陰陽を示す線))の位置(この卦では大臣の位)にいる果断で道理に明るい大臣が、五(下から五番目の爻(こう))の位置(君主の位)にいる幼い君主とお互いに引き合う関係(九二(下から二番目の陽の爻(こう))と六五(下から五番目の陰の爻(こう))、陽と陰)であるために時期を得ているからなのです。そのような時期に従って行うことによって、亨(とお)る(物事が上手くいく)のです。

果断で道理に明るい大臣が、幼い君主に求めるのでは無くて、幼い君主の方が大臣に求めるという風にすれば、お互いの志が通じ合うということを示しています。

占いで一度目は告げるというのは、九二(下から二番目の陽の爻(こう))のような剛中(ごうちゅう)の道(果断で道理に明るく、両極端を避けて程良い所にいる)に適っているからです。

(このように一度目で告げて、その意味から占いの意味を占う相手の身の周りの状況から考えていくことは適切であって勇気が要り、それを貫くことが大切なのです。)

二度三度告げれば占いを汚して侮ることになり、汚れてしまえば告げない(再び占ってくださいという願いを斥ける)のは、二度三度占うことで占う相手である幼い君主の心を汚してしまうからです。

(適切さを失うことによって汚れてしまうからです。)

幼い君主を養って正していくというのは、優れた知恵と徳を持つ聖人(せいじん)の成し遂げる功業であるのです。


ここで、最後の一文についての、清(しん)の恵棟(けいとう)の『周易述(しゅうえきじゅつ)』の疏(そ:注釈を更に解説したもの)には、次のように述べています。

▽原文:

二至上有頤象。

▽書き下し文:

二(に)の上(じやう)に至(いた)るに頤(い)の象(しやう) 有(あ)り。

「上(じやう)」の新仮名遣いは「上(じよう)」
「象(しやう)」の新仮名遣いは「象(しよう)」

▽現代語訳:

蒙(もう)の卦から(下から)内卦(二・三・四)・外卦(四・五・上)という風に互卦(ごか)を作ると頤(い)の卦になります。これは頤(あご)の形を示していて、飲食を示し、飲食で人を養うことを示す卦の意味があります。

ちなみに、頤(い)の卦の形は図5のようになります。

図5.頤(い)の卦の形
図5.頤(い)の卦の形



更に、宋(そう:北宋から南宋の間)の朱震(しゅしん)の『漢上易伝(かんじょうえきでん)』にも、次のように述べています。

▼原文:

蒙自二至上體頤。頤、養也。

▼書き下し文:

蒙(もう) 二(に)より上(じやう)に至(いた)り頤(い)を體(たい)す。頤(い)、養(やう)なり。

「體」の新字体は「体」
「養(やう)」の新仮名遣いは「養(よう)」

▼現代語訳:

蒙(もう)の卦は第二爻から上爻までの間に頤(い)の卦が備わっています。

(同様に、九二・六三・六四・六四・六五・上九という形での互卦(ごか))

頤(い)は、頤(あご)の形をしていて、飲食を示し、飲食で養うということを示しています。


ここから、蒙(もう)の卦でも養う意味が隠されていることを示しています。


次です。

「人(ひと)の道(みち)は、則(すなは)ち然(しか)らず。足(た)らざるを損(そん)して餘(あま)り有(あ)るに奉(ほう)ず。」

ここは、人の道(ここでは人の世の中全般で行われていること)は天の道とは反対になってしまっていることを述べたものです。

「奉(ほう)ず」とは「献上する」ということです。

ここで述べていることと同じことを述べているのは、『周易(しゅうえき:又は『易経(えききょう)』)』の損(そん)の卦です。損(そん)の卦の形は図6のようになります。

図6.損(そん)の卦の形
図6.損(そん)の卦の形


損(そん)の卦は、外卦(がいか)が艮(ごん:☶)で内卦(ないか)が兌(だ:☱)、山(艮(ごん:☶))の下に沢(兌(だ:☱))があるという象(しょう:卦の形の意味)です。山(艮(ごん:☶))は高いことを示し、沢(兌(だ:☱))は深いということを示します。下が深いことで上が益々高くなり、下を損することで上を更に増すという意味を持ちます。更には沢が山の上にあり草木やあらゆる物事を潤すことを意味します。兌(だ:☱)は説(悦(よろこ)ぶ)ということを示し、各爻はそれぞれ応じ(初と四、二と五、三と上が陰と陽で引き合う)、これは喜んで献上するということを示します。九三(きゅうさん)は六三(りくさん)に変化して兌(だ:☱)を形作り(下から三番目の爻が陽から陰に変じることで兌(だ:☱)となる)、剛(ごう:陽の性質で、果断で自分の思い通りに行おうとすること)であるべき位置で柔(じゅう:陰の性質で、柔軟で人と調和することを大切にすること)に変化することで、下(内卦(ないか))を損するということを示し、上六(じょうりく)は上九(じょうきゅう)に変化して艮(ごん:☶)を形作り(一番上の爻(こう)が陰から陽に変化することで艮(ごん:☶)となる)、柔(じゅう)であるべき位置で剛(ごう)に変ずることで上(外卦(がいか))を増すということを示します。これらは全て下を損することで上を更に増すという意味があります。

ここから、上が恩沢を施してそれが下に及ぶことが益(えき)であり、下から取り立てて上を厚くすることが損(そん)であることが分かります。例えば、土を重ねる時も上を減らして基本を厚くすることが益(えき)であり、下の基本を取り崩して上を増すことは、壊れる元であり、損(そん)となります。


次に、この損(そん)の卦の卦辞(かじ)は次のようになります。

■原文:

損、有孚、无咎、可貞、利有攸往。曷之用、二簋可用享。

■書き下し文:

損(そん)、孚(まこと) 有(あ)り、咎(とが) 无(な)し、貞(てい)なるべし、往(ゆ)く攸(ところ) 有(あ)るに利(り)あり。曷(なん)ぞ之(こ)れ用(もち)ゐん、二簋(にき) 用(もつ)て享(きやう)すべし。

「用(もち)ゐん」の新仮名遣いは「用(もち)いん」
「享(きやう)」の新仮名遣いは「享(きよう)」

「曷」は「曷(なん)ぞ」、つまり「何(なん)ぞ」となり、「どうして」という意味です。

「簋(き)」とは、穀物を盛って神に供える器のことです。祭器(さいき)の一つです。

■現代語訳:

損(そん)の卦は、内側(三・四・五)の爻(こう)が陰で、外側(初・二・上)の爻(こう)が陽、中孚(ちゅうふ)の卦と同様に内側が空っぽで欲が無く、外側は充実しています。

(内側の陰の爻(こう)が一本多いことから、より欲が少ないことを示しています。)

そのように欲が少なく、自分の身に過ぎた所を抑えて、世の中の正しい道理に付き従い、言動を正しくして守る所があり、その姿を見た人がその人の心の充実を見て取って、その人を信じるようになります。そのような人であれば、大いに良くて吉となり、そのような気持ちを持ち続けることで咎めを免れることが出来、そのように正しい心を固く執り守ることが大切であり、行動することで良い結果が生まれます。

(過ぎた所を損し、及ばない所を伸ばして正しい道理に従うことで、言動を正しく保つことが出来るからです。)

先祖を祀るお祭りは華美になって先祖を敬う気持ちを失いがちであるので、どうして華美な器を用いることがあるでしょうか。二つの簋(き)という穀物を盛って神に供える器という簡素な物によって、先祖を祀った方が良いのです。


となります。この卦辞(かじ)を更に解説した彖伝(たんでん)は次のようになります。

○原文:

彖曰、損、損下益上、其道上行。損而有孚、元吉、无咎、可貞、利有攸往。曷之用、二簋可用享。二簋應有時、損剛益柔有時。損益盈虛、與時偕行。

○書き下し文:

彖(たん)に曰(いは)く、損(そん)、下(した)を損(そん)し上(うへ)を益(ま)す、其(そ)の道(みち) 上行(じやうかう)す。損(そ)して孚(まこと) 有(あ)らば、元(おほ)いに吉(きち)にして、咎(とが) 无(な)く、貞(てい)なるべくして、往(ゆ)く攸(ところ) 有(あ)るに利(り) 有(あ)り。曷(なん)ぞ之(こ)れ用(もち)ゐん、二簋(にき) 用(もつ)て享(きやう)すべし。二簋(にき) 應(まさ)に時(とき) 有(あ)るべし、剛(がう)を損(そん)し柔(じう)を益(ま)すに時(とき) 有(あ)り。損益(そんえき) 盈虛(えいきよ)、時(とき)と偕(とも)に行(おこな)はる。

「虛」の新字体は「虚」
「行(かう)」の新仮名遣いは「行(こう)」
「元(おほ)いに」の新仮名遣いは「元(おお)いに」
「剛(がう)」の新仮名遣いは「剛(ごう)」
「柔(じう)」の新仮名遣いは「柔(じゆう)」
「行(おこな)はる」の新仮名遣いは「行(おこな)わる」

○現代語訳:

彖伝(たんでん)には次のように述べています。損(そん)の卦は、下を損して上を増す、根本となるものを取り崩して高くしたものであって、まさしく損と言えるものです。しかしながら、自分の欲など、自分の身に過ぎたものを損して(減らして)、欲を少なくし、世の中の正しい道に付き従うことで、言動を正しくして守る所があるようになって、人もその人の心の充実を見て取って信じるようになります。そうなることによって大いに吉であり、咎めを免れ、正しい心を正しく執り守ることが大切で、行動することで良い結果が得られるのです。

どうして華美な器を使わなければならないかと疑問を持ち、先祖を祀るお祭りで華美な物を用いること無く、二つの簋(き)という穀物を盛って神に供える器という簡素な物で先祖を祀り、先祖を敬う気持ちを華美な器を用いることよりも大切にすること、これは自分の身に過ぎたものを損する(減らす)ものとして、まさしく時宜を得たものとなり、九三(きゅうさん)を六三(りくさん)に(剛(ごう)を損して)、上六(じょうりく)を上九(じょうきゅう)に(柔(じゅう)を益して)というように、果断で自分の思い通りにしようとする気持ちを抑えて、柔軟で人との調和を大切にする気持ちを大切にすることも時宜を得たものとなります。

自分の身に過ぎたものを減らして(損して)、正しい気持ちを大切にする(益す)、大切なことを満たすようにして欲を虚しくする、このようにすることで時宜を大切にして物事を行うことが出来るのです。


つまり、人の道(ここでは人の世の中全般に行われていること)は、損(そん)の卦が、内卦(ないか)の陽の爻(こう)の一本を陰の爻(こう)にして陽を増やす(益す)ように、下の本来足りないものを減らして余り有るはずの上の立場の人に献上するという形になっていることに通じるものです。そのようなことをすると、下の基礎となる部分を取り崩して高く積み上げるようなもので、壊れる元となり、まさしく損(そん)となってしまいます。

損(そん)の卦で述べられている本来の減らす(損す)べきものは、欲望のような自分の身に過ぎたもののことであり、欲を少なく自分の身に過ぎたものを抑えて世の中の道理に付き従い、言動を正しくして守る所があり、その姿を見た人がその人の心の充実を見て取って、その人を信じるようになります。そのような人であれば、大いに良くて吉となり、そのような気持ちを持ち続けることで咎めを免れることが出来、そのような正しい心を堅く執り守ることが大切で、行動することで良い結果が生まれるのです。


次です。

「孰(たれ)か能(よ)く餘(あま)り有(あ)りて以(もつ)て天(てん)に奉(ほう)ずる者(もの) 有(あ)るか、唯(ただ) 有道者(いうだうしや)のみ。」

この「孰能有餘而有以奉於天者乎」の部分は、魏(ぎ)の王弼(おうひつ)の本文では「孰能有餘以奉天下」となっていますが、「馬王堆帛書(ばおうたいはくしょ)」の甲本では、「孰能有餘而有以奉於天者乎」となっていますので、それに従って改めています。

この部分をそのまま訳しますと、「誰か良く余り有る徳を持って、それによって天に仕える人はいるでしょうか。それは道を身に付けた優れた知恵と徳を持つ聖人(せいじん)だけです。」となります。

これは、損(そん)の卦を元にすれば、自分の欲など自分の身に過ぎたものを損して(減らして)、世の中の正しい道に付き従う、そのようにして充実した徳を養い、それによって上(上の立場の人の更に上に、天(天帝(てんてい:天の主宰者))がいるのです。)に仕えることの出来る人は、まさしくそのような道を身に付けて、徳を養った聖人(せいじん)だけであるということです。

更に『周易(しゅうえき:又は『易経(えききょう)』)』の謙(けん)の卦の象伝(しょうでん:この卦に述べている聖人の徳を君子がどのように理解し活用するかをまとめた部分)には、次のように述べています。図5は、この謙(けん)の卦の形です。

図5.謙(けん)の卦の形
図5.謙(けん)の卦の形


では、この謙(けん)の卦の象伝(しょうでん)には、次のように述べています。

■原文:

象曰、地中有山、謙、君子以裒多益寡、稱物平施。

■書き下し文:

象(しやう)に曰(いは)く、地中(ちちゆう)に山(やま) 有(あ)り、謙(けん)、君子(くんし) 以(もつ)て多(おほ)きを取(と)りて寡(すく)なきを益(ま)し、物(もの)を稱(はか)りて平(たひ)らに施(ほどこ)す。

「稱」の新字体は「称」
「多(おほ)き」の新仮名遣いは「多(おお)き」
「平(たひ)ら」の新仮名遣いは「平(たい)ら」

■現代語訳:

象伝(しょうでん)には次のように述べています。謙(けん)の卦は内卦(ないか)が艮(ごん:☶、山を示す)で外卦(がいか)が坤(こん:☷、大地を示す)になっていて、地面の下に山がある形をしています。これは、(第六十七章と同様に、)本来高い物である山が、地面よりも低い所にいることを示します。つまり知恵と徳に優れた聖人(せいじん)が、本来高い所にいながら、謙って身を低くして過ごすことを象ったものなのです。修養に優れた君子はこの卦をじっくりと見て、高い山が地下にあるように、高いものを低くして低いものを高くするようにして、(欲望などの)人に過ぎた所を減らして及ばない所を増やす(伸ばす)のです。人に施す時は、自分の持っている多いものを取って、少ない所に施すようにするのです。


このように、謙(けん)の卦にも、(欲望などの)人の過ぎた所を減らして及ばない所を増やし(伸ばし)、人に施す時は、自分の持っている多いものを取って、少ない所に施すようにすると述べています。

「自分の持っている多いものを取って、少ない所に施す」例の一つとして、古代の帝王の事績をまとめた『尚書(しょうしょ:又は『書経(しょきょう)』)』の中の、「益稷(えきしょく)」の篇(新釈漢文大系の『書経(しょきょう)』では「皋陶謨(こうようぼ)」の篇の後半部分)の一節があります。次の一節です。

■原文:

帝曰、「來禹、汝亦昌言。」禹拜曰、「都、帝、予何言。予思曰孜孜。」皋陶曰、「吁、如何。」禹曰、「洪水滔天浩浩、懷山襄陵、下民昏墊。予乘四載、隨山刊木、曁益奉庶鮮食、予決九川距四海、濬畎澮距川。曁稷播奏庶艱食鮮食、懋遷有無、化居烝民乃粒、萬邦作乂。」皋陶曰、「兪、師、汝昌言。」禹曰、「都、帝、愼乃在位。」帝曰、「兪。」禹曰、「汝止惟幾惟康、其弼直、惟動丕應。傒志以昭受上帝、天其申命用休。」

■書き下し文:

帝(てい) 曰(いは)く、

「來(きた)れ、禹(う)、汝(なんぢ) 亦(また) 昌言(しやうげん)せよ。」

と。禹(う) 拜(はい)して曰(いは)く、

「都(ああ)、帝(てい)、予(われ) 何(なに)をか言(い)はん。予(われ) 日(ひ)に孜孜(しし)を思(おも)ふ。」

と。皋陶(かうえう) 曰(いは)く、

「吁(ああ)、如何(いかん)。」

と。禹(う) 曰(いは)く、

「洪水(こうずい) 天(てん)に滔(はびこ)りて浩浩(かうかう)たり、山(やま)を懷(いだ)き陵(をか)を襄(のぼ)り、下民(かみん) 昏墊(こんてん)す。予(われ) 四載(しさい)に乘(の)りて、山(やま)に隨(したが)ひ木(き)を刊(き)り、益(えき) と曁(とも)に庶(もろもろ)の鮮食(せんしよく)を奉(すす)む。予(われ) 九川(きうせん)を決(けつ)して四海(しかい)を距(へだ)て、畎澮(けんくわい)を濬(ふか)くして川(かは)を距(へだ)つ。稷(しよく)と曁(とも)に播(ま)きて庶(もろもろ)の艱食(かんしよく) 鮮食(せんしよく)を奉(すす)め、有無(うむ)を懋遷(ぼうせん)して居(きよ)を易(か)へしむ。烝民(じようみん) 乃(すなは)ち粒(りふ)にして、萬邦(ばんぱう) 乂(をさ)むるを作(な)す。」

と。皋陶(かうえう) 曰(いは)く、

「兪(しか)り、師(し)よ、汝(なんぢ) 昌言(しやうげん)せよ。」

禹(う) 曰(いは)く、

「都(ああ)、帝(てい)、乃(なんぢ)の位(くらゐ)に在(あ)るを愼(つつし)め。」

と。帝(てい) 曰(いは)く、

「兪(しか)り。」

と。禹(う) 曰(いは)く、

「汝(なんぢ)の止(とど)まること惟(こ)れ幾(き) 惟(こ)れ康(かう)なれば、其(そ)の直(ちよく)を弼(たす)くるもの、惟(こ)れ動(うご)きて丕(おほ)いに應(おう)ぜん。志(こころざし)を傒(ま)ちて以(もつ)て上帝(じやうてい)に昭受(せうじゆ)せば、天(てん) 其(そ)れ名(な)を申(かさ)ぬるに休(きう)を以(もつ)てせん。」

と。帝(てい) 曰(いは)く、

「吁(ああ)、臣(しん)かな鄰(りん)かな、鄰(りん)かな臣(しん)かな。」

と。禹(う) 曰(いは)く、

「兪(しか)り。」

と。

「來」の新字体は「来」、「拜」の新字体は「拝」、「懷」の新字体は「懐」、「乘」の新字体は「乗」、「隨」の新字体は「随」、「萬」の新字体は「万」、「愼」の新字体は「慎」、「鄰」の新字体は「隣」
「汝(なんぢ)」の新仮名遣いは「汝(なんじ)」
「昌(しやう)」の新仮名遣いは「昌(しよう)」
「言(い)はん」の新仮名遣いは「言(い)わん」
「思(おも)ふ」の新仮名遣いは「思(おも)う」
「皋陶(かうえう)」の新仮名遣いは「皋陶(こうよう)」
「浩(かう)」の新仮名遣いは「浩(こう)」
「陵(をか)」の新仮名遣いは「陵(おか)」
「隨(したが)ひ」の新仮名遣いは「隨(したが)い」
「九(きう)」の新仮名遣いは「九(きゆう)」
「澮(くわい)」の新仮名遣いは「澮(かい)」
「川(かは)」の新仮名遣いは「川(かわ)」
「易(か)へ」の新仮名遣いは「易(か)え」
「粒(りふ)」の新仮名遣いは「粒(りゆう)」
「萬邦(ばんぱう)」の新仮名遣いは「萬邦(ばんぽう)」
「乂(をさ)むる」の新仮名遣いは「乂(おさ)むる」
「乃(なんぢ)」の新仮名遣いは「乃(なんじ)」
「位(くらゐ)」の新仮名遣いは「位(くらい)」
「康(かう)」の新仮名遣いは「康(こう)」
「丕(おほ)いに」の新仮名遣いは「丕(おお)いに」
「昭(せう)」の新仮名遣いは「昭(しよう)」
「休(きう)」の新仮名遣いは「休(きゆう)」

「傒(けい)」は漢(かん)の鄭氏(ていし:鄭衆(ていしゅう)と鄭玄(ていげん:又は「じょうげん」)のどちらか)の註釈によると、「傒、待也。(傒(けい)、待(ま)つなり。)」とあり、「待(ま)つ」の意味になります。

■現代語訳:

帝(舜(しゅん:後に禹(う)に帝王の位を禅譲しました。))は言いました。

「こちらへ来なさい、禹(う:堯(ぎょう)と舜(しゅん)に仕えた家臣で、土木事業を担当していました。)よ。あなたも昌言(しょうげん:道理に適った良い言葉を言う)をして下さい。

(この直前に、皋陶(こうよう:舜(しゅん)の臣で、刑罰・法律を司っていました。)が昌言(しょうげん:前述)をしていました。その中では、九徳(きゅうとく:人の行いにある九つの徳)などの優れた言葉がありました。)」

と。禹(う)はそれに応えて言いました。

「ああ、帝よ。私は何か言うことがあるでしょうか。

(こういう言葉に関しては、皋陶(こうよう)が優れています。私はそれに加える言葉はありません。)

私は日々、孜孜(しし)として勤め励むことを考えているのです。」

と。すると皋陶(こうよう)は言いました。

「ああ、一体どういうことなのですか。

(その孜孜(しし)として勤め励むということを、もう少し具体的に述べて下さい。)」

と。それに対して禹(う)は言いました。

「洪水は天にまで漲っていて、水が広々と流れ、(水害を避けるために)山にしがみついたり丘に登ったりして、民衆は水の災害に苦しんでいます。私は四種類の乗り物で各地を巡って、

(四種類の乗り物とは、水は舟で、降りてからは車で、泥地では輴(ちゅん:泥地を行く橇(そり))で、山地では樏(るい:ここでは「かんじき」のことでは無くて、山を行くときの乗り物で、輿(こし)の一種)で移動していたことを指します。)

山に従って進んでいって木を切り開いて、益(えき:伯益(はくえき)という、堯(ぎょう)・舜(しゅん)・禹(う)の三代に仕えた賢臣。狩猟と牧畜に功績がありました。春秋戦国(しゅんじゅうせんごく)時代の秦(しん)の国と趙(ちょう)の国の先祖とされています。)と共に諸々の鮮食(せんしょく:鳥や獣や魚などを捕まえて食べる)を薦めていきました。私は九つの川を切り開いて四海(しかい:天下の四方にあるとされる海)から陸地を距て、畎澮(けんかい:田の間の渠(みぞ))を深く掘り下げて川と陸地を距てていました。更に稷(しょく:舜(しゅん)の臣の后稷(こうしょく)、農事を担当した長官で、周(しゅう)王朝の始祖とされています。)と共に、種をまいて穀物を育てることと、食べる物が足りない時には、諸々の鮮食(せんしょく:前述)を薦め、余り有る物同士を交易させました(魚類を山林に、山の木を川のある所へというように)。それによって民衆は穀物が食べられるようになって良く治まり、多くの国々が治まっていきました。」

と。すると皋陶(こうよう)は言いました。

「そうです。我々の先生、あなたは昌言(しょうげん:前述)をして下さい。」

そこで禹(う)は昌言(しょうげん)しました。

「ああ、帝よ、ご自身が高い地位におられることを慎んでください。」

と。すると帝(舜(しゅん))は言いました。

「その通りです。」

と。更に禹(う)は言いました。

「あなた(帝)の止まるべき所に止まるようにして、欲望に満たされやすいご自身を常に危ぶんで戒め、その上で心安らかに過ごされるのであれば、あなたの素直なお気持ちに対して、それを助ける(臣下の)人達が、あなたを助けようと動いて大いに応ずることでしょう。あなたが(天下を良く治めようという)志を養い、それを待ってその後に上帝(じょうてい:天帝(てんてい)、天の主宰者)に明らかになった徳で仕えることによって、天はあなたに繰り返し命令し、(臣下は)良きことをもって報いるでしょう(あなたのご命令をしっかりと実行するようになるのです)。」

と。すると帝(舜(しゅん))は言いました。

「ああ、臣下の人は私と親しみ、私も臣下の人と親しむのです(良き臣下を持って私は幸せです)。」

と。すると禹(う)は言いました。

「その通りです。」

と。


つまり、禹(う)の言葉の中にある「有無(うむ)を懋遷(ぼうせん)す」、つまり余り有る物同士を交易し(例えば魚類を山林に、山の木を川のある所へというように)、それによって不足を補うようにするというのが、「自分の持っている多いものを取って、少ない所に施すようにする」ことの一例となります。

そして禹(う)は、それを踏まえて「汝(なんじ(なんぢ))の止(とど)まること惟(こ)れ幾(き) 惟(こ)れ康(こう(かう))」、つまり「帝(舜(しゅん))の止まるべき所に止まり、欲望に流されやすい高い地位にいる自分自身を常に危ぶんで戒め、その上で心安らかに過ごす」ようにと帝の舜(しゅん)に心構えを示し、そして「志(こころざし)を傒(ま)ちて以(もつ)て上帝(じようてい(じやうてい))に昭受(しようじゆ(せうじゆ))す」、つまり「帝(舜(しゅん))が(天下を良く治めようという)志を養い、それを待って上帝(天帝(てんてい:天の主宰者))に明らかになった徳で仕える」ことを述べています。

つまり、禹(う)は自分の治水事業から余り有る物同士を交換して足りない物を補うことの大切さを知り、そしてそれを元に帝(舜(しゅん))に欲を減らして心安らかに過ごして徳を養い、そして徳が明らかとなった後、徳が余り有るほどになった後に天帝(てんてい)に仕える、そのようにして政(まつりごと)に向き合うことの大切さを述べているのです。欲を減らして徳を養う、そうしてまた余り有る徳で天帝(てんてい)に仕える、どこまでも自分を高めながら謙って身を低くする、それが大切なのだということを窺い知ることが出来ます。


次です。

「是(ここ)を以(もつ)て聖人(せいじん)は爲(な)して恃(たの)まず、功(こう) 成(な)りて居(を)らず、其(そ)れ賢(けん)を見(あら)はすを欲(ほつ)せず。」

この部分の現代語訳は、「このことによって知恵と徳に優れた聖人(せいじん)は、統治を行ってもそれを誇りにすること無く、統治を成し遂げても、為政者として自分の成果を認めさせようと居座ることが無いのです。それは聖人(せいじん)が自分の賢明さをひけらかすことを望まないからなのです。」となります。

この部分は、明(みん)の薛蕙(せつけい)の註釈には、次のように述べています。

■原文:

古之人、其才過人者、則思以其才而濟物、未嘗挾以自大也。故役其賢智以養人。後人之賢智者、則自計其有、以躬享佚樂爲適然。故役乎愚不肖者以養己。聖人爲而不恃、若無能者。功成而不居、若無功者。正不欲自見其賢也。此聖人以私意而過爲謙。天道當如是爾。

■書き下し文:

古(いにしへ)の人(ひと)の、其(そ)の才(さい) 人(ひと)に過(す)ぐる者(もの)は、則(すなは)ち其(そ)の才(さい)を以(もつ)て物(もの)を濟(わた)らすを思(おも)ひ、未(いま)だ嘗(かつ)て自(みづか)ら大(だい)なるを以(もつ)て挾(はさ)まざるなり。故(ゆゑ)にその賢智(けんち)を役(えき)して以(もつ)て人(ひと)を養(やしな)ふ。後人(ごじん)の賢智(けんち)なる者(もの)は、則(すなは)ち自(みづか)ら其(そ)の有(いう)を計(はか)り、躬(み)を以(もつ)て佚樂(いつらく)を享(う)けて適然(てきぜん)と爲(な)す。故(ゆゑ)に愚不肖(ぐふせう)なる者(もの)を役(えき)して以(もつ)て己(おのれ)を養(やしな)ふ。聖人(せいじん)は爲(な)して恃(たの)まず、能(のう) 無(な)き者(もの)の若(ごと)し。功(こう) 成(な)りて居(を)らず、功(こう) 無(な)き者(もの)の若(ごと)し。正(まさ)に自(みづか)ら其(そ)の賢(けん)を見(あら)はすを欲(ほつ)せざるなり。此(これ) 聖人(せいじん)の私意(しい)を以(もつ)て謙(けん)を爲(な)すに過(す)ぐ。天道(てんだう) 當(まさ)に是(かく)の如(ごと)きのみ。

「濟」の新字体は「済」、「挾」の新字体は「挟」、「樂」の新字体は「楽」、「當」の新字体は「当」
「古(いにしへ)」の新仮名遣いは「古(いにしえ)」
「思(おも)ひ」の新仮名遣いは「思(おも)い」
「自(みづか)ら」の新仮名遣いは「自(みずか)ら」
「有(いう)」の新仮名遣いは「有(ゆう)」

■現代語訳:

昔の人の、その人の才能が人を上回る者は、その自分の才能によって、物事を成し遂げることを考え、今までに自分が優れていることを誇りとすることは無かったのです。ですから自分の才能を使って、それによって人を養うのです。後の時代の才能ある人というのは、自分がその才能を持っている度合いを計算し、自分の身は逸楽を享受してそれを当然と思うのです。ですから自分に及ばない愚かな人達を使って自分を養うのです。

知恵と徳に優れた聖人(せいじん)は、統治を行ってもそれを誇りに思うことは無く、特別な能力は無いかのように振る舞うのです。統治を成し遂げても、為政者としてその成果を認めさせようと居座ることをせず、特別な功績が無いかのように振る舞うのです。まさしく自分で自分の賢明さをひけらかすことを望まないのです。これは聖人(せいじん)の個人的な考えによって謙譲を必要以上に行うというものです。天の道はこのように優れた能力を持ち優れたことを成し遂げながらも、謙って身を低くして過ごすという、このようなものなのです。

つまり、天の道は余り有るものを減らし、足りないものを補う性質があり、それを元に知恵と徳に優れた聖人(せいじん)は、優れた能力を持ち優れたことを成し遂げるという高みにいながら、謙って身を低くして過ごすのです。


以上をまとめますと、次のような現代語訳になります。


●現代語訳:

天の道とは、「道(みち)」、つまり個々の道を総称したものに仮の名前を付けたもので、どんな個々の道でも大切になるポイントです。

個々の道とは、武道や書道や詩歌や、それぞれの職業、そんなものが無い人でも、日々の生活をより良くするための知恵、などのことで、人はこの個々の道を学び工夫して身に付けていくわけです。そしてその個々の道を身に付ける修養を通して、どんな個々の道でも大切になるポイントである「道(みち)」を窺い知るようになっていく、というものです。

そんな天の道というものは、それはまるで弓を張るようなものでしょうか。弓が高い所を向いているときは、弣(ゆづか:弓を握る部分)を下に抑えて弓を低い所にさせて、弓が低い所を向いているときは、弰(ゆはず:弓の両端の弦を掛ける所)を上に上げて弓を高い所に向けさせることが出来ます。このように、弣(ゆづか)や弰(ゆはず)の位置を上下して弓の高さを調整するように、余り有る所から足りない所へ物事を移動させるのが、天の道だということです。

(弓というのは、昔の六藝(りくげい:古代の学生に教育した六つの科目、射(しゃ:弓の射撃)・御(ぎょ:馬を御する)・書(しょ:読み書き)・礼(れい:礼法)・楽(がく:音楽)・数(すう:計算))の一つで、その弓に喩えることで当時の人にわかりやすく説明をしたものです。)


ですから天の道というものは、余り有るものを減らして足らないものを増やすものなのです。

それは『周易(しゅうえき:又は『易経(えききょう)』)』の益(えき)の卦が、外卦(がいか:上半分の卦)の陽の爻(こう:卦を構成する六本の線)の一本を陰の爻(こう)にして陽を減らし(損し)、その分、内卦(ないか:下半分の卦)の陰の爻(こう)の一本を陽の爻(こう)にして陽を増やす(益す)ように、上の余り有るものを減らして下に施すという益(えき)の道に通じるものです。

益(えき)の道は、木道(ぼくどう)を行うようにして(木道(ぼくどう)とは、つまり水に浮かべた舟が大きな川を渡ることが出来るように、心の欲を空っぽにして、その上で懸命に努力することによって、あらゆる物事を感動させることが出来、それによって大きな川を渡るような思い切ったことを行っても良い結果が出るというもので)、上の立場の人が粉骨砕身し、下の立場の人に施すことで、民衆は限りなく喜び、その利益は限り無いものになる、というものです。このようなものを老子(ろうし)は天の道と言っているのです


人の道(ここでは人の世の中全般で行われていること)はむしろ逆になっていて、足りない所から取り立てて余り有る所に献上するのです。足りていない民衆から更に取り立てて、余り有る上の立場の人に献上するようなことが行われているのが人の世の中なのです。

それは損(そん)の卦が、内卦(ないか)の陽の爻(こう)の一本を陰の爻(こう)にして陽を減らし(損し)、外卦(がいか)の陰の爻(こう)の一本を陽の爻(こう)にして陽を増やす(益す)ように、下の本来足りないものを減らして余り有るはずの上の立場の人に献上するという形となっていることに通じるものです。そのようなことをすると、下の基礎となる部分を取り崩して高く積み上げるようなもので、壊れる元になり、まさしく損(そん)となってしまうのです。

損(そん)の卦で述べられている、本来の減らす(損す)べきものとは、欲望のような自分の身に過ぎたもののことであり、欲を少なく自分の身に過ぎたものを抑えて世の中の道理に付き従い、言動を正しくして守る所があり、その姿を見た人がその人の心の充実を見て取って、その人を信じるようになります。そのような人であれば、大いに良くて吉となり、そのような気持ちを持ち続けることで咎めを免れることが出来、そのように正しい心を堅く執り守ることが大切で、行動することで良い結果が生まれるのです。

ですから、「誰か良く余り有る徳を持って、それによって天に仕える人はいるでしょうか。それは道を身に付けた優れた知恵と徳を持つ聖人(せいじん)だけです。」と老子(ろうし)が述べているのは、

損(そん)の卦を元にすれば、自分の欲など自分の身に過ぎたものを損して(減らして)、世の中の正しい道に付き従う、そのようにして充実した徳を養い、それによって上(上の立場の人の更に上に、天(天帝(てんてい:天の主宰者))がいるのです。)に仕えることの出来る人は、まさしくそのような道を身に付けて、徳を養った聖人だけであるということです。

充実した徳を養うには、謙(けん)の卦にも述べているように、(欲望などの)人に過ぎた所を減らして及ばない所を増やし(伸ばし)、人に施す時は、自分の持っている多いものを取って、少ない所に施すようにするのです。

それは古代の帝王の事績をまとめた『尚書(しょうしょ:又は『書経(しょきょう)』)』の中の「益稷(えきしょく)」の篇(新釈漢文大系の『書経(しょきょう)』では「皋陶謨(こうようぼ)」の篇の後半部分)の一節で、治水事業を担当した禹(う)が帝王の舜(しゅん:後に禹(う)に帝王の位を禅譲しました。)に語った、自分の勤め励む様子の中で、

「有無(うむ)を懋遷(ぼうせん)す」、つまり余り有る物同士を交易し(例えば魚類を山林に、山の木を川のある所へというように、)それによって不足を補うようにするのです。

と言い、禹(う)は自分の治水事業から余り有る物同士を交換して足りない物を補うことの大切さを知り、そしてそれを元に帝(舜(しゅん))に欲を減らして心安らかに過ごして徳を養い、そして徳が明らかとなった後、徳が余り有るほどになった後に天帝(てんてい:天の主宰者)に仕える、そのようにして政(まつりごと)に向き合うことの大切さを述べているのです。欲を減らして心安らかに過ごして徳を養う、そうしてまた余り有る徳で天帝(てんてい)に仕える、どこまでも自分を高めながら謙って身を低くする、それが大切なのだということを窺い知ることが出来ます。

このように、昔の人の、その人の才能が人を上回る者は、その自分の才能によって、物事を成し遂げることを考え、今までに自分が優れているということを誇りとすることは無かったのです。ですから(禹(う)のように)自分の才能を使って、それによって人を養うのです。後の時代の才能ある人というのは、自分がその才能を持っている度合いを計算し、自分の身は逸楽を享受してそれを当然と思うのです。ですから自分に及ばない愚かな人達を使って自分を養うのです。

(このように、)知恵と徳に優れた聖人(せいじん)は、統治を行ってもそれを誇りに思うことは無く、特別な能力は無いかのように振る舞うのです。統治を成し遂げても、為政者として自分の成果を認めさせようと居座ることをせず、特別な功績は無いかのように振る舞うのです。まさしく自分で自分の賢明さをひけらかすことを望まないのです。これは聖人(せいじん)の個人的な考えによって謙譲を必要以上に行うというものです。天の道はこのように優れた能力を持ち優れたことを成し遂げながらも、謙って身を低くして過ごすという、このようなものなのです。

つまり、天の道は余り有るものを減らし、足りないものを補う性質があり、それを元に知恵と徳に優れた聖人(せいじん)は、優れた能力を持ち優れたことを成し遂げるという高みにいながら、謙って身を低くして過ごすのです。


●まとめ:

今回は、『読老子』の第七十七章、つまり『老子』の第七十七章の翻訳と解説です。

この章では、天の道の性質について述べています。

天の道とは「道(みち)」、つまり個々の道を総称したものに仮の名前を付けたもので、どんな個々の道でも大切になるポイントで、個々の道とは、武道や書道や詩歌や、それぞれの職業、そんなものが無い人でも、日々の生活をより良くするための知恵、などのことで、人はこの個々の道を学び工夫して身に付けていくわけです。そしてその個々の道を身に付ける修養を通して、どんな個々の道でも大切になるポイントである「道(みち)」を窺い知るようになっていく、ということを述べ、

天の道の性質は、余り有るものを減らして足りない所を補うようなものであり、それはちょうど弓の高さを調節するために、弣(ゆづか:弓を握る部分)や弰(ゆはず:弓の両端の弦を掛ける所)の高さを調節して程良い高さにするようなものであることを述べ、

それは益(えき)の卦の形が上を減らして下を増やす形であるようなものであることを述べ、そのようにして木道(ぼくどう:水に浮かべた舟が大きな川を渡ることが出来るように、心の欲を空っぽにして、その上で懸命に努力することによって、あらゆる物事を感動させることが出来、それによって大きな川を渡るような思い切ったことを行っても良い結果が出るというもの)を行って、上の立場の人が粉骨砕身して下の立場の人に施すことで、民衆は限りなく喜び、その利益は限り無いものになることを述べ、

人の道(ここでは人の世の中全般で行われていること)はむしろ逆になっていて、足りない所(民衆)から更に取り立てて余り有る所(上の立場の人)に献上する、ということが行われていることを述べ、

それは損(そん)の卦が下を減らして上を増やすような形であるようなものであることを述べ、そのようなことをすると下の基礎の部分を取り崩して高く積み上げるようなもので、それでは壊れる元になり、まさしく損(そん)であることを述べ、

損(そん)の卦で述べられている、本来の減らす(損す)べきものとは、欲望のような自分の身に過ぎたもののことであり、欲を少なく自分の身に過ぎたものを抑えて世の中の道理に付き従い、言動を正しくして守る所があり、その姿を見た人がその人の心の充実を見て取って、その人を信じるようになり、そのような正しい気持ちを持ち続けることの大切さを述べ、

そのようにして充実した徳を養い、それによって上(上の立場の人の更に上である天(天帝(てんてい:天の主宰者)))に仕えることの出来る人は優れた知恵と徳を持つ聖人(せいじん)だけであることを述べ、

充実した徳を養うためには、謙(けん)の卦にも述べているように、(欲望などの)人に過ぎた所を減らして及ばない所を増やし(伸ばし)、人に施す時は、自分の持っている多いものを取って、少ない所に施すようにすることを述べ、

それは古代の帝王の事績をまとめた『尚書(しょうしょ:又は『書経(しょきょう)』)』の中の「益稷(えきしょく)」の篇(新釈漢文大系の『書経(しょきょう)』では「皋陶謨(こうようぼ)」の篇の後半部分)の一節で、治水事業を担当した禹(う)が帝王の舜(しゅん:後に禹(う)に帝王の位を禅譲した)に、自分の勤め励む様子を述べる中で、自分の治水事業から余り有る物同士を交換して足りない物を補うことの大切さを述べ、その上で欲を減らして心安らかに過ごして徳を養い、そうしてまた余り有る徳で天帝(てんてい)に仕えるように、と述べているように、どこまでも自分を高めながら謙って身を低くすることが大切であることを述べ、

天の道は余り有るものを減らし、足りない所を補う性質があり、それを元に知恵と徳に優れた聖人(せいじん)は、優れた能力を持ち優れたことを成し遂げるという高みにいながら、謙って身を低くして過ごすことを述べた章です。

私も日々の療養生活の中で努力する中でも、欲を減らして心安らかに過ごしていけるように、少しでも何らかの役に立てるように頑張っていきます。


(読老子・第七十七章・了)


佐村 昌哉(筆名:白川 玄齋)

この記事へのコメント

  • 美舟

    初めてのコメントになります!
    美舟です。
    こちらでの掲載は不具合とかはないですか?
    色々な制限がかかるところでは記事あげるのに負担になることでしょう。
    自分にとって使いやすいブログが一番でございますよね。
    こちらで存分に素晴らしいお記事を掲載して頂けたら私も嬉しいです。
    これからも勉強しにブログへ伺います。
    改めてどうぞ今後とも宜しくお願い致します。
    2016年03月07日 17:07
  • 玄齋(佐村)

    美舟さん、こんにちは。温かいコメントをありがとうございます。
    今のところ不具合等は無くて順調です。
    やはり文字数制限が無いのはとても魅力的です。
    HTML のタグの書き方も思い出しつつ、
    しっかりとブログ記事を書いていきます。
    この章でも述べているように、
    欲を減らして粉骨砕身していければ良いなと思います。
    漢詩もしっかりと頑張っていきます。
    美舟さんも良い火曜日の一日をお過ごし下さい。
    2016年03月08日 11:26