「双鯉」又は「双魚」という言葉の元となった楽府の「飲馬長城窟行」の翻訳と解説です。

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●原文:

 (樂府) 飮馬長城窟行

靑 靑 河 畔 草  綿 綿 思 遠 道

遠 道 不 可 思  夙 昔 夢 見 之

夢 見 在 我 傍  忽 覺 在 他 鄕

他 鄕 各 異 縣  展 轉 不 可 見

枯 桑 知 天 風  海 水 知 天 寒

入 門 各 自 媚  誰 肯 相 爲 言

客 從 遠 方 來  遺 我 雙 鯉 魚

呼 兒 烹 鯉 魚  中 有 尺 素 書

長 跪 讀 素 書  書 中 竟 何 如

上 有 加 餐 食  下 有 長 相 憶

押韻が途中で何度も変化しています。それを示してみますと、「草・道(上声十九皓韻)」「思・之(上平声四支韻)」「傍・鄕(下平声七陽韻)」「縣・見(去声十七霰韻)」「寒・言(上平声十四寒と上平声十三元の通韻(つういん:音が近い韻目を用いた韻))」「魚・書・如(上平声六魚韻)」「食・憶(入声十二職韻)」


●書き下し文:

 題「(樂府(がふ)) 飮馬長城窟行(いんばちやうじやうくつかう)」

靑靑(せいせい)たる河畔(かはん)の草(くさ)
綿綿(めんめん)と遠道(ゑんだう)を思(おも)ふ

遠道(ゑんだう) 思(おも)ふべからず
夙昔(しゆくせき) 夢(ゆめ) 之(これ)を見(み)る

夢(ゆめ) 見(み)れば我(わ)が傍(かたはら)に在(あ)り
忽(たちま)ち覺(さ)めて他鄕(たきやう)に在(あ)り

他鄕(たきやう) 各(おのおの) 縣(けん)を異(こと)にし
展轉(てんてん)として見(み)るべからず

枯桑(こさう) 天風(てんぷう)を知(し)り
海水(かいすい) 天寒(てんかん)を知(し)る

入門(にふもん) 各自(かくじ) 媚(こ)び
誰(たれ)か肯(あ)へて相(あひ) 爲(ため)に言(い)はん

客(かく) 遠方(ゑんぱう)より來(き)たり
我(われ)に遺(おく)る雙鯉(さうり)の魚(うを)を

兒(じ)を呼(よ)びて鯉魚(りぎよ)を烹(に)らば
中(うち)に尺素(せきそ)の書(しよ) 有(あ)り

長跪(ちやうき)して素書(そしよ)を讀(よ)み
書中(しよちゆう) 竟(つひ)に何如(いかん)

上(うへ)に餐食(さんしよく)を加(くは)ふる有(あ)りて
下(した)に長(とこしへ)に相(あひ) 憶(おも)ふこと有(あ)り


●現代語訳:

 題:「楽府(がふ)の題の一つで、万里の長城にある馬に水を飲ませる泉窟(水の湧き出る洞穴)がある遠方まで遠征した夫を想う妻を描いたものです」

青く生い茂っている川のほとりの草の辺りで、
遠くの道(夫のいる所)を思いやる気持ちが長々と続いて絶えませんでした。

遠くの道は思うことが出来ませんが、
昔、夢にこれを見たことがありました。

夫が私の側にいる夢を見ました。
忽ち目が覚めて(夫がいる所とは)他所の土地にいました。

夫のいる土地と他所の土地とは、それぞれ違う県に属していて、
夫は遠征先であちらこちらと移動して、見ることが出来ない状況です。

枯れた桑の木は、枝に葉も無いのに空に吹く風を知り、
海の水は、(この地では)凍ることが無くても空の寒さを知っています。

ですが、親戚は門の中に入って自分だけを大切にしています。
ですから誰が私のために言葉をかけてくれる人がいるでしょうか。

(朝廷で禄を食んでいる人たちは自分の身を大切にするだけですから、
誰が本当にお互いのためになることを言うのでしょうか。
(皆、自己の保身のことだけを考えてしまっているのです。))

(ある日、)客人が遠方からやって来ました。
そして私に二匹の鯉を下さいました。

子供を呼んでこの鯉を煮て調理しましたところ、
中に一尺の絹布で出来た手紙がありました。

長跪(ちょうき:両膝を付けて、股(もも)と腰をまっすぐに伸ばして坐る)してその絹布の手紙を読んで、
その手紙の中に、「(そちらは)しまいにはどうなってしまっただろうか」とありました。

上の文章には、「この鯉は(想いが詰まっていて)食べられないだろうから、食事を加えなさい」とあり、
下の文章には、相手(妻や家族)を想う気持ちが綴られていました。


●語注:

※楽府(樂府)(がふ):前漢(ぜんかん)の武帝(ぶてい)が設けた音楽を司る役所のことで、ここではその楽府(がふ)に採集された詩を指します。

※飲馬長城窟(いんばちようじようくつ(いんばちやうじやうくつ))(小書き文字を使うと「いんばちょうじょうくつ」):万里の長城にある馬に水を飲ませるための泉窟(せんくつ:水の湧き出る洞穴)のことです。この詩では、万里の長城という遠方まで遠征した夫を想う妻の姿を描いています。

※行(こう(かう)):楽府(がふ)の題の一つで、物事の趣旨を押し広げて説明したものです。

※青青(靑靑)(せいせい):青く生い茂っていることです。

※河畔(かはん):川のほとりのことです。

※綿綿(めんめん):長々と続いて絶えない様子を示します。

※夙昔(しゆくせき)(小書き文字を使うと「しゅくせき」):昔のことです。

※他郷(他鄕)(たきよう(たきやう))(小書き文字を使うと「たきょう」):他所の土地のことです。

※展転(展轉)(てんてん):あちらこちらと移動することです。

※枯桑(こそう(こさう)):枯れた桑の木のことです。

※天風(てんぷう):空を吹く風のことです。

※天寒(てんかん):空の寒さのことです。

※入門(にゆうもん(にふもん))(小書き文字を使うと「にゅうもん」):ここでは家の門をくぐることです。

※「入門各自媚」:この句の意味は親戚が門の中に入って自分だけを大切にすることと、朝廷で禄を食んでいる人たちは、自分の身を大切にするだけで、本当にお互いのためになることを(保身のために)言わないということを述べています。

※双鯉魚(雙鯉魚)(そうりぎよ(さうりぎよ))(小書き文字を使うと「そうりぎょ」):二匹の鯉のことです。

※尺素(せきそ):一尺の長さの白い絹布のことです。これを手紙に用いています。

※長跪(ちようき(ちやうき)):両膝を付けて、股(もも)と身体をまっすぐに伸ばして坐ることです。

※素書(そしよ):白い絹布に書いた手紙のことです。

※餐食(さんしよく)(小書き文字を使うと「さんしょく」):食事のことです。

※相(あひ) 憶(おも)ふ:お互いを想う意味の場合と、相手を想う意味の場合とがあり、今回は後者を示します。


●解説:

こちらは、楽府(がふ:前漢(ぜんかん)の武帝(ぶてい)が設けた音楽を司る役所に採集された詩)の題の一つで、万里の長城にある馬に水を飲ませる泉窟(せんくつ:水の湧き出る洞穴)にある遠方まで遠征した夫を想う妻を描いた「飲馬長城窟行(いんばちょうじょうくつこう)」の翻訳と解説です。「行(こう)」というのは、楽府(がふ)の題の一つで、物事の趣旨を押し広げて説明したものです。

そんな遠方まで遠征した夫を夢にまで見る妻、実際に会いに行こうとしても、親戚は自分だけを大切にして、この妻に言葉をかけることも無く、遠征はまだ続いていて止むことは無く、それに対して禄を食んでいる人たちは自分の保身のためにそれに対する諫言もしない、そんな中で、

遠方の客から二匹の鯉を貰い、それを調理すると中から一尺の絹布で出来た手紙が入っていて、そんな形で極秘に夫が手紙を寄越してくれたことを知るという詩です。

こうして二匹の鯉の中から手紙が出て来たという所から、手紙の別名の一つとして「双鯉(雙鯉)(そうり)」、または「双魚(雙魚)(そうぎょ)」という言葉が生まれたとされています。

もう一説としては、唐(とう)の時代に手紙を送る際に二匹の鯉の形に折りたたんだことにちなんでこの言葉が生まれたということです。

この詩の中からは、妻は一身に夫のことを案じ、夫は何とか手段を尽くして妻や家族に連絡を取ろうとする中に、相手を想う強い気持ちを読み取ることが出来たようです。

私もこれから手紙を書く機会のある際は、こうした言葉に込められた気持ちを汲み取りながら、しっかりとした文面で手紙を書くことが出来れば良いなと思います。

これからも療養しながらしっかりと頑張っていきます。


佐村 昌哉(筆名:白川 玄齋)

この記事へのコメント

  • 美舟

    このようなお手紙が書けると凄いですね〜
    まあ日本人ですから、日本語でお手紙なのですが!(笑)
    そういえば手紙を書くことは少なくなりました。
    メールで終わらせる時代・・・
    こうしてネット上でやりとりが中心となっている私です。
    そんな時でも、言葉に気をつけながら、気持ちを込めたやりとりをしていけたらなと思います。
    2016年05月02日 18:03
  • 玄齋(佐村)

    美舟さん、こんばんは。温かいコメントをありがとうございます。

    はい。鯉の体内に絹布の手紙、究極に手が込んでいますね。
    極秘で連絡を取るための工夫、何ともものすごいなと思います。
    こんな手紙のやり取りがあったのかとびっくりしていました。

    私も普通日本語で手紙を書くわけですが、この漢詩の中で出て来たように、
    漢字というのは、文字数が少なくても多くの意味が込められて、
    便利だなと思いました。英語は一文の文字数としては、
    それと比してとても多いのに気付きます。
    言語によるこういう特徴に改めて気づかされます。

    私も普段日本語でのメール等ネット上のどんなやり取りの際にも、
    言葉遣いに気を付けて、相互の誤解の無いように
    コミュニケーションが出来れば良いなと思っています。

    そのためにも普段から気を付けて努力していこうと思います。

    美舟さんも良い月曜日の夜をお過ごし下さい。
    2016年05月02日 22:10