『読老子』第七十九章

今回は『読老子』の第七十九章、つまり『老子』の第七十九章の翻訳と解説です。今回もしっかりと頑張っていきます。


●原文:

和大怨、必有餘怨、安可以爲善。是以聖人執左契、而不責於人。故有德司契、無德司徹。天道無親、常與善人。


●書き下し文:

大怨(たいゑん)を和(わ)すれば、必(かなら)ず餘怨(よゑん) 有(あ)り、安(いづく)んぞ善(ぜん)と爲(すく)ふべけんや。是(ここ)を以(もつ)て聖人(せいじん) 左契(さけい)を執(と)り、而(しかう)して人(ひと)を責(せ)めず。故(ゆゑ)に有德(いうとく) 契(けい)を司(つかさど)り、無德(むとく) 徹(てつ)を司(つかさど)る。天道(てんだう) 親(した)しむ無(な)くして、常(つね)に善人(ぜんにん)に與(くみ)す。

「餘」の新字体は「余」、「爲」の新字体は「為」、「德」の新字体は「徳」、「與」の新字体は「与」
「怨(ゑん)」の新仮名遣いは「怨(えん)」
「安(いづく)んぞ」の新仮名遣いは「安(いずく)んぞ」
「爲(すく)ふ」の新仮名遣いは「爲(すく)う」
「而(しかう)して」の新仮名遣いは「而(しこう)して」
「故(ゆゑ)に」の新仮名遣いは「故(ゆえ)に」
「有(いう)」の新仮名遣いは「有(ゆう)」
「道(だう)」の新仮名遣いは「道(どう)」


●解説:

では、本文に入ります。

「大怨(たいゑん)を和(わ)すれば、必(かなら)ず餘怨(よゑん) 有(あ)り、安(いづく)んぞ善(ぜん)と爲(すく)ふべけんや。」

この部分は、元(げん)の呉澄(ごちょう)の註釈には、次のように述べています。

■原文:

和、平之也。怨、有所憤怨於人。大怨、其怨深、至餘怨、其怨藏宿於中而不盡。爲、如夫子爲衞君乎之爲、猶言救助之也。善、善人也。怨者、兩相仇、必和而後解。兩善人自無怨、而何待於和。兩惡人有怨、則惡貫滿盈而相殘。或一勝一負、或倶兩傷敗、旁人靜觀之可也。惟善人不幸與惡人有怨、善人平恕、雖無仇惡人之心、惡人忿狠、必有仇善人之事。惡人報怨、則善人受害矣。故有心救助善人者、必須和其怨、使之解仇釋憾。意欲爲善人也。然阻遏惡人報怨之心、使不得逞、中有藏宿不盡之怨、暫和於今、暴發於後。是今日之和怨不能已、其他日之報怨也。而安可以爲善人也。

■書き下し文:

和(わ)、之(これ)を平(たひ)らかにするなり。怨(ゑん)、人(ひと)の憤怨(ふんゑん)する所(ところ) 有(あ)り。大怨(たいゑん)、其(そ)の怨(うら)み深(ふか)くして、餘怨(よゑん)に至(いた)り、其(そ)の怨(うら)み内(うち)に藏宿(ざうしゆく)して盡(つ)きず。爲(ゐ)、夫子(ふうし) 衞君(ゑいくん)を爲(たす)くるかの爲(ゐ)、猶(なほ) 之(これ)を救助(きうじよ)するがごときを言(い)ふなり。善(ぜん)、善人(ぜんにん)なり。怨(ゑん)なる者(もの)は、兩(ふた)つながら相(あひ) 仇(あだ)とせば、必(かなら)ず和(わ)して後(のち) 解(と)く。兩(ふた)つながら惡人(あくにん)なれば怨(うら)むこと有(あ)り、則(すなは)ち惡(あく) 貫(つらぬ)きて滿盈(まんえい)して自(おのづか)ら相(あい) 殘(そこな)ふ。或(ある)いは一勝一負(いつしよういつぷ)、或(ある)いは倶(とも)に兩(ふた)つながら傷敗(しやうはい)し、旁人(ばうじん) 之(これ)を靜觀(せいくわん)せば可(か)なり。惟(ただ) 善人(ぜんにん) 不幸(ふかう)にして惡人(あくにん)と怨(うら)み有(あ)らば、善人(あくにん) 平恕(へいじよ)にして、惡人(あくにん)を仇(あだ)とするの心(こころ) 無(な)しと雖(いへど)も、惡人(あくにん) 忿狠(ふんこん)にして、必(かなら)ず善人(ぜんにん)に仇(あだ)とするの心(こころ) 有(あ)り。惡人(あくにん) 怨(うら)みに報(むく)ゆれば、則(すなは)ち善人(ぜんにん) 害(がい)を受(う)く。故(ゆゑ)に善人(ぜんにん)を救助(きうじよ)する心(こころ) 有(あ)る者(もの)は、必(かなら)ず須(すべか)らく其(そ)の怨(うら)みを和(わ)すべくして、之(これ)をして仇(あだ)を解(と)き憾(うら)みを釋(と)かしむ。意欲(いよく)して善人(ぜんにん)を爲(すく)ふなり。然(しか)れども惡人(あくにん)の怨(うら)みに報(むく)ゆるの心(こころ)を阻遏(そあつ)し、逞(たくま)しきを得(え)ざらしむれば、内(うち)に盡(つ)きざるの怨(うら)みを藏宿(ざうしゆく)し、暫(しばら)く今(いま)に和(わ)するも、後(のち)に暴發(ばうはつ)す。是(これ) 今日(こんにち)の怨(うら)み已(や)む能(あた)はざるを和(わ)するも、其(そ)れ他日(たじつ)の怨(うら)みに報(むく)ゆるなり。而(しか)らば安(いづく)んぞ以(もつ)て善人(ぜんにん)を爲(すく)ふべけんや。

「藏」の新字体は「蔵」、「盡」の新字体は「尽」、「衞」の新字体は「衛」、「兩」の新字体は「両」、「惡」の新字体は「悪」、「滿」の新字体は「満」、「殘」の新字体は「残」、「靜」の新字体は「静」、「觀」の新字体は「観」、「釋」の新字体は「釈」、「發」の新字体は「発」
「平(たひ)らか」の新仮名遣いは「平(たい)らか」
「藏(ざう)」の新仮名遣いは「藏(ぞう)」
「爲(ゐ)」の新仮名遣いは「爲(い)」
「衞(ゑい)」の新仮名遣いは「衞(えい)」
「則(すなは)ち」の新仮名遣いは「則(すなわ)ち」
「自(おのづか)ら」の新仮名遣いは「自(おのずか)ら」
「相(あひ)」の新仮名遣いは「相(あい)」
「殘(そこな)ふ」の新仮名遣いは「殘(そこな)う」
「傷(しやう)」の新仮名遣いは「傷(しよう)」
「旁(ばう)」の新仮名遣いは「旁(ぼう)」
「觀(くわん)」の新仮名遣いは「觀(かん)」
「暴(ばう)」の新仮名遣いは「暴(ぼう)」
「能(あた)はざる」の新仮名遣いは「能(あた)わざる」
「安(いづく)んぞ」の新仮名遣いは「安(いずく)んぞ」

「爲(い(ゐ))」は「救(すく)う」、つまり「助(たす)ける」の意味で使っています。その部分の「夫子爲衞君乎。(夫子(ふうし) 衛君(衞君)(えいくん(ゑいくん))を為(爲)(たす)くるか)」の部分は、『論語(ろんご)』の「述而(じゅつじ)第七」の篇の一節にあります。次の一節です。

○原文:

冄有曰、「夫子爲衞君乎。」子貢曰、「諾、吾將問之。」入曰、「伯夷叔齊何人也。」曰、「古之賢人也。」曰、「怨乎。」曰、「求仁而得仁、又何怨。」出曰、「夫子不爲也。」

○書き下し文:

冄有(ぜんいう) 曰(いは)く、

「夫子(ふうし) 衞(ゑい)の君(くん)を爲(たす)くるか。」

と。子貢(しこう) 曰(いは)く、

「諾(だく)。吾(われ) 將(まさ)に之(これ)を問(と)はんとす。」

と。入(い)りて曰(いは)く、

「伯夷(はくい) 叔齊(しゆくせい) 何人(なんぴと)ぞや。」

と。曰(いは)く、

「古(いにしへ)の賢人(けんじん)なり。」

と。曰(いは)く、

「怨(うら)みたるか。」

と。曰(いは)く、

「仁(じん)を求(もと)めて仁(じん)を得(う)、又(また) 何(なん)ぞ怨(うら)まん。」

と。出(い)でて曰(いは)く、

「夫子(ふうし) 爲(たす)けざるなり。」

と。

「冄」の新字体は「冉」、「將」の新字体は「将」、「齊」の新字体は「斉」
「曰(いは)く」の新仮名遣いは「曰(いわ)く」
「問(と)はん」の新仮名遣いは「問(と)わん」
「古(いにしへ)」の新仮名遣いは「古(いにしえ)」

「衛(衞)(えい(ゑい))の君(くん)」とは、古代中国の春秋戦国(しゅんじゅうせんごく)時代の衛(えい)の出公輒(しゅつこうちょう:輒(ちょう)が名で、諡(おくりな)は出公(しゅつこう))のことで、彼は衛(えい)の霊公(れいこう)の息子で太子であった蒯聵(かいかい)の息子に当たります。蒯聵(かいかい)は折り合いの悪かった霊公(れいこう)の夫人であった南子(なんし)を殺そうとして失敗し、国を出奔して、霊公(れいこう)が亡くなった後、君主の座には輒(ちょう)が即位しました。後に蒯聵(かいかい)は趙(ちょう)国の助けを借りて衛(えい)の国に戻ろうとしたところ、君主の座を奪われまいとして、輒(ちょう)が阻止しました。

「伯夷(はくい)」と「叔斉(叔齊)(しゅくせい)」の二人は、孤竹(こちく)という国の君主の息子の兄弟です。伯夷(はくい)は長男で叔斉(しゅくせい)は末弟(まつてい)です。君主である父が亡くなった時に、遺言では叔斉(しゅくせい)を後継としていました。ところが叔斉(しゅくせい)は長男である伯夷(はくい)に譲ろうとして、伯夷(はくい)は父の遺志に背くことを恐れて国を去っていき、叔斉(しゅくせい)も長幼の序を乱すことを恐れ、兄を思いやる気持ちから共に国を去りました。伯夷(はくい)と叔斉(しゅくせい)は二人揃って周(しゅう)の文王(ぶんのう)の徳を慕って周(しゅう)に向かいました。文王(ぶんのう)が亡くなって文王(ぶんのう)の息子の武王(ぶおう)が殷(いん)の紂王(ちゅうおう)を討伐しようとすると、二人は馬を叩いて諌めました。武王が紂王を討伐すると、二人は周(しゅう)の穀物を食べたくないと言って、首陽山(しゅようざん)に隠れて蕨(わらび)を取って食べて暮らし、遂には餓死しました。

では、この『論語(ろんご)』の一節の現代語訳は、次のようになります。

○現代語訳:

孔子(こうし)の門人の冉有(ぜんゆう)は言いました。

「先生(孔子(こうし))は衛(えい)の君主(出公輒(しゅつこうちょう))を助けるでしょうか。」

と。すると孔子(こうし)の門人の子貢(しこう)が言いました。

「よし、私は今まさにそのことを先生(孔子(こうし))に質問するつもりです。」

(先生(孔子(こうし))に直接質問をして、確かめてみます。)

と。そして孔子(こうし)の部屋に入って、子貢(しこう)は言いました。

「伯夷(はくい)・叔斉(しゅくせい)とはどのような方でしょうか。」

と。孔子(こうし)は言いました。

「昔の賢人(けんじん:聖人(せいじん)に次いで徳のある人)です。」

と。子貢(しこう)は言いました。

「伯夷(はくい)は父の遺志を尊重して(君主の座を辞退して)国を去り、叔斉(しゅくせい)は父の遺志にもかかわらず、兄(伯夷(はくい))を思う気持ちから(君主の座を辞退して)国を去りました。二人はそのことを怨んでいるのでしょうか。」

と。孔子(こうし)は言いました。

「二人は、仁(じん:人が二人いれば自然に発生する思いやりの気持ち)を行おうとして、実際に仁(じん)を行うことが出来たのです。

(伯夷(はくい)は父を思いやる気持ちから、叔斉(しゅくせい)は兄(伯夷(はくい))を思いやる気持ちから国と君主の座を捨てて、実際に相手を思いやることが出来たのです。)

ですから、またどうして怨んだりするでしょうか。」

(彼らは国や君主の座よりも身近な肉親を思いやる気持ちを大切にしたのです。これが国や天下を治める根本となる大切なものであり、それを大切に出来たのですから、怨むことなど無いのです。)

と。子貢(しこう)は退室して言いました。

「先生(孔子(こうし))は出公輒(しゅつこうちょう)を助けることは無いです。」

(出公輒(しゅつこうちょう)は自分の君主の座を奪われまいとして、父(蒯聵(かいかい))を思いやる気持ちが抜けてしまっているのです。根本(仁(じん))と末節(国、君主の座)を取り違えた出公輒(しゅつこうちょう)と、根本を大切にした伯夷(はくい)・叔斉(しゅくせい)は、全く異なるものであり、後者を大切にする先生(孔子(こうし))が出公輒(しゅつこうちょう)を助けることは無いのです。)

と。


以上の『論語(ろんご)』の一節の中で使われている「為(い)」は「助ける」ということを意味していることが分かります。

では先ほどの元(げん)の呉澄(ごちょう)の註釈部分の現代語訳は、以下のようになります。

■現代語訳:

「和(わ)」とは平(へい)、つまり和睦することです。「怨(えん)」とは人に怒って怨む所があることです。「大怨(たいえん)」とは、その怨みが深くなって怨みを残すに至り、その怨みが心の中に蓄え留まっていって尽きることが無いことです。「為(い)」とは、『論語(ろんご)』の「述而(じゅつじ)第七」の篇の一節で、「先生(孔子(こうし))は衛(えい)の君主(出公輒(しゅつこうちょう))を助けるでしょうか。」の「為(助ける)」であり、まるで人を救助するようなことを言っているのです。

「善(ぜん)」とは善人のことです。怨みというものは、両方がお互いに仇としたならば、必ず和睦して後に怨みの気持ちが解けるものです。両方とも善人であれば、自然に相手を怨むことは無いので、ですからどうして和睦するのを待つ必要があるでしょうか。両方とも悪人であれば、怨むことがあり、それで悪が続いて満ち満ちていき、自然にお互いを傷付けるようになるのです。或いはどちらかが勝ってどちらかが負けて、或いは両方ともに傷付けて損なうことになり、傍らにいる人はその状況を静観する方が良い、ということになるのです。ただ善人が不幸にして悪人と怨みを持つ関係になった場合があるとすれば、善人は、公平で思いやりがあり、悪人を仇とする気持ちが無いのだとしても、悪人は怒りっぽくて気持ちがねじけていて、必ず善人を仇とする気持ちがあるのです。悪人がその怨みに報いて行動すれば、それによって善人が被害を受けるのです。ですからそんな善人を救助する気持ちがある人は、必ずその怨みを和睦させることが必要で、(それによって)悪人の仇なす気持ちを解いて怨みの気持ちを解かせるのです。このようにしたいと思って善人を助けるのです。しかしながら、悪人が怨みに報いる気持ちを阻んで抑え、その気持ちを逞しくさせないようにすれば、心の中にその尽きることの無い怨みの気持ちが蓄え留まっていって、今しばらくは和睦したとしても、後にその気持ちが暴発してしまうのです。これは今の恨みの気持ちをやめることが出来ないという状況で和睦しても、それは他日に怨みに報いる行動に変わるだけなのです。そうであればどうして(本当の意味で)善人を救助することが出来るでしょうか。


つまり、善人と悪人が争った時に、悪人の怨みの気持ちを抑えて和睦するだけでは、他日に悪人がその怨みを晴らすべく行動するようになり、これでは善人を救うことにはならない、ということです。


次です。

「是(ここ)を以(もつ)て聖人(せいじん)、左契(さけい)を執(と)りて、而(しかう)して人(ひと)を責(せ)めず。」

「契(けい)」とは割り符(書契(しょけい))のことで、「左契(さけい)」とは割り符を二つに割った左側です。

「書契(しょけい)」とは何かということを確かめていきます。先ず、古代中国の周(しゅう)の時代の制度をまとめた『周礼(しゅらい)』の「天官(てんかん:周(しゅう)の官名の一つで、政治を統べる役割を負います。)・小宰(しょうさい:大宰(たいさい:天官(てんかん)の長官で、同時に六つの官を統率する冢宰(ちょうさい:宰相(さいしょう))のことです。太宰(たいさい)とも言います。)の次官に当たる官職です。少宰(しょうさい)とも言います。)」の一節には次のように述べています。

■原文:

以官府之八成經國治、一曰、聽政役以此居。二曰、聽師田以簡稽。三曰、聽閭里以版圖。四曰、聽稱責以傅別。五曰、聽祿位以禮命。六曰、聽取予以書契。七曰、聽賣買以質劑。八曰、聽出入以要會。

■書き下し文:

官府(くわんぷ)の八成(はつせい)を以(もつ)て邦(くに)の治(ち)を經(をさ)む。一(いち)に曰(いは)く、政役(せいえき)を聽(き)くに此(こ)の居(きよ)を以(もつ)てす。二(に)に曰(いは)く、師田(しでん)を聽(き)くに簡稽(かんけい)を以(もつ)てす。三(さん)に曰(いは)く、閭里(りより)を聽(き)くに版圖(はんと)を以(もつ)てす。四(よん)に曰(いは)く、稱責(しようせき)を聽(き)くに傅別(ふべつ)を以(もつ)てす。五(ご)に曰(いは)く、祿位(ろくゐ)を聽(き)くに禮命(れいめい)を以(もつ)てす。六(ろく)に曰(いは)く、取予(しゆよ)を聽(き)くに書契(しよけい)を以(もつ)てす。

「經」の新字体は「経」、「聽」の新字体は「聴」、「圖」の新字体は「図」、「稱」の新字体は「称」、「祿」の新字体は「禄」、「禮」の新字体は「礼」
「官(くわん)」の新仮名遣いは「官(かん)」
「經(をさ)む」の新仮名遣いは「經(おさ)む」
「位(ゐ)」の新仮名遣いは「位(い)」

一つ一つ見ていきます。八成(はっせい)とは何かという部分は、唐(とう)の賈公彦(かこうげん)の疏(そ:注(ちゅう)を更に解説したもの)(『周礼注疏(しゅらいちゅうそ)』)には、次のように述べています。

○原文:

釋曰、以官府之中、有八事。皆是舊灋。成事、品式依時而行之。將此八者、經紀國之治政。故云、經邦治也。

○書き下し文:

釋(しやく)して曰(いは)く、官府(くわんぷ)の中(うち)を以(もつ)て、八事(はちじ) 有(あ)り。皆(みな) 是(これ) 舊灋(きうはふ)なり。事(こと)を成(な)すには、品式(ひんしき) 時(とき)に依(よ)りて之(これ)を行(おこな)ふ。此(こ)の八者(はつしや)を將(もつ)て、國(くに)の治政(ちせい)を經紀(けいき)す。故(ゆゑ)に云(い)へらく、邦(くに)の治(ち)を經(をさ)むるなり。

「灋」は「法」の古字です。「舊」の新字体は「旧」、「國」の新字体は「国」
「舊(きう)」の新仮名遣いは「舊(きゆう)」
「灋(はふ)」の新仮名遣いは「灋(ほう)」

○現代語訳:

この部分を解釈して次のように言います。(小宰(しょうさい)の)官庁の中で、取り扱うべき八つの物事があります。皆これは古い法律や制度に則っています。物事を成し遂げるには、その物事の標準や方式に従い、その時々の状況に従って(その八つの物事を)行います。その八つの物事を得ることによって、国の政(まつりごと)を筋道立てて治めるのです、ですから、「邦(くに)の治(ち)を治(をさ)む。(国の政治を筋道立てて治める。)」と言うのです。


つまり、国を治めるために取り扱うべき八つの物事、それが「八成(はっせい)」であることが分かります。

その一つ目について、唐(とう)の賈公彦(かこうげん)の疏(そ)(『周礼注疏(しゅらいちゅうそ)』)には、次のように述べています。

○原文:

一曰、「聽政役以此居。」者、八事皆聽者、民事争訟、當斷之也。政、謂賦税。役、謂使役。民有爭賦税使役、則以地此居者、共聽之。

○書き下し文:

一(いち)に曰(いは)く、「政役(せいえき)を聽(き)くに此(こ)の居(きよ)を以(もつ)てす。」とは、八事(はちじ) 皆(みな) 聽(き)く者(もの)にして、民事(みんじ) 爭訟(さうしよう) 當(まさ)に之(これ)を斷(だん)ずるなり。政(せい)、賦税(ふぜい)を謂(い)ふ。役(えき)、使役(しえき)を謂(い)ふ。民(たみ) 賦税(ふぜい) 使役(しえき)に爭(あらそ)ひ有(あ)れば、則(すなは)ち地(ち) 此(こ)の居(きよ)なる者(もの)、共(とも)に之(これ)を聽(き)く。

「爭」の新字体は「争」、「當」の新字体は「当」、「斷」の新字体は「断」
「爭(さう)」の新仮名遣いは「爭(そう)」
「謂(い)ふ」の新仮名遣いは「謂(い)う」
「爭(あらそ)ひ」の新仮名遣いは「爭(あらそ)い」

○現代語訳:

一つ目は「政役(せいえき)を聴(き)くに此(こ)の居(きよ)を以(もっ)てす」と言うのは、八つの物事は皆、聴取する必要がある物事で、民事(みんじ:民衆の生活に関する事柄)の訴え事をそうして聴取することによって判決を下すのです。「政(せい)」とは賦税(ふぜい:年貢(ねんぐ))のことであり、「役(えき)」とは使役(しえき:民衆を労役に就かせる)のことです。民衆がこの賦税(ふぜい)や使役(しえき)について訴え事があれば、この時に住んでいる人々の争い事の双方の意見を聴取してその判決を明らかにするのです。


つまり、一つ目は賦税(ふぜい)や使役(しえき)に関する訴え事を、その土地に住んでいる人達の双方の意見を聴取して判決を下す、ということであることが分かります。

二つ目は、唐(とう)の賈公彦(かこうげん)の疏(そ)(『周礼注疏(しゅらいちゅうそ)』)には、次のように述べています。

○原文:

二曰、「聽師田以簡稽。」者、稽、計也。簡、閲也。謂師出征及田獵、恐有異灋。則當閲其兵器與人、幷算足否。

○書き下し文:

二(に)に曰(いは)く、「師田(しでん)を聽(き)くに簡稽(かんけい)を以(もつ)てす。」とは、稽(けい)、計(けい)なり。簡(かん)、閲(えつ)なり。師(し)の出征(しゆつせい)及(およ)び田獵(でんれふ)を謂(い)ひ、灋(はふ)に違(たが)ふこと有(あ)るを恐(おそ)る。則(すなは)ち當(まさ)に其(そ)の兵器(へいき)と人(ひと)とを閲(しら)べ、幷(あ)はせて足(た)るや否(いな)やを算(かぞ)ふべし。

「獵」の新字体は「猟」、「幷」の新字体は「并」
「獵(れふ)」の新仮名遣いは「獵(りよう)」
「違(たが)ふ」の新仮名遣いは「違(たが)う」
「幷(あ)はせて」の新仮名遣いは「幷(あ)わせて」
「算(かぞ)ふ」の新仮名遣いは「算(かぞ)う」

○現代語訳:

二つ目は、「師田(しでん)を聴(き)くに簡稽(かんけい)を以(もっ)てす。」と言うのは、「稽(けい)」は「計(けい)」、つまり数えることで、「簡(かん)」は「閲(えつ)」、つまり調べることです。軍隊が遠征に出たり狩猟をしたりすることを言い、その際に法令に違えることを恐れるのです。そこでその軍隊の武器や人(兵卒)を調べ、数量が適切であるかどうか(食い違いが無いかどうか)を数え上げて明らかにするのです。


つまり、二つ目は軍隊の遠征や狩猟が適切に行われたかを確かめるために、武器や人を調べ、数量を数え上げて食い違いが無いかを確かめる、ということです。

三つめは、唐(とう)の賈公彦(かこうげん)の疏(そ)(『周礼注疏(しゅらいちゅうそ)』には、次のように述べています。

○原文:

三曰、「聽閭里以版圖。」者、在六鄕、則二十五家爲閭。在六遂、則二十五家爲里。閭里之中有爭訟、則以戸籍之版、土地之圖、聽決之。

○書き下し文:

三(さん)に曰(いは)く、閭里(りより)を聽(き)くに版圖(はんと)を以(もつ)てすとは、六鄕(りくきやう)に在(あ)らば、則(すなは)ち二十五家(にじふごか)は閭(りよ)と爲(な)す。六遂(りくすい)に在(あ)らば、則(すなは)ち二十五家(にじふごり)は里(り)と爲(な)す。閭里(りより)の中(うち)、爭訟(さうしよう) 有(あ)らば、則(すなは)ち戸籍(こせき)の版(はん)、土地(とち)の圖(づ)を以(もつ)て、之(これ)を聽決(ちやうけつ)す。

「鄕」の新字体は「郷」
「鄕(きやう)」の新仮名遣いは「鄕(きよう)」
「十(じふ)」の新仮名遣いは「十(じゆう)」
「圖(づ)」の新仮名遣いは「圖(ず)」

○現代語訳:

三つめは、「閭里(りょり)を聴(き)くに版図(はんと)を以(もっ)てす。」と言うのは、六郷(りくきょう:天子(てんし:周(しゅう)の時代は王(おう))のいる都の城の外の百里以内を六つの区域(郷(きょう))に分けたもので、各郷には大夫(たいふ:官職の一つで卿(けい)の下、士(し)の上)を置いて治めさせました。)にあれば、二十五家を一閭(いちりょ)とします。六遂(りくすい:天子(てんし)のいる都の城の外の百里の外、二百里以内を六つの区域(遂(すい))に分け、各遂には遂人(すいじん)という官職の役人を置いて治めさせました。)にあれば、二十五家を一里(いちり)とします。これらの閭(りょ)や里(り)の中で、訴え事があれば、その戸籍簿や土地の図を見て、その上で訴えを聴取して判決を下すのです。


つまり、三つめは閭(りょ)や里(り)という行政区域の中の訴え事で、戸籍簿や土地の図を見てその上で訴えを聴取して判決を下すということです。

四つ目は、唐(とう)の賈公彦(かこうげん)の疏(そ)(『周礼注疏(しゅらいちゅうそ)』)には、次のように述べています。

○原文:

四曰、「聽稱責以傅別。」者、稱責、謂擧責生子、彼此倶爲稱意。故爲稱責。於官於民、倶是稱也。爭是責者、則以傅別劵書決之。

○書き下し文:

四(よん)に曰(いは)く、「稱責(しようせき)を聽(き)くに傅別(ふべつ)を以(もつ)てす。」とは、稱責(しようせき)、擧(あ)げて生子(せいし)を責(せ)め、彼此(かれこれ) 倶(とも)に意(い)に稱(かな)ふと爲(な)すを謂(い)ふ。故に稱責(しょうせき)と爲(な)す。官(くわん)に於(お)いて民(みん)に於(お)いて、倶(とも)に是(これ) 稱(しよう)なり。此(こ)の責(せ)めを爭(あらそ)ふ者(もの)、則(すなは)ち傅別(ふべつ)の劵書(けんしよ)を以(もつ)て之(これ)を決(けつ)す。

「擧」の新字体は「挙」、「劵」の新字体は「券」
「稱(かな)ふ」の新仮名遣いは「稱(かな)う」

○現代語訳:

四つ目は、「称責(しょうせき)を聴(き)くに傅別(ふべつ)を以(もっ)てす。」と言うのは、「称責(しょうせき)」とは、すべての成人男子(元服済みの少年)に責め(債(さい:債務と債権))を与え、双方の立場(債権者と債務者)となって心に適って満足するようになることを言うのです。官においても民においても、共にこれは「称(しょう:心に適う)」となるのです。この債権と債務に関する訴え事があれば、傅別(ふべつ)という券書(けんしょ:ここでは、負債の権利関係を記した割り符の文書)を元にその訴え事を聴いて、その訴え事の判決を下すのです。


つまり、四つ目は、債権と債務に関する訴え事は、負債の権利関係を記した割り符の文書である傅別(ふべつ)を元にその訴え事を聴いて判決を下すということです。

五つ目は、唐(とう)の賈公彦(かこうげん)の疏(そ)(『周礼注疏(しゅらいちゅうそ)』)には、次のように述べています。

○原文:

五曰、「聽祿位以禮命。」者、禮命、謂以禮命其人。策書之本有人爭、祿之多少、位之前後、則以禮命文書聽之也。

○書き下し文:

五(ご)に曰(いは)く、「祿位(ろくゐ)を聽(き)くに禮命(れいめい)を以(もつ)てす。」とは、禮命(れいめい)、禮(れい)を以(もつ)て其(そ)の人(ひと)に命(めい)ずるを謂(い)ふ。策書(さくしよ)の本(もと) 人(ひと)の祿(ろく)の多少(たせう)、位(くらゐ)の前後(ぜんご)を爭(あらそ)ふこと有(あ)らば、則(すなは)ち禮命(れいめい)の文書(ぶんしよ)を以(もつ)て之(これ)を聽(き)くなり。

「位(くらゐ)」の新仮名遣いは「位(くらい)」

○現代語訳:

五つ目は、「禄位(ろくい)を聴(き)くに礼命(れいめい)を以(もっ)てす。」と言うのは、礼(れい:義(ぎ:物事の筋道)に従ってそれを実際の儀礼や制度としたもの)によってその人に命令することを言うのです。策書(さくしょ:官吏を任免する辞令書)の元で、俸禄(ほうろく:給与)の多い少ない、階級の上下について訴え事があれば、礼命(れいめい:礼(れい)に基づく正しい命令)の文書に従ってその訴え事を聴いて、その訴え事の判決を明らかにするのです。


つまり五つ目は、給与や階級の上下についての訴え事は、礼(れい)に基づく正しい命令である礼命(れいめい)の文書に従ってその訴え事を聴いて、判決を下すということです。

六つ目は、唐(とう)の賈公彦(かこうげん)の疏(そ)(『周礼注疏(しゅらいちゅうそ)』)には、次のように述べています。

○原文:

六曰、「聽取予以書契。」者、此謂於官直貸不出予者。故曰取予。若爭此取予者、則以書契劵書聽之。

○書き下し文:

六(ろく)に曰(いは)く、「取予(しゆよ)を聽(き)くに書契(しよけい)を以(もつ)てす。」とは、此(これ) 官(くわん)に於(お)いては直(ただ) 貸(か)して出(だ)し予(あた)へざる者(もの)を謂(い)ふ。故(ゆゑ)に取予(しゆよ)と曰(い)ふ。若(も)し此(こ)の取予(しゆよ)に爭(あらそ)ふ者(もの)は、則(すなは)ち書契(しよけい)の劵書(けんしよ)を以(もつ)て之(これ)を聽(き)く。

「予(あた)へざる」の新仮名遣いは「予(あた)えざる」
「曰(い)ふ」の新仮名遣いは「曰(い)う」

○現代語訳:

六つ目は、「取予(しゅよ)を聴(き)くに書契(しょけい)を以(もっ)てす。」と言うのは、これは官ではただ貸すだけで出して与えることは無いもののことを言います。それで「取予(しゅよ:取ることと与えること、物のやり取り)」と言うのです。もしこの取予(しゅよ)で訴え事がある人は、書契(しょけい)という券書(けんしょ:ここでは、取予(しゅよ)の権利関係を記した割り符の文書)を元にその訴え事を聴いて、その訴え事の判決を明らかにするのです。

つまり、六つ目は、物のやり取り(取予(しゅよ))での訴え事は、取予の権利関係を記した書契(しょけい)という割り符の文書を元にその訴え事を聴いて、判決を下すということです。

七つ目は、唐(とう)の賈公彦(かこうげん)の疏(そ)(『周礼注疏(しゅらいちゅうそ)』)には、次のように述べています。

○原文:

七曰、「聽賣買以質劑。」者、質劑、謂劵書。人爭市事者、則以質劑聽之。

○書き下し文:

七(なな)に曰(いは)く、「賣買(ばいばい)を聽(き)くに質劑(しつざい)を以(もつ)てす。」とは、質劑(しつざい)、劵書(けんしよ)を謂(い)ふ。人(ひと)の市事(しじ)に爭(あらそ)ふ者(もの)、則(すなは)ち質劑(しつざい)を以(もつ)て之(これ)を聽(き)く。

○現代語訳:

七つ目は、「売買(ばいばい)を聴(き)くに質剤(しつざい)を以(もっ)てす。」と言うのは、質剤(しつざい)とは、市場の売買の記録を記した券書(けんしょ:権利関係を記した割り符の文書)を言うのです。人が市場での物事について訴え事がある人がいれば、質剤(しつざい)を元にその訴え事を聴いて、その訴え事の判決を明らかにするのです。

つまり、七つ目は、市場での売買に関する訴え事は、質剤(しつざい)という市場での売買を記録した割り符の文書を元にその訴え事を聴いて判決を下すということです。

八つ目は、唐(とう)の賈公彦(かこうげん)の疏(そ)(『周礼注疏(しゅらいちゅうそ)』)には、次のように述べています。

○原文:

八曰、「聽出入以要會。」者、歳計曰會、月計曰要。此出入者、正是官内自用物。有人爭此官物者、則以要會簿書聽之。

○書き下し文:

八(はち)に曰(いは)く、「出入(しゆつにふ)を聽(き)くに要會(えうくわい)を以(もつ)てす。」とは、歳計(さいけい)を會(くわい)と曰(い)ひ、月計(げつけい)を要(えう)と曰(い)ふ。此(こ)の出入(しゆつにふ)なる者(もの)は、正(まさ)に是(これ) 官内(くわんない) 自用(じよう)の物(もの)なり。人(ひと)の此(こ)の官物(くわんぶつ)を爭(あらそ)ふ者(もの)は、則(すなは)ち要會(えうくわい)の簿書(ぼしよ)を以(もつ)て之(これ)を聽(き)く。

○現代語訳:

八つ目は、「出入(しゆつにゆう)を聴(き)くに要会(ようかい)を以(もっ)てす」と言うのは、毎年の収支を会(かい)と言い、毎月の収支を要(よう)と言います。まさしくこれは官内の物を個人的に使用するということです。人がこの官内の物について訴え事がある人がいれば、毎月・毎年の帳簿を元にその訴え事を聴き、その訴え事の判決を明らかにするのです。


つまり、八つ目は国の収支に関する訴え事は、毎月・毎年の帳簿を元にその訴え事を聴いて判決を下すということです。

■現代語訳:

官庁が八つの物事を為すことによって、国の政(まつりごと)を筋道立てて治めるのです。その一つ目は、賦税や労役の争い事があると、その場所に住んでいる人たちの双方に話を聴きます。その二つ目は、兵役や狩猟が適切に行われたかを明らかにするために、その兵器や関わった人を調べて、計算との食い違いがあるかどうかを確かめるのです。その三つ目は、閭(りょ:天子(てんし)のいる都の城の外の百里以内の二十五家を単位とする行政区域)と里(り:天子(てんし)のいる都の城の外の百里の外、二百里以内の二十五家を単位とする行政区域)の中での争いや訴え事などがあると、その戸籍簿や土地の図を見てお互いの話を聴いて判決を下すのです。その四つ目は、債権・債務の訴え事の判決を明らかにするには傅別(ふべつ)という券書(けんしょ:権利関係を記した割り符の文書)を元にします。その五つ目は、封禄(ほうろく:給与)の多い少ない、階級の上下についての訴え事の判決を明らかにするには、礼命(れいめい:礼に基づく正しい命令)の文書を元にします。その六つ目は、取予(しゅよ:取ることと与えること、物のやり取り)についての訴え事の判決を明らかにするには、書契(しょけい)という物のやり取りについての権利関係を記した券書(けんしょ)を元にします。その七つ目は、市場での売買についての訴え事の判決を明らかにするには、質剤(しつざい)という売買を記した券書(けんしょ)を元にするのです。その八つ目は、国の収支についての訴えの判決を明らかにするには、毎日・毎年の収支を記した帳簿を元にします。


以上より、「書契(しょけい)」とは、六つ目から分かるように、取予(しゅよ:取ることと与えること、物のやり取り)の権利関係を記した券書(けんしょ)、つまり割り符の文書であることが分かります。


又、『周易(しゅうえき:又は『易経(えききょう)』)』の「繋辞伝(けいじでん)下」の一節には、次のようにあります。

■原文:

上古結繩而治。後世聖人易之以書契、百官以治、萬民以察、蓋取諸夬。

■書き下し文:

上古(じやうこ) 繩(なは)を結(むす)びて治(をさ)まる。後世(こうせい)の聖人(せいじん) 之(これ)を易(か)ふるに書契(しよけい)を以(もつ)てし、百官(ひやくくわん) 以(もつ)て治(をさ)まり、萬民(ばんみん) 以(もつ)て察(さつ)し、蓋(けだ)し諸(これ)を夬(くわい)に取(と)る。

「繩」の新字体は「縄」、「萬」の新字体は「万」
「上(じやう)」の新仮名遣いは「上(じよう)」
「繩(なは)」の新仮名遣いは「繩(なわ)」
「治(をさ)まる」の新仮名遣いは「治(おさ)まる」
「易(か)ふる」の新仮名遣いは「易(か)うる」
「百官(ひやくくわん)」の新仮名遣いは「百官(ひやつかん)」
「治(をさ)まり」の新仮名遣いは「治(おさ)まり」
「夬(くわい)」の新仮名遣いは「夬(かい)」

この部分は、九家易(きゅうかえき)には、次のように述べています。

(ちなみに、「九家易(きゅうかえき)」とは、ここでは荀爽(じゅんそう)・京房(けいぼう)・馬融(ばゆう)・鄭玄(じょうげん)・宋衷(そうちゅう)・虞翻(ぐほん)・陸績(りくせき)・姚信(ようしん)・翟子元(てきしげん)ら九人の学者を指します。)

(「九家易(きゅうかえき)」とは言っても、前漢(ぜんかん)の淮南王(わいなんおう)劉安(りゅうあん)が招いた九人の易学の優れた人物(淮南九家易学派(わいなんきゅうかえきがくは))を指しているわけでは無いので注意が必要です。)

○原文:

夬本坤世、下有伏坤、書之象也。上又見乾、契之象也。以乾照坤、察之象也。夬者、決也。取百官以書治職、萬民以契名其事。契、刻也。大壯進成夬、金決竹木爲書契象、故法夬而作書契矣。

○書き下し文:

夬(くわい)は坤世(こんせい)に本(もと)づき、下(した) 坤(こん)を伏(ふ)する有(あ)り、書(しよ)の象(しやう)なり。上(うへ) 又(また) 乾(けん)を見(み)る、契(けい)の象(しやう)なり。乾(けん)を以(もつ)て坤(こん)を照(て)らす、察(さつ)の象(しやう)なり。夬(くわい)とは、決(けつ)なり。百官(ひやくくわん)を取(と)りて書(しよ)を以(もつ)て職(しよく)を治(をさ)め、萬民(ばんみん) 契(けい)を以(もつ)て其(そ)の事(こと)を明(あき)らかにす。契(けい)、刻(こく)なり。大壯(たいさう) 進(すす)みて夬(くわい)と成(な)り、金(きん) 竹木(ちくぼく)を決(けつ)して書契(しよけい)の象(しやう)と爲(な)す。故(ゆゑ)に夬(くわい)を法(のり)として書契(しよけい)を作(つく)る。

「上(うへ)」の新仮名遣いは「上(うえ)」
「百官(ひやくくわん)」の新仮名遣いは「百官(ひやくかん)」
「治(をさ)め」の新仮名遣いは「治(おさ)め」

ここで「坤世(こんせい)」とは何かということが問題になってきます。これは八宮卦(はっきゅうか)という卦の並べ方に基づいたものです。最初に、八卦を組み合わせて六十四卦(ろくじゅうしか:八卦を二つ組み合わせて八の二乗、つまり六十四種類のパターンとなったもの)となったもののうち、同じ八卦を組み合わせて出来たもの(八純卦(はちじゅんか:乾(けん)・震(しん)・坎(かん:習坎(しゅうかん))・艮(ごん)・坤(こん)・巽(そん)・離(り)・兌(だ)の八つの卦))を本宮卦(ほんきゅうか)とし、それぞれの名を冠した宮(きゅう:八宮(はっきゅう:乾宮(けんきゅう)・震宮(しんきゅう)・坎宮(かんきゅう)・艮宮(ごんきゅう)・坤宮(こんきゅう)・巽宮(そんきゅう)・離宮(りきゅう)・兌宮(だきゅう)の八つの宮(きゅう)))に六十四卦の残りを配列させていくのです。その配列方法は、今回述べている「坤宮(こんきゅう)」で説明しますと、最初は坤卦(本宮卦)から初爻(しょこう:一番下の爻(こう:卦を構成する六本の陰陽を示す線のことで、この六本によって二の六乗、つまり六十四のパターンを描くわけです。))の陰陽を反転させた(この場合、陰の爻が陽の爻に変わった)復(ふく)の卦が続き、これを坤宮(こんきゅう)の一世卦(いっせいか)とするわけです。更に第二爻(下から二番目の爻(こう))の陰陽を反転させ、次にそれを更に第三爻・第四爻・第五爻というように続けていきます。それぞれ、臨(りん:坤宮二世卦(こんきゅうにせいか))・泰(たい:坤宮三世卦(こんきゅうさんせいか))・大壮(たいそう:坤宮四世卦(こんきゅうよんせいか))・夬(かい:坤宮五世卦(こんきゅうごせいか))となります。坤宮五世卦(こんきゅうごせいか)から更に今度は第四爻を反転させて需(じゅ:坤宮遊魂卦(こんきゅうゆうこんか))となり、更に初爻から第三爻までを反転させて比(ひ:坤宮帰魂卦(こんきゅううきこんか))となります。他の宮(きゅう)でも同じようにして配列します。これを順番に図にしていくと、次の図1から図8のようになります。変化している部分に色を付けています。

坤卦_本宮卦.png
図1.坤卦の形(本宮卦)


復卦_坤宮一世卦.png
図2.復卦の形(坤宮一世卦)


臨卦_坤宮二世卦.png
図3.臨卦の形(坤宮二世卦)


泰卦_坤宮三世卦.png
図4.泰卦の形(坤宮三世卦)


大壮卦_坤宮四世卦.png
図5.大壮卦の形(坤宮四世卦)


夬卦_坤宮五世卦.png
図6.夬卦の形(坤宮五世卦)


需卦_坤宮遊魂卦.png
図7.需卦の形(坤宮遊魂卦)


比卦_坤宮帰魂卦.png
図8.比卦の形(坤宮帰魂卦)


この坤宮(こんきゅう)の各卦は坤(こん)の卦を下地にしていることから坤(こん)の卦の性質を持ちます。ですから夬(かい)の卦も坤(こん)の卦が持つ「書(しょ)」という意味があるわけです。

(『周易(しゅうえき:又は『易経(えききょう)』)』の「説卦伝(せっかでん)」には、「坤、爲文。(坤(こん)、文(ぶん)と爲(な)る。)」、つまり「坤(こん)は、文(ぶん)となります。」とあります。文(ぶん)は書(しょ)でもあります。)

更に夬(かい)の卦は坤(こん)の卦から次第に陽の気が昇っていき、あと一つの陰の爻(こう)を残すだけです。全てが陽の爻になると乾(けん)の卦になりますので、夬(かい)の卦は乾(けん)の卦の性質も併せ持ちます。ですから夬(かい)の卦も乾(けん)の卦が持つ金(乾(けん)の五行(ごぎょう)は金)という意味があるわけです。

坤(こん)の「書(しょ)」とは言いますが、竹木(ちくぼく:竹や樹木)に刀(乾(けん)の金)で文字を刻み、それで書(しょ)が出来、それを二つに割ることで、書契(しょけい:物のやり取りの権利関係を記した割り符の文書)が出来るというものです。ここから、夬(かい)の卦には「契(けい:割り符)」の意味があることが分かります。

(ちなみに竹木(ちくぼく)というのは、夬(かい)の卦の一つ手前、夬(かい)の卦まで陽の気が伸びていない坤宮四世卦(こんきゅうよんせいか)の大壮(たいそう)の卦の外卦(がいか:上半分の八卦)が震(しん:☳)であり、これは五行(ごぎょう)で木であり、「説卦伝(せっかでん)」では、「震、蒼筤竹也。(震(しん)、蒼筤竹(さうらうちく(そうろうちく))なり。)」、つまり、「震(しん)は蒼筤竹(そうろうちく:若い竹)です。」という所から来ています。)

坤(こん)に陽の気が積み重なっていって乾(けん)になっていく、というところから、乾(けん)が坤(こん)に覆い被さる形になります。これは乾(けん:天)が坤(こん:地)を照らす形になることから、夬(かい)の卦には物事を察する「察(さつ)」の意味があることが分かります。

夬(かい)の卦に決(けつ:決める、別れる)の意味があるというのは、夬(かい)の卦を詳しく見ていく中で分かります。まずは、夬(かい)の卦の北宋(ほくそう)の程頤(ていい)の註釈(『周易程氏伝(しゅうえきていしでん:又は『伊川易伝(いせんえきでん)』)』)の各卦の冒頭に出て来る、六十四卦の順序を示す「序卦伝(じょかでん)」の註釈部分には、次のように述べています。

☆原文:

夬、序卦、「益而不已必決、故受之以夬。夬者、決也。」益之極、必決而後止、理无常益、益而不已、已乃決也。夬所以次益也。爲卦、兌上乾下。以二體言之、澤、水之聚也。乃上於至髙之處、有潰決之象。以爻言之、五陽在下、長而將極。一陰在上、消而將盡。眾陽上進、決去一陰、所以爲決也。夬者、剛決之義。眾陽進而決去一陰、君子道長、小人消衰將盡之時也。

☆書き下し文:

夬(くわい)、序卦(じよくわ)、「益(えき)して已(や)まざれば必(かなら)ず決(けつ)す、故(ゆゑ)に之(これ)を受(う)くるに夬(くわい)を以(もつ)てす。夬(くわい)とは、決(けつ)なり。」と。益(えき)の極(きよく)、必(かなら)ず決(けつ)して後(のち) 止(とど)まる。理(り) 常(つね)の益(えき) 无(な)く、益(えき)して已(や)まず、已(や)む乃(すなは)ち決(けつ)なり。夬(くわい)の益(えき)に次(つ)ぐ所以(ゆゑん)なり。卦(くわ)を爲(な)すは、兌上(だじやう) 乾下(けんか)。二體(にたい)を以(もつ)て之(これ)を言(い)はば、澤(たく)、水(みづ)の聚(あつ)まるなり。乃(すなは)ち至髙(しかう)の處(ところ)に上(のぼ)りて、潰決(くわいけつ)の象(しやう) 有(あ)り。爻(かう)を以(もつ)て之(これ)を言(い)はば、五陽(ごやう) 下(した)に在(あ)り、長(ちやう)じて將(まさ)に盡(つ)きんとす。眾陽(しゆうやう) 上進(じやうしん)し、一陰(いちいん)を決去(けつきよ)す、夬(くわい)たる所以(ゆゑん)なり。夬(くわい)とは、剛決(がうけつ)の義(ぎ)なり。眾陽(しゆうやう) 進(すす)みて一陰(いちいん)を決去(けつきよ)し、君子(くんし)の道(みち) 長(ちやう)じ、小人(せうじん) 消衰(せうすい)して將(まさ)に盡(つ)きんとするの時(とき)なり。

「无」は「無」の略字です。「益」の新字体は「益」、「體」の新字体は「体」、「眾」の新字体は「衆」、「澤」の新字体は「沢」、「髙」の新字体は「高」
「卦(くわ)」の新仮名遣いは「卦(か)」
「所以(ゆゑん)」の新仮名遣いは「所以(ゆえん)」
「言(い)はば」の新仮名遣いは「言(い)わば」
「水(みづ)」の新仮名遣いは「水(みず)」
「髙(かう)」の新仮名遣いは「髙(こう)」
「潰(くわい)」の新仮名遣いは「潰(かい)」
「象(しやう)」の新仮名遣いは「象(しよう)」
「爻(かう)」の新仮名遣いは「爻(こう)」
「陽(やう)」の新仮名遣いは「陽(よう)」
「剛(がう)」の新仮名遣いは「剛(ごう)」
「長(ちやう)」の新仮名遣いは「長(ちよう)」
「小(せう)」の新仮名遣いは「小(しよう)」
「消(せう)」の新仮名遣いは「消(しよう)」

☆現代語訳:

夬(かい)は、易の六十四卦(ろくじゅうしか)の順序を示す「序卦伝(じょかでん)」には、次のように述べています。

「益(えき:上の人が身を粉にして働き、下の人がその恩恵を受ける)して止むことが無ければ必ずその状況に終わりが来て、その状況と別れることになります。ですから、この益(えき)の卦の次を夬(かい)の卦が受けるのです。夬(かい)とは決(けつ:決める、別れる)ということです。」

と。益(えき)が極まると、必ずその状況と別れて止まることになります。物事の筋道としても、常の益は無く、益して止むことが無ければ、止むことになります。これがつまり決(けつ)なのです。これが夬(かい)の卦が益(えき)の卦の次に来る理由なのです。

卦の構成は、兌(だ:☱)上に、乾(けん:☰)が下にある、つまり内卦(ないか:下半分の八卦)が乾(けん:☰)で、外卦(がいか:上半分の八卦)が兌(だ:☱)となります。この二つの八卦を元に夬(かい)の卦の性質を言いますと、沢(兌(だ:☱))は、水の集まったもので、つまりこの上なく高い所(天(乾(けん:☰))よりも高い所)に上り、

(そこから下に流れることによって、大きな勢いになり、)

(堤防までが)崩れて切れるという卦の形が示す意味があるのです。六つの爻(こう)を元に夬(かい)の卦の性質を言いますと、陽(よう)の爻(こう)が五本、下にあり(初爻(しょこう:一番下の爻(こう))から第五爻(だいごこう:下から五番目の爻(こう)))、盛んになってまさに極まろうとする状態です。陰の爻(こう)が一本上にあり(上爻(じょうこう:一番上の爻(こう)))、消えてまさに尽きようとする状態です。多くの陽が上に進んで行き、一つの陰が別れることになるのです。これが夬(かい)という名である理由なのです。夬(かい)とは剛決(ごうけつ:心が強くて思い切りが良い)の意味なのです。多くの陽が進んで一つの陰と別れ、修養に優れた君子(くんし)の道が盛んになり、徳の劣った小人(しょうじん)は、消え衰えてまさに尽きようとする時なのです。


つまり、高い所にある沢の水が勢い良く下に流れていくような大きな勢いを持って、多くの陽が上に上がって行き、微弱になった陰と別れる、そんな陽の強くて思い切りの良い様子が、夬(かい)の卦の形が示す意味であることが分かります。多くの陽が思い切って一つの陰と別れる、そこに「決(けつ:決める、別れる)」という意味が存在するのです。

更に、夬(かい)の卦を解説した卦辞(かじ)には、次のように述べています。

☆原文:

夬、揚于王庭、孚號有厲。告自邑、不利卽戎、利有攸往。

☆書き下し文:

夬(くわい)、王庭(わうてい)に揚(あ)ぐ、孚(まこと) 號(さけ)びて厲(あや)ふきこと有(あ)り。告(つ)ぐるに邑(いふ)よりす。戎(じゆう)に卽(つ)くに利(り)あらず、往(ゆ)く攸(ところ) 有(あ)るに利(り)あり。

「號」の新字体は「号」
「王(わう)」の新仮名遣いは「王(おう)」
「厲(あや)ふき」の新仮名遣いは「厲(あや)うき」
「邑(いふ)」の新仮名遣いは「邑(ゆう)」

この卦辞(かじ)の、「夬(かい(くわい))、王庭(おうてい(わうてい))に揚(あ)ぐ、孚(まこと) 號(さけ)びて厲(あや)うき((あや)ふき)こと有(あ)り。」の部分の、北宋(ほくそう)の程頤(ていい)の註釈(『周易程氏伝(しゅうえきていしでん:又は『伊川易伝(いせんえきでん)』)』)には、次のように述べています。

★原文:

小人方盛之時、君子之道未勝、安能顯然以正道決去之。故含晦俟時、漸圖消之之道。今既小人衰微、君子道盛、當顯行之於公朝、使人明知善惡、故云揚于王庭。孚、信之在中、誠意也。號者、命眾之辭。君子之道雖長盛、而不敢忘戒備、故至誠以命眾、使知尚有危道。雖以此之甚盛、決彼之甚衰、弱易而无備、則有不虞之悔、是尚有危理。必有戒懼之心、則无患也。聖人設戒之意深矣。

★書き下し文:

小人(せうじん) 方(まさ)に盛(さか)んなるの時(とき)、君子(くんし)の道(みち)、未(いま)だ勝(か)たず、安(いづく)んぞ能(よ)く顯然(けんぜん)と正道(せいだう)を以(もつ)て之(これ)を決去(けつきよ)せんや。故(ゆゑ)に含晦(がんくわい)して時(とき)を俟(ま)ち、漸(やうや)く之(これ)を消(け)すを圖(はか)るの道(みち)なり。今(いま) 既(すで)に小人(せうじん) 衰微(すいび)し、君子(くんし) 道(みち) 盛(さか)んにして、當(まさ)に顯(あき)らかに之(これ)を公朝(こうてう)に行(おこな)ひ、人(ひと)をして明(あき)らかに善惡(ぜんあく)を知(し)らしむ。故(ゆゑ)に「王庭(わうてい)に揚(あ)ぐ」と云(い)ふ。孚(まこと) 信(しん)の中(うち)に在(あ)り、誠意(せいい)なり。號(がう)なる者(もの)は、眾(しゆう)に命(めい)ずるの辭(ことば)なり。君子(くんし)の道(みち) 長盛(ちやうせい)すと雖(いへど)も、敢(あ)へて戒備(かいび)を忘(わす)れず、故(ゆゑ)に至誠(しせい)を以(もつ)て眾(しゆう)に命(めい)じ、尚(なほ) 危(あや)ふき道(みち) 有(あ)るを知(し)らしむ。此(こ)の甚(はなは)だ盛(さか)んなるを以(もつ)て、彼(か)の甚(はなは)だ衰(おとろ)ふるを決(けつ)すと雖(いへど)も、若(も)し易(やす)しとして備(そな)へ無(な)ければ、則(すなは)ち虞(おそ)れざるの悔(く)ひ有(あ)り、是(これ) 尚(なほ) 危(あや)ふきの理(り) 有(あ)り。必(かなら)ず戒懼(かいく)の心(こころ) 有(あ)らば、則(すなは)ち患(うれ)ふること無(な)きなり。聖人(せいじん) 戒(いまし)めを設(まう)くるの意(い) 深(ふか)し。

「顯」の新字体は「顕」、「辭」の新字体は「辞」
「晦(くわい)」の新仮名遣いは「晦(かい)」
「漸(やうや)く」の新仮名遣いは「漸(ようや)く」
「朝(てう)」の新仮名遣いは「朝(ちよう)」
「行(おこな)ひ」の新仮名遣いは「行(おこな)い」
「云(い)ふ」の新仮名遣いは「云(い)う」
「號(がう)」の新仮名遣いは「號(ごう)」
「尚(なほ)」の新仮名遣いは「尚(なお)」
「危(あや)ふき」の新仮名遣いは「危(あや)うき」
「衰(おとろ)ふる」の新仮名遣いは「衰(おとろ)うる」
「雖(いへど)も」の新仮名遣いは「雖(いえど)も」
「悔(く)ひ」の新仮名遣いは「悔(く)い」
「患(うれ)ふる」の新仮名遣いは「患(うれ)うる」
「設(まう)くる」の新仮名遣いは「設(もう)くる」

ここで出て来る「誠意(せいい)」とは、四書の『大学(だいがく)』に出て来る八条目、格物(かくぶつ)・致知(ちち)・誠意(せいい)・正心(せいしん)・修身(しゅうしん)・斉家(せいか)・治国(ちこく)・平天下(へいてんか)の中の一つです。この八条目とは、自分の身を修めることから始まって、それによって正しくなった自分の心を元に周囲の人を思いやり、先ずは一番身近である家族を思いやる中で家庭を整え治め、その思いやりの気持ちをさらに押し広げていって国を治め、更には最後には天下を安らかにすることへとつなげていく、という考え方と、この八つを全て等しいものと見る、つまり自分の身を修める際にも、それが国を治め天下を安らかにすることに繋げていく、或いは国を治め天下を安らかにする際にも、自分の身を修めることを忘れない、ということです。

北宋(ほくそう)の程頤(ていい)は朱子学の源流となる学者の一人ですので、朱子学を元に説明していきます。

朱子学では、まず格物(かくぶつ)とは、「物(もの)に格(いた)る」と読み、多くの物事の道理を学んで窮めていくことであり、その道理を窮めていく中で疑いがからりと晴れたようにその多くの物事を貫く一つの道理を悟る、この状態になることを「致知(ちち:知(ち)を致(いた)す)」と言い、それによって気持ちが誠(まこと)になることを「誠意(せいい:意(い)を誠(まこと)にする)」と言うのです(誠(まこと)については後に述べていきます)。「致知(ちち)」からどのようにして「誠意(せいい)」に辿り着くか、という所が問題になります。

その際の「誠意(せいい)」について解説している部分は、『大学(だいがく)』の第二段、南宋(なんそう)の朱熹(しゅき)が編纂した『大学章句(だいがくしょうく)』では伝(でん:経(けい)の部分を解説したもの)の第六章に当たります。その本文の前に、その部分をまとめた南宋(なんそう)の朱熹(しゅき)の註釈を見てみることにします。次の一節です。

▽原文:

經曰、「欲誠其意、先致其知。」又曰、「知至而后意誠。」蓋心體之明、有所未盡、則其所發、必有不能實用其力、而苟焉以自欺者。然或己明而不謹乎此、則其所明、亦非己有、而無以道德之基。故此章之指、必承上章而通考之。然後有以見其用力之始終、其序不可亂、而功不可闕如此云。

▽書き下し文:

經(けい)に曰(いは)く、「其(そ)の意(い)を誠(まこと)にせんと欲(ほつ)せば、先(ま)づ其(そ)の知(ち)を致(いた)す」と。又(また) 曰(いは)く、「知(ち) 至(いた)りて后(のち) 意(い) 誠(まこと)に」と。蓋(けだ)し心體(しんたい)の明(めい)、未(いま)だ盡(つ)くさざる所(ところ) 有(あ)り。則(すなは)ち其(そ)の發(はつ)する所(ところ)、必(かなら)ず實(じつ)に其(そ)の力(ちから)を用(もち)ゐる能(あた)はずして、苟焉(こうえん)にして自(みづか)ら欺(あざむ)く者(もの) 有(あ)り。或(ある)いは己(おのれ) 明(めい)にして此(ここ)に謹(つつし)まざれば、則(すなは)ち其(そ)の明(めい)なる所(ところ)、又(また) 己(おのれ)の有(いう)に非(あら)ずして、以(もつ)て道德(だうとく)の基(もとゐ)と爲(な)る無(な)し。故(ゆゑ)に此(こ)の章(しやう)の指(し)、必(かなら)ず上章(じやうしやう)を承(う)けて通(つう)じて之(これ)を考(かんが)へよ。然(しか)る後(のち) 以(もつ)て其(そ)の力(ちから)を用(もち)ゐるの始終(しじゆう)、其(そ)の序(じよ) 亂(みだ)すべからずして、功(こう) 闕(か)くべからざること此(か)くの如(ごと)きを見(み)る有(あ)りと云(い)ふ。

「實」の新字体は「実」、「亂」の新字体は「乱」
「用(もち)ゐる」の新仮名遣いは「用(もち)いる」
「基(もとゐ)」の新仮名遣いは「基(もとい)」
「章(しやう)」の新仮名遣いは「章(しよう)」

▽現代語訳:

経(けい:『大学(だいがく)』の本文の部分)には、「其(そ)の意(い)を誠(まこと)にせんと欲(ほつ)せば、先(ま)づ其(そ)の知(ち)を致(いた)す。(心の中を偽りの無い真実の姿にしようと思えば、先ず物事の道理を窮めていって、その道理を窮めていく中で、疑いがからりと晴れたようにその多くの物事を貫く一つの道理を悟ることが必要なのです。)」と、あります。また、「知(ち) 至(いた)りて后(のち) 意(い) 誠(まこと)に。(物事の道理を学んで窮めていって、その道理を窮めていく中で、疑いがからりと晴れたように多くの物事を貫く一つの道理を悟ることによって、心の中が偽りの無い真実の姿となるのです。)」とあります。そもそも格物(かくぶつ:物事の道理を窮める)によって致知(ちち:格物(かくぶつ)の中で、疑いがからりと晴れたようにその多くの物事を貫く一つの道理を悟る)に至っても、(物欲に覆われるなどして、)心の本体の明(心の本体(つまり、性(せい:生まれつきの優れた性質))に備わっている明らかな知恵)は、未だ窮め尽くしていない所があって、

(本来、物事の本体部分である「気(き)」と、それを働かせ作用させる「理(り)」とが一つになっているのですが(「本然(ほんねん)の性(せい))」、物欲等によって、この「気(き)」と「理(り)」が離れているような状態になってしまい(「気質(きしつ)の性(せい)」)、この状態では、「本然(ほんねん)の性(せい)」に備わっている明らかな知恵が発揮出来ない、ということです。そのために自分の身を修めることによって自分を引き締め、「本然(ほんねん)の性(せい)」に近付けていく必要がある、ということです。)

つまりその明らかな知恵の発する所は、必ず実際にその力を用いることが出来ずに、その場をいい加減にやり過ごして、自分の心の中に欺く人がいるのです。

(外見を飾っても、本心は自分自身には明らかなのです。)

しかしながら、あるいは自分は明らかな知恵を持っていても、その場で自分の心を慎むことが出来なければ、それではその明らかな知恵というものが同様にしっかりと自分のものになっていなくて、それが自分の道徳の基礎となることは無いのです。ですからこの章の意味する所は、必ず上の章を受けて考えていかなければならないのです。その後、それによってその力を用いる始めと終わりまでの、その順序(八条目(はちじょうもく)の順序)は乱すことができないもので、その功績は欠けることが出来ないというのは、このようなことを言っているのです。

(八条目(はちじょうもく)は順序に従って考えていく必要があるのです。)


つまり、格物(かくぶつ:物事の道理を窮める)の後に致知(ちち:格物(かくぶつ)の中で、疑いがからりと晴れたようにその多くの物事を貫く一つの道理を悟る)に至ったとしても、物欲に覆われるなどして、「本然(ほんねん)の性(せい)」が「気質(きしつ)の性(せい)」に変わってしまっていて、「本然(ほんねん)の性(せい)」に備わっている明らかな知恵が発揮出来ないために、自分の身を修めて「本然(ほんねん)の性(せい)」に近付けることでその知恵を発揮させるようにする必要がある、ということです。そのための工夫を行って辿り着いた所が、誠意(せいい)ということになるわけです。

それでは、その『大学』の第二段(『大学章句』では伝(でん)の第六章)の一節を見ていきます。次のように述べています。

▽原文:

所謂誠其意者、毋自欺也。如惡惡臭、知好好色、此之謂。自謙、故君子必愼其獨也。小人閒居爲不善、無所不至、見君子而後、厭然揜其不善、而著其善人之視己。如見其肺肝然、則何益矣。此謂試於中、形於外。故君子必愼其獨也。曾子曰、「十目所視、十手所指、其嚴乎。富潤屋、德潤身。心廣體胖。」故君子必誠其意。

▽書き下し文:

所謂(いはゆる) 其(そ)の意(い)を誠(まこと)にすとは、自(みづか)ら欺(あざむ)く毋(な)きなり。惡臭(あくしう)を惡(にく)むが如(ごと)くにして、好色(かうしよく)を好(この)むが如(ごと)しとは、此(こ)の謂(いひ)なり。自(みづか)ら謙(あきた)る、故(ゆゑ)に君子(くんし) 必(かなら)ず其(そ)の獨(どく)を愼(つつし)むなり。小人(せうじん) 閒居(かんきよ)して不善(ふぜん)を爲(な)さば、至(いた)らざる所(ところ) 無(な)し。君子(くんし)を見(み)ての後(のち)、厭然(えんぜん)として其(そ)の不善(ふぜん)を揜(おほ)ひ、其(そ)の善人(ぜんにん)の己(おのれ)を視(み)るを著(あらは)す。見(み)ること其(そ)の肺肝(はいかん)の如(ごと)く然(しか)り、則(すなは)ち何(なん)の益(えき)かあらん。此(これ) 中(うち)を誠(まこと)にして、外(そと)に形(あら)はると謂(い)ふ。故(ゆゑ)に君子(くんし) 必(かなら)ず其(そ)の獨(どく)を愼(つつし)むなり。曾子(そうし) 曰(いは)く、

「十目(じうもく)の視(み)る所(ところ)、十手(じつしゆ)の指(さ)す所、其(そ)れ嚴(げん)ならんか。富(とみ) 屋(をく)を潤(うるほ)し、德(とく) 身(み)を潤(うるほ)す。心(こころ) 廣(ひろ)く體(からだ) 胖(ゆた)かにす。」

と。故(ゆゑ)に君子(くんし) 必(かなら)ず其(そ)の意(い)を誠(まこと)にす。

「獨」の新字体は「独」、「愼」の新字体は「慎」、「閒」の新字体は「間」、「曾」の新字体は「曽」、「嚴」の新字体は「厳」、「廣」の新字体は「広」
「所謂(いはゆる)」の新仮名遣いは、「所謂(いわゆる)」
「自(みづか)ら」の新仮名遣いは「自(みずか)ら」
「臭(しう)」の新仮名遣いは「臭(しゆう)」
「好(かう)」の新仮名遣いは「好(こう)」
「謂(いひ)」の新仮名遣いは「謂(いい)」
「揜(おほ)ひ」の新仮名遣いは「揜(おお)い」
「著(あらは)す」の新仮名遣いは「著(あらわ)す」
「形(あら)はる」の新仮名遣いは「形(あら)わる」
「屋(をく)」の新仮名遣いは「屋(おく)」
「潤(うるほ)す」の新仮名遣いは「潤(うるお)す」

「謙(けん)」は南宋(なんそう)の朱熹(しゅき)の註釈により、「謙、讀爲慊。(謙(けん)、讀(よ)みて慊(けん)と爲(な)す。)」つまり「謙(けん)は慊(けん)として読みます。」とあります。「慊(けん)」は「慊(あきた)る」、つまり「満足する」という意味です。

この『大学(だいがく)』の一節の内、最初の「所謂誠其意者」から一つ目の「故君子必愼其獨也」までの南宋(なんそう)の朱熹(しゅき)の註釈には、次のように述べています。

▼原文:

誠其意者、自脩之首也。毋者禁止之辭。自欺云者、知爲善以去惡、而心之所發、有未實也。謙、快也、足也。獨者人所不知、而己所獨知之地也。言欲自脩者、知爲善、以去其惡。則當實用其力、而禁止其自欺、使其惡惡、則如惡惡臭。好善、則知好好色。皆惡決去而求、必得之以自快足、於己不可徒。苟且以徇外而爲人也、然其實與不實、蓋有他人所不及知、而己獨知者。故必謹之。於此以審其幾焉。

▼書き下し文:

其(そ)の意(い)を誠(まこと)にするは、自(みづか)ら脩(をさ)むるの首(はじめ)なり。毋(ぶ)は禁止(きんし)の辭(ことば)なり。自(みづか)ら欺(あざむ)くと云(い)ふは、善(ぜん)を爲(な)すに惡(あく)を去(さ)るを以(もつ)てし、而(しかう)して心(こころ)の發(はつ)する所(ところ)、未(いま)だ實(じつ)ならざる有(あ)るを知(し)るなり。謙(けん)、快(くわい)なり、足(そく)なり。獨(どく)は人(ひと)の知(し)らざる所(ところ)にして、己(おのれ) 獨(ひと)り知(し)る所(ところ)の地(ち)なり。自(みづか)ら脩(をさ)めんと欲(ほつ)すと言(い)ふは、善(ぜん)を爲(な)すに其(そ)の惡(あく)を去(さ)るを以(もつ)てす。則(すなは)ち實(じつ)に其(そ)の力(ちから)を用(もち)ゐるべくして、其(そ)の自(みづか)ら欺(あざむ)くを禁止(きんし)し、其(そ)の惡(あく)をして惡(にく)ませるに、則(すなは)ち惡臭(あくしう)を惡(にく)むが如(ごと)くす。善(ぜん)を好(この)むは、則(すなは)ち好色(かうしよく)を好(この)むが如(ごと)くす。皆(みな) 惡(あく) 決去(けつきよ)し、求(もと)むれば必(かなら)ず之(これ)を得(う)。以(もつ)て自(みづか)ら快足(くわいそく)す、己(おのれ)に於(お)いて徒(いたづら)にすべからず。苟且(かりそめ)に外(そと)に徇(したが)ふを以(もつ)て人(ひと)と爲(な)るや、然(しか)れども其(そ)の實(じつ)と不實(ふじつ)、蓋(けだ)し他人(たにん)の知(し)るに及(およ)ばざる所(ところ)にして、己(おのれ) 獨(ひと)り知(し)る者(もの)なり。故(ゆゑ)に必(かなら)ず之(これ)を謹(つつし)む。此(ここ)に於(お)いて其(そ)の幾(き)を審(つまび)らかにす。

「讀」の新字体は「読」
「脩(をさ)むる」の新仮名遣いは「脩(おさ)むる」
「快(くわい)」の新仮名遣いは「快(かい)」
「脩(をさ)めんと」の新仮名遣いは「脩(おさ)めんと」
「徒(いたづら)に」の新仮名遣いは「徒(いたずら)に」
「徇(したが)ふ」の新仮名遣いは「徇(したが)う」

「其(そ)の幾(き)を審(つまび)らかにす」とは、北宋(ほくそう)の周敦頤(しゅうとんい)が著した『通書(つうしょ)』の「誠幾德(せいきとく)第三章」から考えてみます。「審(つまび)らかにす」とは「明らかにする」という意味ですから、「幾(き)」とは何かを考える必要があります。

◇原文:

誠無爲、幾善惡。

◇書き下し文:

誠(まこと) 無爲(むゐ)にして、幾(き) 善惡(ぜんあく)なり。

「爲(ゐ)」の新仮名遣いは「爲(い)」

この部分の前半部分の、南宋(なんそう)の朱熹(しゅき)の註釈には、次のように述べています。

◆原文:

實理自然、何爲之有。卽太極也。

◆書き下し文:

實理(じつり) 自然(しぜん)にして、何(なん)ぞ爲(な)すこと之(こ)れ有(あ)らん。卽(すなは)ち太極(たいきよく)なり。


ここで、「太極(たいきょく)」とは何かということは、『周易(しゅうえき:又は『易経(えききょう)』)』の、易の哲学を論じた「繋辞伝(けいじでん)上」の第十一章が述べています。次の一節です。

◎原文:

是故、易有太極、是生兩儀。兩儀生四象、四象生八卦。八卦定吉凶、吉凶生大業。

◎書き下し文:

是(こ)の故(ゆゑ)に、易(えき)に太極(たいきよく) 有(あ)りて、是(これ) 兩儀(りやうぎ)を生(しやう)ず。兩儀(りやうぎ) 四象(ししやう)を生(しやう)じ、四象(ししやう) 八卦(はつくわ)を生(しやう)ず。八卦(はつくわ) 吉凶(きつきやう)を定(さだ)め、吉凶(きつきやう) 大業(たいげふ)を生(しやう)ず。

「四象(ししょう)」とは、唐(とう)の李鼎祚(りていそ)の『周易集解(しゅうえきしっかい)』の中にある呉(ご)の虞翻(ぐほん)の註釈には、「四象、四時也。(四象(ししやう)、四時(しじ)なり。)」、つまり四象(ししょう)とは四時(しじ)、つまり春夏秋冬を表します。

◎現代語訳:

(易は陽のとても大きなものである「乾(けん:天)」と陰のとても大きなものである「坤(こん:地)」の変化により生み出されてくることを論じ、)

このことによって、易には太極(たいきょく)という一つの存在があって、これは二つに分かれて両儀(りょうぎ:陰陽、又は天地(陽の気と陰の気の最大のもの))に分かれます。両儀(りょうぎ)は四象(ししょう:陰と陽の二つの組み合わせによって出来る四つのパターンで、四時(しじ:春夏秋冬)を示します。)が出来、それが更に二つに分かれて八卦(はっか)を生じます。この八卦(はっか)を重ねることにより、最終的には八の二乗、つまり八×八=六十四のパターンが生まれ、六十四卦(ろくじゅうしか)になります。

(八卦(はっか)は三本の爻(こう:陰と陽を示す線)で描き、二の三乗、つまり八つのパターンを描き、六十四卦(ろくじゅうしか)は八卦を重ねた六本の爻(こう)で描いて、二の六乗、つまり六十四のパターンを描きます。)

この六十四卦(ろくじゅうしか)が更に分かれてあらゆる物事になっていきますので、六十四卦(ろくじゅうしか)によって全ての現象を説明出来、それは八卦(はっか)の組み合わせによって生じるので、八卦を元にして吉と凶を定めることが出来、既に吉凶が定まったことにより、易は広大で悉くを備えるといった大きな事業を生み出すことが出来るのです。


更に太極(たいきょく)は、「無極而太極(無極(むきょく)にして太極(たいきょく))」という言葉があります。これは北宋(ほくそう)の周敦頤(しゅうとんい)の著した『太極図説(たいきょくずせつ)』の冒頭の言葉で、その部分の南宋(なんそう)の朱熹(しゅき)の註釈には、次のように述べています。

◎原文:

上天之載、無聲無臭、而實造化之樞紐、品彙之根柢也。故曰、無極而太極。非太極之外、復有無極也。

◎書き下し文:

上天(じやうてん)の載(の)るは、無聲(むせい) 無臭(むしう)にして、實(じつ)に造化(ざうくわ)の樞紐(すうちう)、品彙(ひんゐ)の根柢(こんてい)なり。故(ゆゑ)に曰(いは)く、無極(むきよく)にして太極(たいきよく)と。太極(たいきよく)の外(ほか)、復(また) 無極(むきよく) 有(あ)るに非(あら)ざるなり。

「聲」の新字体は「声」、「樞」の新字体は「枢」
「造(ざう)」の新仮名遣いは「造(ぞう)」
「化(くわ)」の新仮名遣いは「化(か)」
「紐(ちう)」の新仮名遣いは「紐(ちゆう)」
「彙(ゐ)」の新仮名遣いは「彙(い)」

◎現代語訳:

天が地に乗っている様子は、声も臭いも無く、実に造化(ぞうか:万物を生み出す働き)の、戸の開閉部分や、器物に繋ぐ紐のような、鍵となる中心部分であり、物事を区別し分類する根本となるのです。

(この天と地が重なって分かれる前(太極(たいきょく))こそがあらゆる物事が生み出される中心であって、それ以前というものは存在しないのです。)

ですから、「無極(むきょく)にして太極(たいきょく)」と言うのです。

(太極(たいきょく)の外に「無極(むきょく)」というものが存在しているわけでは無いのです。)


つまり、太極(たいきょく)以前に遡れないことを、「無極(むきょく)」という言葉で表現しているということです。

ちなみに太極(たいきょく)とは、『周易正義(しゅうえきせいぎ)』の唐(とう)の孔穎達の疏(そ:註釈を更に解説したもの)では、次のように述べています。

◎原文:

太極、謂天地未分之前、元氣混而爲一。卽是太初太一也。

◎書き下し文:

太極は、天地(陽と陰の気の最も大きなもの)がまだ分かれていない前の時に、元気(げんき:天と地が分かれる前の、ぼんやりとしてはっきりしない状態)が混じり合って一つであるのを言います。つまりこれは、太初(たいしょ:天と地が分かれる前の、ぼんやりしてはっきりしない状態の元気(げんき))であり、太一(たいいつ:あらゆる物事の根源である道(みち)の根本)であるわけです。


ここから太極(たいきょく)とは道(みち)の根本を示しているわけです。言い換えれば「道(みち:個々の道を総称したものに付ける仮の名前で、どんな個々の道でも大切になるポイント)」であるわけです。

先ほどの『太極図説(たいきょくずせつ)』の南宋(なんそう)の朱熹(しゅき)の註釈の中では、太極(たいきょく)というのは、個々の物事、個々の道に枝分かれする前の、偏りの無い一つの状態を指しているわけです。これが「誠(まこと)」となります。では、その註釈部分の現代語訳は、次のようになります。

◆現代語訳:

(誠(まこと)とは、)道理の自然に適っていて、どうして(欲望によって)余計なことをすることがあるでしょうか。つまり、太極(たいきょく:個々の物事、個々の道に枝分かれする前の、偏りの無い一つの状態)なのです。

更に、この部分の後半部分の、南宋(なんそう)の朱熹(しゅき)の註釈には、次のように述べています。こちらで「幾(き)」について述べています。

◆原文:

幾者動之微、而善惡之所由分也。蓋動於人心之微、則天理固當發見、而人欲亦已萌乎其閒矣。此陰陽之象也。

◆書き下し文:

幾(き)なる者(もの)は、動(どう)の微(び)にして、而(しかう)して善惡(ぜんあく)の由(よ)りて分(わ)かるる所(ところ)なり。蓋(けだ)し人心(じんしん)の微(び)に動(うご)き、則(すなは)ち天理(てんり) 固(もと)より發見(はつけん)すべくして、而(しかう)して人欲(じんよく) 其(そ)の閒(かん)に萌(きざ)す。此(これ) 陰陽(いんやう)の象(しやう)なり。

◆現代語訳:

幾(き:物事の兆し)というものは、動きの微かなもので、善と悪がそれによって分かれる所です。そもそも人の心の微かな所に動き、それによって天の道理(自然の法則)が元々まさしく発見することの出来る所で、人の欲望がまた既にその間に萌す所なのです。これは、これは(「誠(まこと)」の太極(たいきょく)に対し、)陰と陽の形を示す意味なのです。

では、先ほどの『太極図説(たいきょくずせつ)』の一節の現代語訳は、次のようになります。

◇現代語訳:

誠(まこと:心の中に偽りのない真実の姿)は、道理の自然に適っていて、欲望によって余計なことをせずに為すべきことを行うもので、太極(たいきょく:個々の物事、個々の道に枝分かれする前の偏りの無い一つの状態)を示し、幾(き:物事の兆し)は、動きの微かなもので、善悪がそれによって分かれる所なのです。そこに天の道理(自然の法則)があり、人の欲望がその間に萌すのを見ることが出来ます。陰陽の形を示す意味なのです。


つまり、「審幾(幾(き)を審(つまび)らかにす)」とは、太極(たいきょく:個々の物事、個々の道に枝分かれする前の偏りの無い一つの状態)である誠(まこと:心の中に偽りの無い真実の姿)が善悪に分かれる所を明らかにするということです。

この部分をまとめてみますと、太極(たいきょく:誠(まこと))の状態から外部の物事や、様々な思いがやって来て、善と悪とに分かれ、その善と悪とに影響されて、喜怒哀楽の感情が生まれて来て、それを元にして実際の言動、或いは発生した問題の解決のために使用する個々の道、というものが発生するわけです。

ですから、太極(たいきょく)が善と悪とに分かれる所(幾(き))を明らかにし、

(審幾(幾(き)を審(つまび)らかにす))

その段階で、善を行う前提として、悪を去ることによって、その善悪によって生じる所の喜怒哀楽の感情が正しくなり、それを元に発生する言動、問題解決に使用する個々の道、といったものを正しくすることが出来ます。

そしてこれらは全て、心の中、つまり他人が窺い知ることの出来ない所であり、ここを慎むことを、慎独(しんどく:人の見ていない所、心の中で思う所を戒めて改めていき、実際の言動を正していくこと)と言うのです。

物事の道理を窮め(格物(かくぶつ))、その道理を窮めていく中で、疑いがからりと晴れたようにその多くの物事を貫く一つの道理を悟った(致知(ちち))その後、物欲に覆われるなどして「本然(ほんねん)の性(せい)」に備わっている明らかな知恵が発揮出来ないために、慎独(しんどく)によって心の中の気持ちを改めていって、その明らかな知恵が発揮出来るようになっていくことを、「誠意(意(い)を誠(まこと)にす:心の中を偽りの無い真実の姿にする、つまり、心の中を個々の物事、個々の道に枝分かれする前の偏りの無い一つの状態(太極(たいきょく))にする)」と言うのです。

以上より、先ほどの『大学(だいがく)』の一節の南宋(なんそう)の朱熹(しゅき)の註釈の現代語訳は、次のようになります。

▼現代語訳:

心の中を個々の物事、個々の道に枝分かれする前の偏りの無い一つの状態(太極(たいきょく))である誠(まこと:心の中に偽りの無い真実の姿)にするというのは、自分の身を修める始めなのです。「毋(ぶ)」は禁止の言葉(「~してはならない」)です。自分で欺くというのは、良いことをするには悪いことを去ることであると知り、それでいて心の(喜怒哀楽の)発する所は、未だ実際には起こっていない(喜怒哀楽を発する前)ということなのです。

(つまり、自分で欺くというのは、善悪やそれに従って起こってくる喜怒哀楽の感情が心の中に起こってから、表面を取り繕うことであり、欺かないためには、喜怒哀楽の感情が起こる前提となる善悪を正す、つまり「善を行うために悪を去る」ことが必要なのです。)

謙(けん:南宋(なんそう)の朱熹(しゅき)の註釈では「慊(けん)」と読みます」)は、快い、満足するということです。「独(どく)」とは、人の知らない所であり、自分一人が知っている場所なのです。

(他人のいない所だけでなく、自分が心に思うことも含みます。)

つまり、自分の身を修めようとすると言うのは、良いことをするには悪いことを去ることであることを知り、そして実際に自分の力を用いて行動する時に、自分で欺くことを禁止し、

(つまり、良いことをする前提として、悪いことを去るということが必要であり、悪いことを去るということを、自分の喜怒哀楽を発する前から自分を戒めて改めるということです。)

その悪いことを嫌わせるのに、悪い臭いを嫌わせるのと同じようにし、良いことを好むためには、異性を好む(色好みをする)のと同じようにするのです。皆、悪いことと別れるということは、求めれば必ず得ることの出来るもので、それによって自分で心地良く満足するというのは、自分の中で無駄にしてはならない所なのです。一時の間に合わせで外部の物事に従って人として過ごしていれば、自分が誠実か不実かというのは、そもそも他人が知るに至らないことであって、自分一人が知る所のものなのです。ですから必ずこの部分(他人が見ていない所、あるいは心の中で思う所)を謹むのです。これによって太極(たいきょく:個々の物事、個々の道に枝分かれする前の、偏りの無い一つの状態)である誠(まこと:心の中に偽りの無い真実の姿)が善悪に分かれる所(つまり「幾(き:物事の兆し)」)を明らかにするのです。


続いて、「小人閒居」から二つ目の「故君子必愼獨」までの、南宋(なんそう)の朱熹(しゅき)の註釈には、次のように述べています。

▼原文:

閒居、獨處也。厭然、消沮閉藏之貌。此言、小人陰爲不善、而陽欲揜之。則是非不知善之當爲、與惡之當去也。但不能實用其力、以至此耳。然能揜其惡、而卒不可揜。欲詐爲善、而終不可揜、則何益之有哉。此君子所以重以爲戒、而必謹其獨也。

▼書き下し文:

閒居(かんきよ)、獨處(どくしよ)なり。厭然(えんぜん)、消沮(せうそ) 閉藏(へいざう)の貌(ばう)。此(こ)の言(げん)、小人(せうじん) 陰(かげ)に不善(ふぜん)を爲(な)し、陽(ひなた)に之(これ)を揜(おほ)はんとす。則(すなは)ち是(これ) 善(ぜん)の當(まさ)に爲(な)すべきと、惡(あく)の當(まさ)に去(さ)るべきとを知(し)らずんばあらざるなり。但(ただ) 實(じつ)に其(そ)の力(ちから)を用(もち)ゐる能(あた)はず、以(もつ)て此(ここ)に至(いた)るのみ。然(しか)れども其(そ)の惡(あく)を揜(おほ)はんと欲(ほつ)するも、卒(つひ)には揜(おほ)ふべからず。善(ぜん)を爲(な)すを詐(いつは)らんと欲(ほつ)するも、終(つひ)には詐(いつは)るべからず。則(すなは)ち亦(また) 何(なん)の益(えき)か之(こ)れ有(あ)らんや。此(これ) 君子(くんし)の重(おも)んじて以(もつ)て戒(いまし)め、必(かなら)ず其(そ)の獨(どく)を謹(つつし)む所以(ゆゑん)なり。

「處」の新字体は「処」
「貌(ばう)」の新仮名遣いは「貌(ぼう)」
「揜(おほ)はん」の新仮名遣いは「揜(おお)わん」
「能(あた)はず」の新仮名遣いは「能(あた)わず」
「卒(つひ)に」の新仮名遣いは「卒(つい)に」
「詐(いつは)らん」の新仮名遣いは「詐(いつわ)らん」
「終(つひ)に」の新仮名遣いは「終(つい)に」
「詐(いつは)る」の新仮名遣いは「詐(いつわ)る」

▼現代語訳:

「間居(閒居)(かんきょ)」とは、一人でいるということです。「厭然(えんぜん)」とは、気力が亡くなって物事を深くしまい込む様子を示しています。この言葉は、徳の劣った小人(しょうじん)が陰(かげ:裏)で良くないことをして、陽(ひなた:表)ではそのことを覆い隠そうとするのです。つまりこれは、(小人(しょうじん)が)良いことを行った方が良いということと、悪いことを去ったほうが良いということを知っていなければ、そうなることは無いのです。

(きちんと認識してはいるわけです。)

ただ、実際に自分の力を使ってそれを行うことが出来ないために、ここに至ってしまうのです。しかしながら、自分の悪いことを覆い隠そうとしても、ついに覆い隠すことは出来ないのです。良いことをしたように偽ろうとしても、ついに偽ることは出来ないのです。つまり、これもまた、何の利益があるというのでしょうか。

(何も利益は無いのです。)

これは修養に優れた君子(くんし)が重んじて戒めとし、必ず一人でいる時、又は心に思っていることを慎んで戒め改め、実際の言動を正していくということを行う理由なのです。

(良くないことを覆い隠すことは、他人の目からは不可能であり、そんなことにならないように、一人でいる時、または心の中で思っていることをあらかじめ慎んで戒め改め、実際の言動を正していくことが必要なのです。)

(そのためには個々の言動や問題解決のための個々の道の前提となる喜怒哀楽の感情を正すことが必要であり、その喜怒哀楽の感情の更に前提となる善悪を正していく、善を行うために悪を去るということが大切になるのです。)


以上より、『大学(だいがく)』の一節の現代語訳は、次のようになります。

(今まで述べていたことと、一部重複します。)

▽現代語訳:

所謂(いわゆる)、「其(そ)の意(い)を誠(まこと)にす(自分の気持ちを誠(まこと:心の中に偽りの無い真実の姿)にする、つまり心の中を個々の物事、個々の道に枝分かれする前の偏りの無い一つの状態(太極(たいきょく)))にする)」とは、自分で欺くことが無いことです。

(つまり、自分で欺くというのは、善悪やそれに従って起こってくる喜怒哀楽の感情が心の中に起こってから、表面を取り繕うことであり、欺かないためには喜怒哀楽の感情が起こる前提となる善悪を正す、つまり「善を行うために悪を去る」ことが必要なのです。)

悪い臭いを嫌うように、異性を好む(色好みをする)ようにとは、このことを言っているのです。

(つまり、悪いことを嫌い、良いことを好む様子は、悪い臭いを嫌い、異性を好む(色好みをする)ように、自分の素直な心に従わせるのです。)

そのようにして良いことを好み悪いことを去って、自分で満足するようになるのです。

(そうすることで、喜怒哀楽の前提となる善悪が正され、喜怒哀楽の感情が正しくなり、それを元に発生する言動、問題解決に使用する個々の道が正されるのです。これらは全て、他人からは窺い知ることの出来ない、心の中での出来事なのです。)

ですから、修養に優れた君子(くんし)は、必ず独りでいる所を慎むのです。

(自分一人が知っている所、心の中で考えていることを含みます。)

徳の劣った小人(しょうじん)が独りでいる時に、良くないことをすれば、行き着かない所が無い(どんなことでもしてしまう)のです。君子を見かけた後には、その自分の良くないことを覆い隠して、自分の良い所を表に出すのです。しかしながら他人が自分を見る様子は、自分の身の肺や肝臓を見るように明らかなのです。

(他人の目には、自分が良くないことを覆い隠して、自分の良い所を表に出していることが、はっきりとわかるのです。)

ですから、このようなことには、何の利益があるのでしょうか。

(何も利益は無いのです。)

他人から見えない所からどうにかしないことには、本当に善人になることは出来ないのです。これは、心の中を偽りの無いものにして、それが外に現れる、と言うのです。ですから君子は、必ず独りでいる所を慎むのです。

(良くないことを覆い隠すことは、他人の目からは不可能であり、そんなことにならないように、一人でいる時、または心の中で思っていることをあらかじめ慎んで戒め改め、実際の言動を正していくことが必要なのです。)

(そのためには個々の言動や問題解決のための個々の道の前提となる喜怒哀楽の感情を正すことが必要であり、その喜怒哀楽の感情の更に前提となる善悪を正していく、善を行うために悪を去るということが大切になるのです。)


孔子(こうし)の門人の曾子(そうし)は、次のように言いました。

「多くの人の目の見る所、多くの人の指す所は、厳しく自分を戒めなければならないのです。悪いことをしても多くの人の前では明らかだからです。富は自分の家を潤すものですが、徳は自分の身を潤すものです。心は広々として、身体は徳により潤って豊かになるのです」と。

ですから君子は必ず自分の気持ちを誠(まこと:心の中に偽りの無い真実の姿)にする、つまり心の中を個々の物事、個々の道に枝分かれする前の偏りの無い一つの状態(太極(たいきょく))にするのです。

(つまり、太極(たいきょく:誠(まこと))が善と悪に分かれる所(幾(き))を明らかに(審幾(幾(き)を審(つまび)らかに))し、その段階で、善を行う前提として、悪を去ることによって、その善悪によって生じる所の喜怒哀楽の感情が正しくなり、それを元に発生する言動、問題解決に使用する個々の道、といったものを正しくすることが出来ます。)

(そしてこれらは全て、心の中、つまり他人が窺い知ることの出来ない所であり、ここを慎むことを、慎独(しんどく:人の見ていない所、心の中で思う所を戒めて正していき、実際言動を正していくこと)と言うのです。)

(物事の道理を窮め(格物(かくぶつ))、その道理を窮めていく中で、疑いがからりと晴れたようにその多くの物事を貫く一つの道理を悟った(致知(ちち))その後、物欲に覆われるなどして「本然(ほんねん)の性(せい)」に備わっている明らかな知恵が発揮出来ないために、慎独(しんどく)によって心の中の気持ちを改めていって、その明らかな知恵が発揮出来るようになっていくことを、「誠意(せいい、意(い)を誠(まこと)にす:自分の気持ちを誠(まこと:心の中に偽りの無い真実の姿)にする、つまり心の中を個々の物事、個々の道に枝分かれする前の偏りの無い一つの状態(太極(たいきょく))にする)」と言うのです。)

格物(かくぶつ)から致知(ちち)に至り、更に誠意(せいい)に至るための工夫が慎独(しんどく)ということになります。

慎独(しんどく)という言葉の意味を確認するために、今度はこちらも四書の一つである『中庸(ちゅうよう)』の第一章を見てみることにします。次の一節です。

▽原文:

天命之謂性、卒性之謂道、脩道之謂敎。道也者、不可須臾離也。可離、非道也。是故君子戒愼乎其所不睹、恐懼乎其所不聞。莫見乎隱、莫顯乎微。故君子愼其獨也。喜怒哀樂之未發、謂之中。發而皆中節、謂之和。中也者、天下之大本也。和也者、天下之達道也。至中和、天地位焉、萬物育焉。

▽書き下し文:

天(てん)の命(めい)ずる之(これ)を性(せい)と謂(い)ひ、性(せい)に率(したが)ふ之(これ)を道(みち)と謂(い)ひ、道(みち)を脩(をさ)むる之(これ)を敎(をし)へと謂(い)ふ。道(みち)なる者(もの)は、須臾(しゆゆ)も離(はな)るべからざるなり。離(はな)るべきは、道(みち)に非(あら)ざるなり。是(こ)の故(ゆゑ) 君子(くんし)は其(そ)の睹(み)ざる所(ところ)に戒愼(かいしん)し、其(そ)の聞(き)かざる所(ところ)に恐懼(きようく)す。隱(かく)れたるより見(あら)はれたるは莫(な)く、微(かす)かなるより顯(あき)らかなるは莫(な)し。故(ゆゑ)に君子(くんし)は其(そ)の獨(どく)を愼(つつし)むなり。喜怒哀樂(きどあいらく)の未(いま)だ發(はつ)せざる、之(これ)を中(ちゆう)と謂(い)ふ。發(はつ)して皆(みな) 節(せつ)に中(あ)たる、之(これ)を和(わ)と謂(い)ふ。中(ちゆう)なる者(もの)は、天下(てんか)の大本(たいほん)なり。和(わ)なる者(もの)は、天下(てんか)の達道(たつだう)なり。中和(ちゆうわ)に至(いた)らば、天地(てんち) 位(くらゐ)し、萬物(ばんぶつ) 育(そだ)つ。

「敎」の新字体は「教」、「隱」の新字体は「隠」、「樂」の新字体は「楽」
「謂(い)ひ」の新仮名遣いは「謂(い)ひ」
「率(したが)ふ」の新仮名遣いは「率(したが)う」
「脩(をさ)むる」の新仮名遣いは「脩(おさ)むる」
「敎(をし)へ」の新仮名遣いは「敎(おし)え」
「見(あら)はれ」の新仮名遣いは「見(あら)われ」
「位(くらゐ)」の新仮名遣いは「位(くらい)」

この中の、「慎独(しんどく)」に関する部分(「莫見乎隱」から「故君子愼其獨也」までの部分)の南宋(なんそう)の朱熹(しゅき)の註釈には、次のように述べています。

◇原文:

見、音現。隱、暗處。微、細事也。獨者、人處不知、而己所獨知之地也。言幽暗之中、細微之事迹、雖未形、而幾則已動。人雖不知、而己獨中之。則是天下之事、無有著見明顯而過於此者。是以君子、既常戒懼、而於此尤可謹焉。所以過人欲於將萌、而不使其潛滋暗長於隱微之中、以至離道之遠也。

◇書き下し文:

見(けん)、音(おん) 現(げん)。隱(いん)、暗處(あんしよ)。微(び)、細事(さいじ)なり。獨(どく)なる者(もの)は、人(ひと)の知(し)らざる所(ところ)にして、己(おのれ) 獨(ひと)り知(し)る所(ところ)の地(ち)なり。幽暗(いうあん)の中(うち)、細微(さいび)の事迹(じせき)、未(いま)だ形(あら)はれざると雖(いへど)も、幾(き) 則(すなは)ち已(すで)に動(うご)くを言(い)ふ。人(ひと) 知(し)らざると雖(いへど)も、己(おのれ) 獨(ひと)り之(これ)を中(ちゆう)す。則(すなは)ち是(これ) 天下(てんか)の事(こと)、著見(ちよけん) 明顯(めいけん)なること此(これ)より過(す)ぐる者(もの) 有(あ)ること無(な)し。是(ここ)を以(もつ)て君子(くんし)、既(すで)に常(つね)に戒懼(かいく)し、此(ここ)に於(お)いて尤(もつと)も謹(つつし)むべし。人欲(じんよく)の將(まさ)に萌(きざ)さんとするを遏(とど)め、其(そ)れをして隱微(いんび)の中に潛滋(せんじ) 暗長(あんちやう)せしめざる所以(ゆゑん)にして、以(もつ)て離道(りだう)の遠(とほ)きに至(いた)るなり。

「迹」の新字体は「跡」、「潛」の新字体は「潜」
「幽(いう)」の新仮名遣いは「幽(ゆう)」
「形(あら)はれ」の新仮名遣いは「形(あら)われ」
「遠(とほ)き」の新仮名遣いは「遠(とお)き」

◇現代語訳:

「見」とは、発音は「現(げん)」、つまり「あらわれる」ということです。「隠(隱)(いん)」とは「暗処(あんしょ)」、つまり「隠れて見えない所」のことです。「微(び)」は「細事(さいじ)」、つまり「細々した物事」のことです。「独(どく)」というものは、人の知らない所で、自分一人だけが知っている場所のことです。

(一人でいる時だけで無く、心の中で考えていることも含まれるのです。)

静かで奥深い中、細々としたなされた物事の痕跡が、未だ現れていないとは言っても、その兆しは、そこですでに動いている(兆しは既に現れている)ことを言うのです。

(これは、誠(まこと:心の中に偽りの無い真実の姿のことで、個々の物事、個々の道に枝分かれする前の偏りの無い一つの状態(太極(たいきょく)))から幾(き:物事の兆し、善悪の分かれ目、人間の欲望の兆す所)が生じた所を言うのです。これはまだ、自分の心の中での出来事なのです。)

他人はそのような兆しがあることを知らないとは言っても、自分は一人その兆しを程良いものにするのです。つまりこれは、天下の物事の中で、現れて明らかなものはこれを上回るものが無いのです。

(自分の気持ちというものは、自分一人が何よりも良く知っている物事なのです。)

このことによって、修養に優れた君子は、この段階から既に常に恐れ慎んで戒め、この段階こそが、最も謹むべきだとしているのです。

(幾(き)を明らかにすることで、人間の欲望の兆す所が明らかとなり、そこを改めることで、それによって発生する喜怒哀楽の感情が正しくなり、そうして自分の言動や、その問題解決のための個々の道に移る前に正すことが出来るのです。)

人の欲望がまさに兆しとして表れようとするのを止め、人の欲望が隠れて細々とした中に、秘かに隠れたものが滋り盛んになるようにさせない手段であって、それによって道が自分の身から離れずに身近な所にある所に辿り着くのです。


つまり、ここでは「慎独(しんどく)」とは、誠(まこと:心の中に偽りの無い真実の姿のことで、個々の物事、個々の道に枝分かれする前の偏りの無い一つの状態(太極(たいきょく)))から幾(き:物事の兆し、善悪の分かれ目、人間の欲望の兆す所)が生じる所を明らかにして、欲望の兆す所が明らかになり、その段階で欲望を止め、この時点で改めることにより、これによって発生する喜怒哀楽の感情が正しくなり、そうして自分の言動や、問題解決に使用する個々の道、といったものを正しくすることです。

では、『中庸(ちゅうよう)』第一章の現代語訳は、次のようになります。

▽現代語訳:

天があらゆる物事に与えたそのままの姿を「性(せい)」というのです。

この状態は、物事の実体部分である「気(き)」と、それを働かせ作用させる「理(り)」が一つになっている状態で、これを「本然(ほんねん)の性(せい)」と言います。しかしながら人の欲望などでこの両者が離れてしまうような時があり、これを「気質(きしつ)の性(せい)」と言うのです。この気質(きしつ)の性(せい)の段階から自分の心身を修めて引き締め、理(り)と気(き)が合わさった状態である本然(ほんねん)の性(せい)に従って振る舞うことが出来ることを「道(みち:ここでは、世の中で踏み行うべき道理を指します)」と言います。「性(せい)」と「道(みち)」とは、究極的には同じであっても、気稟(きひん:それぞれの生まれつきの性質)は、或いは人によって異なるので、人によっては過(か:上回る)不及(ふきゅう:及ばない)の差が出て来てしまいます。そこで知恵と徳に優れた聖人(せいじん)は、人の性質の中でそれを行うにふさわしい所のものに従って、これを品節(ひんせつ:階級やしきたりに従って良し悪しを決める)し、それによって世の中の規範を天下に行うのです。これを教えと言います。礼(れい:儀礼や作法)。楽(がく:音楽)・刑罰・政令の類がこれに相当します。

道(みち)というものは、ほんのしばらくの間も自分の身から離れることの出来ないものであり、もし離れることが出来るとすれば、それは道(みち)では無いのです。

(人がいない所で、道を忘れる、そんなものでは無いのです。)

このことから、修養に優れた君子(くんし)は、自分の中にあって、他人から見えない所を慎んで戒め、自分の中にあって、他人が聞くことの無い所で恐れ慎むのです。そのような部分は、他人から隠れるほどに自分にとっては表に現れたものであることは無く、他人からは細々であるほどに自分にとっては明らかなものは無いのです。

(他人からは隠れて細々としたものであっても、自分にとっては表に現れて明らかなもののうちで、これほどに表に現れて明らかなものは無いのです。)

ですから君子(くんし)は、自分の心の中を含め、他人の耳目に触れない段階で恐れ慎んで戒め、言動を正しいものにするのです。

(これは、誠(まこと:心の中に偽りの無い真実の姿のことで、個々の物事、個々の道に枝分かれする前の偏りの無い一つの状態(太極(たいきょく)))から幾(き:物事の兆し、善悪の分かれ目、人間の欲望の兆す所)を生じる所を明らかにして、欲望の兆す所が明らかになり、その段階で、欲望を止め、この時点で改めることにより、それによって発生する喜怒哀楽の感情が正しくなり、そうして自分の言動や、問題解決に使用する個々の道、といったものを正しくすることです。)

喜怒哀楽の感情が未だ現れていない、この段階は自分の中で感情が現れる前の程良い状態なので「中(ちゅう)」と言うのです。この感情を発して、それが皆その時の状況にぴったり当たる、これを「和(わ)」と言います。中(ちゅう)というものは自分の身を修める中で、自分の身近な道(みち)を行う中で根本となるものです。和(わ)というものは、天下の道に達して人が行えるものなのです。中和(ちゅうわ:喜怒哀楽の発する前のような偏らない気持ちで言動し、それが皆その時の状況にぴったり当たる)に至れば、天のような正しい心を持ち、地のように道理に従う、そんな風に天地と心を一つにして安らぐことが出来、あらゆる物事と心を一つにして、それぞれの成長を遂げさせることが出来るのです。


以上より、「慎独(しんどく)」とは、誠(まこと:心の中に偽りの無い真実の姿のことで、個々の物事、個々の道に枝分かれする前の偏りの無い一つの状態(太極(たいきょく)))から幾(き:物事の兆し、善悪の分かれ目、人間の欲望の兆す所)が生じる所を明らかにして、善悪の分かれ目、欲望の兆す所が明らかになり、この段階で善を行う前提として悪を去り、欲望を止めることで、それによって生じる喜怒哀楽の感情が正しくなり、そうしてそれを元に発生する自分の言動や、問題解決に使用する個々の道を正しくすることです。

物事の道理を窮め(格物(かくぶつ))、その道理を窮めていく中で、疑いがからりと晴れたようにその多くの物事を貫く一つの道理を悟った(致知(ちち))その後、物欲に覆われるなどして「本然(ほんねん)の性(せい)」に備わっている明らかな知恵が発揮出来できないために、慎独(しんどく)の工夫によって心の中の気持ちを改めていって、その明らかな知恵が発揮出来るようになっていくことを誠意(せいい)、つまり自分の気持ちを誠(まこと:心の中に偽りの無い真実の姿)にする、つまり自分の心の中を個々の物事、個々の道に枝分かれする前の偏りの無い一つの状態(太極(たいきょく))にする、ということなのです。

単純に言えば、他人が見聞きしない所、突き詰めて言えば自分の心の中の思いを正していく、つまり、心の悪や心の欲望を去ることで、実際の言動を正しいものにしていく、ということが慎独(しんどく)であり、格物(かくぶつ)によって致知(ちち)に至り、そこで更に慎独(しんどく)の工夫によって辿り着いた、自分の気持ちが行動の上でも偽りの無いものになっていく境地、これを誠意(せいい:意(い)を誠(まこと)にす)と言うのです。

では、先に述べた北宋(ほくそう)の程頤(ていい)の註釈部分の現代語訳は、次のようになります。

★現代語訳:

徳の劣った小人(しょうじん)がまさに盛んである時は、修養に優れた君子(くんし)の道はまだ勝つことが出来ない状況で、どうして良く明らかに正しい道によって、これと別れることが出来るでしょうか。ですから君子(くんし)の道とは、自分の才能などを内に包み隠して時期を待ち、次第にこの小人(しょうじん)を消すことを図る道なのです。今既に小人(しょうじん)は勢力が衰えて、君子(くんし)は踏み行うべき道が盛んになっていて、まさに明らかに小人(しょうじん)と別れるということを、朝廷(公の場)で行い、人々に明らかな形で善悪を知らせるのです。ですから王庭(おうてい:王のいる朝廷)に掲げると言うのです。孚(まこと)とは、自分の欲を少なくして心に常に変わらないものを持って、心が充実し、その充実を人々が見て、その人を信じるようになるということで、信じるべきものが心の中にあり、誠意(せいい)があるのです。

(誠意(せいい:意(い)を誠(まこと)にす)とは、格物(かくぶつ:物事の道理を窮める)によって致知(ちち:格物(かくぶつ)の中で、疑いがからりと晴れたようにその多くの物事を貫く一つの道理を悟る)に至り、物欲に覆われるなどして「本然(ほんねん)の性(せい)」に備わっている明らかな知恵が発揮出来ないために、慎独(しんどく)によって心の中の気持ちを改めていって、その明らかな知恵が発揮出来るようになっていくことで、自分の気持ちを誠(まこと:心の中に偽りの無い真実の姿)にする、つまり自分の心の中を個々の物事、個々の道に枝分かれする前の偏りの無い一つの状態(太極(たいきょく))にする、ということです。)

(慎独(しんどく)とは、誠(まこと:心の中に偽りの無い真実の姿のことで、個々の物事、個々の道に枝分かれする前の偏りの無い一つの状態(太極(たいきょく)))から幾(き:物事の兆し、善悪の分かれ目、人間の欲の兆す所)が生じる所を明らかにして、善悪の分かれ目、欲望の兆す所が明らかになり、この段階で善を行う前提として悪を去り、欲望を止めることで、それによって生じる喜怒哀楽の感情が正しくなり、そうしてそれを元に発生する自分の言動や、問題解決に使用する個々の道を正しくすることです。)

(単純に言えば、他人が見聞きしない所、突き詰めて言えば自分の心の中の思いを正していく、つまり心の悪や心の欲望を去ることで、実際の言動を正しいものにしていく、ということが慎独(しんどく)であり、格物(かくぶつ)によって致知(ちち)に至り、そこで更に慎独(しんどく)の工夫によって辿り着いた、自分の気持ちが行動の上でも偽りの無いものになっていく境地、これを誠意(せいい:意(い)を誠(まこと)にす)と言うのです。)

「号(號)(ごう)」とは、号令をかけて多くの人に命令することを言う言葉です。君子(くんし)の道が成長して盛んになるとは言っても、無闇に戒め備えることを忘れることを無くするのです。ですから、この上なく偽りの無い気持ちで多くの人々に命令し、猶も危うい道があることを知らせるのです。自分達(君子(くんし))のとても盛んなものによって、彼(小人(しょうじん))のとても衰える様子のものと別れるとは言っても、もしそれを容易だと思って、備えることが無ければ、それによって恐れ慎まないことによる悔いがあるのです。これは尚危うい道理があるのです。必ず戒めて恐れ慎むことがあれば、それによって心配することが無いのです。知恵と徳に優れた聖人(せいじん)が戒めを設ける意義は、深いものがあります。


次に、「告自邑、不利卽戎、利有攸往。」の部分の、北宋(ほくそう)の程頤(ていい)の註釈は、次のように述べています。

★原文:

君子之治小人、以其不善也。必以己之善道勝革之。故聖人誅亂、必先修己。舜之敷文德是也。邑、私邑。告自邑、先自治也。以眾陽之盛、決於一陰、力固有餘、然不可極其剛至於甚過、甚過乃如蒙上九之爲寇也。戎兵者、彊武之事。不利卽戎、謂不宜尚壯武也。卽、戎也。從戎、尚武也。利有攸往、陽雖盛、未極乎上。故宜進而往也。不尚剛武、而其道益進、乃夬之善也。

★書き下し文:

君子(くんし)の小人(せうじん)を治(をさ)むるは、其(そ)の不善(ふぜん)を以(もつ)てなり。必(かなら)ず己(おのれ)の善道(ぜんだう)を以(もつ)て勝(か)ちて之(これ)を革(あらた)む。故(ゆゑ)に聖人(せいじん) 亂(らん)を誅(ちゆう)するに、必(かなら)ず先(ま)づ己(おのれ)を修(をさ)む。舜(しゆん)の文德(ぶんとく)を敷(し)く是(これ)なり。邑(いふ) 私邑(しいふ)なり。告(つ)ぐるに邑(いふ)よりす、先(ま)づ自(みづか)ら治(をさ)むるなり。然(しか)れども其(そ)の剛(がう)を極(きは)めて太(はなは)だ過(す)ぐるに至(いた)るべからず。太(はなは)だ過(す)ぐるは乃(すなは)ち蒙(もう)の上九(じやうきう)の寇(あだ)を爲(な)すなり。戎兵(じゆうへい)なる者(もの)は、彊武(きやうぶ)の事(こと)。戎(じゆう)に卽(つ)くに利(り)あらず、尚(たふと)びて武(ぶ)を壯(さか)んにするに宜(よろ)しからざるなり。卽(そく) 從(じゆう)なり。戎(じゆう)に從(したが)ふ、尚武(しやうぶ)なり。往(ゆ)く攸(ところ) 有(あ)るに利(り)あり。陽(やう) 盛(さか)んと雖(いへど)も、未(いま)だ上(じやう)を極(きは)めず。陰(いん) 微(び)なりと雖(いへど)も、猶(なほ)も未(いま)だ去(さ)らざる有(あ)るがごとし。是(これ) 小人(せうじん) 尚(なほ) 存(そん)する有(あ)る者(もの)にして、君子(くんし)の道(みち) 未(いま)だ至(いた)らざる有(あ)るなり。故(ゆゑ)に宜(よろ)しく進(すす)みて往(ゆ)くべきなり。尚(たふと)びて武(ぶ)を剛(がう)にせず、而(しかう)して其(そ)の道(みち) 益(ますます) 進(すす)まば、乃(すなは)ち夬(くわい)の善(ぜん)なり。

「彊」の新字体は「強」「壯」の新字体は「壮」、「從」の新字体は「従」、「卽」の新字体は「即」
「修(をさ)む」の新仮名遣いは「修(おさ)む」
「九(きう)」の新仮名遣いは「九(きゆう)」
「乃(すなは)ち」の新仮名遣いは「乃(すなわ)ち」
「彊(きやう)」の新仮名遣いは「彊(きよう)」
「尚(たふと)び」の新仮名遣いは「尚(たうと)び」
「從(したが)ふ」の新仮名遣いは「從(したが)う」
「尚(しやう)」の新仮名遣いは「尚(しよう)」
「極(きは)め」の新仮名遣いは「極(きわ)め」

「舜(しゅん)の文徳(文德)(ぶんとく)を敷(し)く」は、古代の帝王の事績をまとめた『尚書(しょうしょ:又は『書経(しょきょう)』)』の「大禹謨(だいうぼ)」の篇の一節にあります。次の一節です。次の一節です。

▽原文:

帝曰、「咨禹、惟時有苗弗率、汝徂征。」禹乃會羣后、誓于師曰、「濟濟有眾、咸聽朕命。蠢茲有苗、昏迷不恭。侮慢自賢、反道敗德。君子在野、小人在位。民棄天保、天降之咎。爾尚一乃心力、其克有勳。」

三旬苗民逆命。益贊于禹曰、「惟德動天、無遠弗屆。滿招損、謙受益。時乃天道。帝初于歷山、往于田、日號泣于旻天于父母。負罪引慝、祇載見瞽瞍、虁虁齊慄、瞽亦允若。至誠感神、矧此有苗。」禹拜昌言曰、「兪。」班師振旅。帝乃誕敷文德、舞干羽于兩階。七旬、有苗格。

▽書き下し文:

帝(てい) 曰(いは)く、

「咨(ああ) 禹(う)、惟(ただ) 時(これ) 有苗(いうべう)のみ率(したが)はず、汝(なんぢ) 往(ゆ)きて征(せ)せよ。」

と。禹(う) 乃(すなは)ち羣后(ぐんこう)を會(くわい)し、師(し)に誓(ちか)ひて曰(いは)く、

「濟濟(せいせい)たる有眾(いうしゆう)、咸(みな) 朕(わ)が命(めい)を聽(き)け。蠢(しゆん)たる茲(こ)の有苗(いうべう)、昏迷(こんめい)にして恭(きよう)ならず。侮慢(ぶまん)して自(みづか)ら賢(けん)とし、道(みち)に反(はん)し德(とく)を敗(やぶ)る。君子(くんし) 野(の)に在(あ)りて、小人(せうじん) 位(くらゐ)に在(あ)り。民(たみ) 天保(てんぱう)を棄(す)て、天(てん) 之(これ)が咎(とが)を降(くだ)す。爾(なんぢ) 尚(なほ) 乃(なんぢ)の心力(しんりよく)を一(いつ)にして、其(そ)れ克(か)ちて勳(くん) 有(あ)らんことを。」

と。

三旬(さんじゆん) 苗(べう)の民(たみ) 命(めい)に逆(さか)らふ。益(えき) 禹(う)を贊(さん)して曰(いは)く、

「惟(ただ) 德(とく)のみ天(てん)を動(うご)かす、遠(とほ)くして屆(とど)かざる無(な)し。滿(み)つれば損(そん)を招(まね)き、謙(へりくだ)れば益(えき)を受(う)く。時(これ) 乃(すなは)ち天道(てんだう)なり。帝(てい) 初(はじ)め歷山(れきざん)に于(お)いて、田(た)に往(ゆ)き、日(ひ)に旻天(びんてん)に父母(ふぼ)を號泣(がうきふ)す。罪(つみ)を負(お)ひ慝(とく)を引(ひ)き、祇(ただ) 載(こと)に瞽瞍(こそう)を見(み)るに、虁虁(きき)として齊慄(せいりつ)し、瞽(こ)も亦(また) 允(まこと)に若(したが)ふ。至誠(いせい) 神(しん)に感(かん)ず、矧(いは)んや有苗(いうべう)をや。」

と。禹(う) 昌言(しやうげん)を拜(はい)して曰(いは)く、

「兪(しか)り。」

と。師(し)を班(かへ)して振旅(しんりよ)す。帝(てい) 乃(すなは)ち文德(ぶんとく)を誕敷(たんふ)して、干羽(かんう)を兩階(りやうかい)に舞(ま)ふ。七旬(しちじゆん)にして、有苗(いうべう) 格(いた)る。

「羣」の新字体は「群」、「會」の新字体は「会」、「勳」の新字体は「勲」、「歷」の新字体は「歴」、「齊」の新字体は「斉」
「苗(べう)」の新仮名遣いは「苗(びよう)」
「率(したが)はず」の新仮名遣いは「率(したが)わず」
「汝(なんぢ)」の新仮名遣いは「汝(なんじ)」
「會(くわい)」の新仮名遣いは「會(かい)」
「誓(ちか)ひ」の新仮名遣いは「誓(ちか)い」
「天保(てんぱう)」の新仮名遣いは「天保(てんぽう)」
「爾(なんぢ)」の新仮名遣いは「爾(なんじ)」
「乃(なんぢ)」の新仮名遣いは「乃(なんじ)」
「逆(さか)らふ」の新仮名遣いは「逆(さか)らう」
「泣(きふ)」の新仮名遣いは「泣(きゆう)」
「負(お)ひ」の新仮名遣いは「負(お)い」
「若(したが)ふ」の新仮名遣いは「若(したが)う」
「矧(いは)んや」の新仮名遣いは「矧(いわ)んや」
「班(かへ)す」の新仮名遣いは「班(かえ)す」
「兩(りやう)」の新仮名遣いは「兩(りよう)」
「舞(ま)ふ」の新仮名遣いは「舞(ま)う」

「有苗(ゆうびよう(いうべう))(小書き文字を使うと「ゆうびょう」)」は「三苗(さんびょう)」とも言い、古代にあった民族の一つで、洞庭湖(どうていこ:今の湖南省と湖北省の間にある湖です)と彭蠡澤(ほうれいたく:今の鄱陽湖(はようこ:今の江西省の北部にある湖です)のことです)の間に住んでいました。彼らは尭(ぎょう)の時代に反乱を起こしたので討伐され、それでも従わなかったので、首領の讙兜(かんとう)を崇山(すうざん:今の湖南省の張家界市にある山です)に追放し、有苗(ゆうびょう)の人達を三危山(さんきざん:今の甘粛省の敦煌市にある山です)に追放しました。その後、舜(しゅん)が帝位に就いた後もまた従わなくなり、この一節にある事態に至ったのです。

その有苗(ゆうびょう)の討伐を指揮した禹(う)が「朕(ちん:我)」という一人称を使っていますが、「朕(ちん)」は秦(しん)の始皇帝(しこうてい)が皇帝の一人称として使用し始めた以前は、普通に一人称の「私」として使われていました。

「載(さい)」は前漢(ぜんかん)の孔安国(こうあんこく)の伝(でん:経(けい:ここでは、『尚書(しょうしょ:又は『書経(しょきょう)』)』)の本文)を解説したもの)では、「載、事也。(載(さい)、事(じ)なり)」、つまり、載(さい)は「事(じ)」、ここでは「仕(つか)える」の意味になります。

▽現代語訳:

帝(てい:舜(しゅん)のこと)は言いました。

「ああ、禹(う)よ。ただこの有苗(ゆうびょう)の人達だけは、私に従うことが無いのです。あなたが軍隊を率いて討伐をして下さい。」

と。禹(う)はそこで多くの諸侯(しょこう:各地を治める君主)達を集めて、(彼らの兵力を集めて軍隊を編成して、その)軍隊に誓いをしました。

「多くの盛んな諸侯の皆さん、私の命令を聴いて下さい。無礼なるこの有苗(ゆうびょう)の人達は、心が乱れ惑っていて慎ましさを失い、私たちを侮って自分たちを賢明なものと考え、世の中の踏み行うべき道理に背いて徳を駄目にしてしまったのです。修養に優れた君子(くんし)は用いられず、位に就いているのは徳の劣った小人(しょうじん)達である有様です。民衆は天の助けによる安らかな帝(てい)の統治を捨てて、天(帝(てい))はこの咎めを下すことになったのです。皆さんは、ご自身の精神と体力を一つにして、この戦いに勝って勲功があることを願います。」

と。

三十日経って、有苗(ゆうびょう)の民衆は、命令に背きました。配下の益(えき:伯益(はくえき)。尭(ぎょう)・舜(しゅん)・禹(う)に臣下として仕えた人物で、牧畜と狩猟を良くし、禹(う)の治水事業でも功を成した人物です。)は禹(う)を助けるように、次のように言いました。

「ただ徳だけが天を動かすことが出来るのです。遠い所にあっても届かないことは無いのです。物事は満ち足りればやがては損を招き、謙ることで利益を受けるものです。それがつまり、天の道というものです。帝(てい:舜(しゅん))は初めに歴山(れきざん)にいて、父の瞽瞍(こそう)と義理の母から愛されていないことで自分を責めて、青空に向かって号泣していました。自分から(種々の舜(しゅん)の父の瞽瞍(こそう)からの嫌がらせによる)罪を負い、自分からその悪を引き受けました。ただ恭しく仕えて舜(しゅん)が父親の瞽瞍(こそう)を見る時には、恐れ慎んで、慎み恐れて、瞽瞍(こそう)を責める様子も無い、そんな風に、心を尽くして父に仕えたからこそ、こんな瞽瞍(こそう)でも、本当に舜(しゅん)に従うようになったのです。この上なく誠を尽くせば、人の心を感動させることが出来るのです。ましてや有苗(ゆうびょう)の人達であれば、尚更のことなのです。」

と。禹(う)はこの昌言(しょうげん:道理の通った良い言葉)を聴いて、次のように答えました。

「その通りです。

(帝(てい:舜(しゅん))が私(禹(う))に治水事業に失敗した父の鯀(こん)に代わって治水事業を任されたからこそ、今があるのです。

(帝(てい:舜(しゅん))は人の苦しみが誰よりも分かる方なのです。))」

と。そこで禹(う)は軍隊を凱旋させました。帝(てい:舜(しゅん))は、そこで文徳(ぶんとく:礼(れい:儀礼や制度)や楽(がく:音楽)によって、人々を心服させる徳)を大いに敷き施して、干羽(かんう:盾と雉(きじ)の尾で作った扇を用いる舞)を、宮殿の東と西の階段で舞いました。その後、七十日にして有苗(ゆうびょう)の人達は、(その徳を慕って)やって来ました。


つまり、舜(しゅん)は、自分の身を修めて人々を心腹させるほどの礼(れい)と楽(がく)による徳によって統治を行うことで、今まで決して従わなかった有苗(ゆうびょう)の人々が、その徳を慕ってやって来たわけです。

このことを、「邑(ゆう(いふ))より告(つ)ぐ」、反乱を討伐するような大事の解決には、先ずは自分の身を修めることが大切であるということの例としているのです。

蒙(もう)の卦の上九(じょうきゅう)の爻辞(こうじ:それぞれの爻(こう)を更に説明した言葉)と象伝(しょうでん:ここでは、爻辞(こうじ)を更に解説したもの)には、次のように述べています。

▽原文:

上九、擊蒙、不利爲寇、利禦寇。象曰、利用禦寇、上下順也。

▽書き下し文:

上九(じやうきう)、蒙(もう)を擊(う)つ、寇(あだ)を爲(な)すに利(り)あらず、寇(あだ)を禦(ふせ)ぐに利(り)あり。象(しやう)に曰(いは)く、用(もつ)て寇(あだ)を禦(ふせ)ぐに利(り)あり、上下(しやうか) 順(じゆん)なればなり。

「上(しやう)」の新仮名遣いは「上(しよう)」

ここで、爻辞(こうじ)部分の北宋(ほくそう)の程頤(ていい)の註釈には、次のように述べています。

▼原文:

九居蒙之終、是當蒙極之時。人之愚蒙既極、如苗民之不率、爲寇爲亂者、當擊伐之。然九居上、剛極而不中、故戒不利爲寇。治人之蒙、乃禦寇也。若舜之征有苗、周公之誅三監、禦寇也。秦皇、漢武窮兵誅伐、爲寇也。

▼書き下し文:

九(きう)は蒙(もう)の終(を)はりに居(を)り、是(これ) 當(まさ)に蒙(もう) 極(きは)まるの時(とき)なるべし。人(ひと)の愚蒙(ぐもう) 既(すで)に極(きは)まり、苗民(べうみん)の率(したが)はず、寇(あだ)を爲(な)し亂(らん)を爲(な)す者(もの)の如(ごと)きは、當(まさ)に之(これ)を擊伐(げきばつ)すべし。然(しか)れども九(きう) 上(じやう)に居(を)り、剛(がう) 極(きは)まりて中(ちゆう)せず、故(ゆゑ)に戒(いまし)めと寇(あだ)を爲(な)すに利(り)あらず、人(ひと)の蒙(まう)を治(をさ)む、乃(すなは)ち寇(あだ)を防(ふせ)ぐなり。舜(しゆん)の有苗(いうべう)を征(せい)し、周公(しうこう)の三監(さんかん)を誅(ちゆう)するは、寇(あだ)を禦(ふせ)ぐなり。秦皇(しんくわう)、漢武(かんぶ)の兵(へい)を窮(きは)めて誅伐(ちゆうばつ)するは、寇(あだ)を爲(な)すなり。

「擊」の新字体は「撃」
「終(を)はり」の新仮名遣いは「終(お)わり」
「居(を)り」の新仮名遣いは「居(お)り」
「極(きは)まり」の新仮名遣いは「極(きわ)まり」
「周(しう)」の新仮名遣いは「周(しゆう)」
「皇(くわう)」の新仮名遣いは「皇(こう)」
「窮(きは)めて」の新仮名遣いは「窮(きわ)めて」

「舜(しゅん)の有苗(ゆうびょう)を征(せい)」した話は、上記の『尚書(しょうしょ:又は『書経(しょきょう)』)』の一節で述べた所です。

「周公(しゅうこう)の三監(さんかん)を誅(ちゅう)す」というのは、周(しゅう)の武王(ぶおう)が亡くなり、その子の成王(せいおう)が即位して、武王(ぶおう)の弟の周公旦(しゅうこうたん)が摂政になり、それを不満に思った三監(さんかん:旧殷王朝の領土を監視する武王(ぶおう)の弟達三人(管叔鮮(かんしゅくせん)・蔡叔度(さいしゅくど)・霍叔處(かくしゅくしょ)))は、殷(いん)の紂王(ちゅうおう)の子である武庚(ぶこう)と共に起こした反乱を、周公旦(しゅうこうたん)は討伐し、管叔鮮(かんしゅくせん)・蔡叔度(さいしゅくど)・武庚(ぶこう)は追放刑、霍叔處(かくしゅくしょ)は庶民の地位に落とした、という出来事を指しています。(三監(さんかん)の乱(らん))

秦皇(しんこう:秦(しん)の始皇帝(しこうてい))は中国の統一を武力で果たした人物で、焚書坑儒(ふんしょこうじゅ)などによって反対者を徹底的に弾圧しました。

漢武(かんぶ:前漢(ぜんかん)の武帝(ぶてい))は大規模な外征を行った人物です。

この二人は舜(しゅん)のように徳を高めたり、周公旦(しゅうこうたん)のようにやむなく討伐の兵を挙げたりしたのとは対照的なもので、民衆も度重なる遠征で疲弊していきました。

▼現代語訳:

九(きゅう:陽の爻(こう))は上爻(じょうこう:一番上の爻(こう))に位置していて、これはまさしく、蒙(もう:蒙(もう)は童蒙(どうもう:子供)の蒙(もう)を意味し、難所の中でどうすれば良いか分からない状態)が極まった時なのです。人の愚かで道理に暗い様子が既に窮まっていて、有苗(ゆうびょう)の民衆が舜(しゅん)の統治に従わず、天下に害を与え反乱を起こすようなものは、攻撃して討伐した方が良いものなのです。しかしながら九(きゅう)が上爻(じょうこう)にいて、剛(ごう:陽の果断で自分の思うままに物事を行おうとする性質)が極まっていて、中(ちゅう:第五爻と第二爻に備わった性質で、中庸(ちゅうよう:物事の両極端を避けた正しい所にいること)を示します。)では無いのです。そのために適切さを欠いていて、相手を戒めて害を与えるということに利益は無いのです。そんな時は、人の道理の暗さ、難所の中でどうすれば良いか分からない状態を正していく、つまり、害を与えられる状態を防ぐということです。舜(しゅん)が有苗(ゆうびょう)を征服した後も従わないので、文徳(ぶんとく:礼(れい:儀礼と制度)と楽(がく:音楽)によって民衆を心服させる徳)を修め、それによって有苗(ゆうびょう)がその徳を慕ってやって来る、ということであったり、周(しゅう)の成王(せいおう)の摂政であった周公旦(しゅうこうたん)に対して三監(さんかん)の兄弟達と殷(いん)の紂王(ちゅうおう)の子である武庚(ぶこう)とが共に反乱を起こしたのを討伐したりというのは、害を与えられる状態を防ぐということであり、秦(しん)の始皇帝(しこうてい)の焚書坑儒(ふんしょこうじゅ)などの苛烈な弾圧や、前漢(ぜんかん)の武帝(ぶてい)が大規模な外征を行うというものは、害を与えて相手を懲らしめようと思って、却って後々自分達の身や子孫に害が跳ね返ってきたものなのです。

更に、この爻辞(こうじ)を更に解説した象伝(しょうでん)の部分の北宋(ほくそう)の程頤(ていい)の註釈には、次のように述べています。

▼原文:

利用禦寇、上下階得其順也。上不爲過暴、下得擊至其蒙、禦寇之義也。

▼書き下し文:

用(もつ)て寇(あだ)を禦(ふせ)ぐに利(り)あり、 上下(しやうか) 皆(みな) 其(そ)の順(じゆん)を得(う)るなり。上(うへ)は暴(ばう)の過(す)ぐるを爲(な)さず、下(した)は其(そ)の蒙(もう)を擊去(げききょ)するを得(う)。寇(あだ)を防(ふぜ)ぐの義(ぎ)なり。

▼現代語訳:

(それによって)害を与えられる状態を防ぐと良いことがあるとは、立場が上の人も下の人も、皆、順(じゅん:道に従うこと)を得るということです。つまり上は暴(小人(しょうじん)を討伐するための武力)を過分に為すことは無く、それでいて下は、その自分の愚かで道理に暗い所を、攻撃して取り除くことが出来るということです。


以上より、先ほどの蒙(もう)の卦の上九(じょうきゅう)の爻辞(こうじ)とその象伝(しょうでん)の現代語訳は、次のようになります。

▽現代語訳:

蒙(もう)の卦の上九(じょうきゅう:上爻(じょうこう:一番上の爻(こう)))は、有苗(ゆうびょう)の民衆が舜(しゅん)の統治に従わず、天下に害を与えて反乱を起こしたように、人の愚かで道理に暗い様子が既に窮まっていて、それを攻撃して討伐した方が良いのです。しかしながら、九(きゅう)が上爻(じょうこう)にいて、剛(ごう:陽の果断で自分の思うままに物事を行おうとする性質)が極まっていて、中(ちゅう:第五爻と第二爻に備わった性質で、中庸(ちゅうよう:物事の両極端を避けた正しい所にいること)のことです。)ではないという状態のために、適切さを欠いていて、そうして行ったことによって、却って自分の身(や自分の子孫)に跳ね返ってくるのです。ですから、秦(しん)の始皇帝(しこうてい)の焚書坑儒(ふんしょこうじゅ)などの苛烈な弾圧や、前漢(ぜんかん)の武帝(ぶてい)が行った大規模な外征のように、武力を強くしてそして愚かな人を攻撃するというよりも、舜(しゅん)が有苗(ゆうびょう)を征服した後も従わないので、文徳(ぶんとく:礼(れい:儀礼と制度)と楽(がく:音楽)によって民衆を心服させる徳)を修め、それを大いに敷き施して、それによって有苗(ゆうびょう)がその徳を慕ってやって来る、ということや、周(しゅう)の成王(せいおう)の摂政であった周公旦(しゅうこうたん)に対して三監(さんかん)の兄弟達と殷(いん)の紂王(ちゅうおう)の子である武庚(ぶこう)とがともに反乱を起こしたのを討伐したということのように、人の愚かで道理に暗い所を正していき、害を与える状態を防ぐ方が良いのです。

この爻辞(こうじ)を説明した象伝(しょうでん)には次のように述べています。

「害を与えられる状態を防ぐというのは、上下が共に道理に従うからです。上は武力で抑えることを過分にせず、下はそれでいて自分の愚かで道理に暗い所を去ることが出来るのです。」

と。


つまり、舜(しゅん)のように自分を修めて自分の徳によって、有苗(ゆうびょう)の民衆がその徳を慕ってやって来るようになったことや、周公旦(しゅうこうたん)のように反乱を討伐することのみに止まることによって、秦(しん)の始皇帝(しこうてい)の苛烈な弾圧や、前漢(ぜんかん)の武帝(ぶてい)の度重なる遠征によって却って自分の身や子孫に害が跳ね返ってくることが無いということです。


では、先ほどの夬(かい)の卦の爻辞(こうじ)の、北宋の程頤(ていい)の註釈の現代語訳は、次のようになります。

★現代語訳:

修養に優れた君子(くんし)が徳の劣った小人(しょうじん)を正すのは、小人(しょうじん)が不善(ふぜん:良くない)だからです。必ず自分(この場合は君子(くんし))の良い道によって、その小人の不善を改めるのです。ですから、知恵と徳に優れた聖人(せいじん)は、反乱を討伐する時には、必ず先ずは自分の身を修めるのです。古代の帝王の舜(しゅん)が文徳(ぶんとく:礼(れい:儀礼や制度)や楽(がく:音楽)によって人を心服させる徳)を修めて大いに敷き施した(それによって今まで従わなかった有苗(ゆうびょう)の民衆が、その徳を慕ってやって来た)というのは、まさにこのことなのです。

邑(ゆう:村里(むらざと))というのは、自分が治めている村里(むらざと)のことです。告げるのに自分が治めている村里(むらざと)からするというのは、先ずは自分の身を修めるということです。多くの陽が盛んである(初爻(しょこう:一番下の爻(こう))から第五爻(だいごこう:下から五番目の爻(こう))までが陽の爻(こう))ことによって、一つの陰(上爻(じょうこう:一番上の爻(こう))だけが陰の爻(こう))と別れるのです。力は固より余り有るほどになっているのですが、しかしながらその剛(ごう:陽の性質、果断で自分の思うままに物事を行おうとする)を極めて、とても過分な状態に至ってはいけないのです。とても過分な状態になるのは、つまり、蒙(もう)の上九(じょうきゅう)の爻辞(こうじ)の「寇(あだ)を為(な)す(害を与えて懲らしめる)」と同様になってしまいます。

(害を与えて相手を懲らしめようと思って、却って後々自分の身や、子孫に害が跳ね返ってくるのです。)

戎兵(じゅうへい)とは、強い武力のことで、「戎(じゅう)に即(卽)(つ)くに利(り)あらず」とは、武力を尊重して盛んにするというのは、良くないということです。「即(卽)(つ)く」とは従うということで、武力に従う、つまり武力を尊重することです。

「往(ゆ)く攸(ところ) 有(あ)るに利(り)あり(行動すれば良い結果が得られる)」というのは、陽が盛んであるとは言っても、まだ上(上爻(じょうこう:一番上の爻(こう)))を極めておらず、陰は微小であるとは言っても、猶も未だ去っていないものがあるようなものなのです。これは小人が猶も保っている状態にあり、君子の道にも未だ至らない所があるのです。ですから良く進んでいくべきなのです。武を尊重して剛(ごう:陽の果断で物事を思うままに行おうとする性質)にすること無く、それでいてその(君子(くんし)の)道を更に進んでいけば、それが夬(かい)の卦の示す良い結果が得られるということなのです。


以上より、夬(かい)の卦の卦辞(かじ:それぞれの卦を解説した言葉)の現代語訳は、次のようになります。(今までの部分と、大いに重複する部分です。)

☆現代語訳:

(徳の劣った小人(しょうじん)がまさに盛んである時は、修養に優れた君子(くんし)の道は未だ勝つことが出来ない状況で、明らかに正しい道によって、小人(しょうじん)と別れることは出来ないのです。ですから、君子(くんし)の道とは、自分の才能などを内に包み隠して時期を待ち、次第にこの小人(しょうじん)を消すことを図る道なのです。その道によって、)

今、既に小人(しょうじん)は勢力が衰えて、君子(くんし)は踏み行うべき道が盛んになっています。

(初爻(しょこう:一番下の爻(こう))から第五爻(だいごこう:下から五番目の爻(こう))までが陽の爻(こう)であり、君子(くんし)の勢い盛んな様子を示し、上爻(じょうこう):一番上の爻(こう))だけが陰の爻(こう)であり、小人(しょうじん)の勢力が衰えたことを示しています。)

今までに、明らかに小人(しょうじん)と別れるということを、朝廷(公の場)で行い、人々に明らかな形で善悪を知らせるのです。

孚(まこと)のある君子(くんし)、つまり自分の欲を少なくして心に常に変わらないものを持ち、それによって心が充実し、その充実を人々が見て、その人を信じるようになるということで、信じるべきものが心の中にあり、誠意(せいい)のある、そんな君子(くんし)が、

(誠意(せいい:意(い)を誠(まこと)にす)とは、格物(かくぶつ:物事の道理を窮める)によって致知(ちち:格物(かくぶつ)の中で、疑いがからりと晴れたようにその多くの物事を貫く一つの道理を悟る)に至り、物欲に覆われるなどして「本然(ほんねん)の性(せい)」に備わっている明らかな知恵が発揮出来ないために、慎独(しんどく)によって心の中の気持ちを改めていって、その明らかな知恵が発揮出来るようになっていき、自分の気持ちを誠(まこと:心の中に偽りの無い真実の姿)にする、つまり自分の心の中を個々の物事、個々の道に枝分かれする前の、偏りの無い一つの状態(太極(たいきょく))にする、ということです。)

(慎独(しんどく)とは、誠(まこと:心の中に偽りの無い真実の姿のことで、個々の物事、個々の道に枝分かれする前の偽りの無い一つの状態(太極(たいきょく)))から幾(き:物事の兆し、善悪の分かれ目、人間の欲の兆す所)が生じる所を明らかにして、善悪の分かれ目、欲望の兆す所が明らかになり、この段階で善を行なう前提として悪を去り、欲望を止めることで、それによって生じる喜怒哀楽の感情が正しくなり、そうしてそれを元に発生する自分の言動や、問題解決に使用する個々の道を正しくすることです。)

(単純に言えば、他人が見聞きしない所、突き詰めて言えば自分の心の中の思いを正していく、つまり心の悪や欲望を去ることで、実際の言動を正しいものにしていく、ということが慎独(しんどく)であり、格物(かくぶつ)によって致知(ちち)に至り、そこで更に慎独(しんどく)の工夫によって辿り着いた、自分の気持ちが行動の上でも偽りの無いものになっていく境地、これを誠意(せいい:意(い)を誠(まこと)にす)と言うのです。)

そんな君子(くんし)がこの上なく偽りの無い気持ちで号令をかけて多くの人に命令し、無闇に戒め備えることを忘れることを無くするために、猶も危うい道があることを知らせるのです。それは小人(しょうじん)と別れるということを、容易だと思い、備えることが無いことにより、物事を恐れ慎まないように悔いを起こさないためです。

君子(くんし)の良い道によって、その小人(しょうじん)の不善(ふぜん)な(良くない)所を改めるのです。そのために知恵と徳に優れた聖人(せいじん)は、反乱を討伐する時に、必ず先ずは自分の身を修めるのです。古代の帝王の舜(しゅん)が文徳(ぶんとく:礼(れい:儀礼や制度)や楽(がく:音楽)によって人を心服させる徳)を修めて大いに敷き施した(それによって今まで従わなかった有苗(ゆうびょう)の民衆が、その徳を慕ってやって来た)というのは、まさにこのことなのです。

告げるのに自分が治めている村里(邑(ゆう))からするというのは、先ずは自分の身を修めるということです。多くの陽が盛んであり(初爻(しょこう:一番下の爻(こう))から第五爻(だいごこう:下から五番目の爻(こう))までが陽の爻(こう))、一つの陰(上爻(じょうこう)が陰の爻(こう))と別れるという力が余り有るほどになっているのですが、剛(ごう:陽の果断で自分の思うままに物事を行おうとする性質)を極めて、とても過分な状態に至ってはいけないのです。過分な状態に至ると、害を与えて相手を懲らしめようと思って、却って後々自分の身や、子孫に害が跳ね返ってくるのです。陽が盛んでも上爻(じょうこう:一番上の爻(こう))はまだ陰ですので陰が未だ去らず、小人(しょうじん)が猶も保っている状態になり、君子(くんし)の道にもまだ至らない所があるのです。ですから武を尊重して剛(ごう)にすること無く、それでいてその君子(くんし)の道を更に進んでいくことによって、「往(ゆ)く攸(ところ) 有(あ)るに利(り)あり(行動すれば良い結果が得られる)」の利(り)、つまり夬(かい)の卦が示す良い結果が得られるということなのです。


以上より、九家易(きゅうかえき)の述べた部分の現代語訳は、次のようになります。

○現代語訳:

夬(かい)は坤世(こんせい)に基づき、

(八宮卦(はっきゅうか)という卦の並べ方に従うと、坤(こん)の卦を本宮卦(ほんきゅうか)とした坤宮(こんきゅう)の五世卦(ごせいか)に相当します。坤(こん:本宮卦(ほんきゅうか))) -> 復(ふく:一世卦(いっせいか)) -> 臨(りん:二世卦(にせいか)) -> 泰(たい:三世卦(さんせいか)) -> 大壮(たいそう:四世卦(よんせいか)) -> 夬(かい:五世卦(ごせいか))というように、陽の気が上に昇ってきます。そして下から四番目が元に反転して、需(じゅ:遊魂卦(ゆうこんか))となり、下から一番目から三番目までが更に反転して、比(ひ:帰魂卦(きこんか))となります。)

ですから夬(かい)の卦の下に坤(こん)の卦があることにより、坤(こん)の卦は書(しょ)を意味しますので、

(「説卦伝(せっかでん)」より、「坤、爲文。(坤(こん)、文(ぶん)と爲(な)る。)」、つまり「坤(こん)は文(ぶん)となります。」とあります。文(ぶん)は書(しょ)でもあります。)

夬(かい)の卦の形には書(しょ)の意味があります。その坤(こん)の卦の上に陽の気が重なって、今まさに乾(けん)の卦が見えるようになる所であり、契(けい:割り符)の意味があります。

(割り符は刀(乾(けん)は五行(ごぎょう)で金)で文字を刻んで書(しょ)となります。)

坤(こん)の卦から夬(かい)の卦へと変化することから、坤(こん)の卦の上に夬(かい)の卦があり、更に乾(けん)の卦に変化することから、夬(かい)の卦の上に乾(けん)の卦がある、つまり坤(こん)の卦の上には乾(けん)の卦があることになり、これは乾(けん)で坤(こん)を照らす形になり、物事を照らして察するの意味があります。

夬(かい)とは決(けつ:決める、別れる)の意味があります。

(夬(かい)の卦は外卦(がいか:上半分の八卦)が兌(だ:☱)で、内卦(ないか:下半分の八卦)が乾(けん:☰)であり、沢の水がこの上なく高い所(天(乾(けん:☰))よりも高い所)に上って勢いよく下へ流れるということを示し、初爻(しょこう:一番下の爻(こう))から第五爻(だいごこう:下から五番目の爻(こう))が陽で、上爻(じょうこう:一番上の爻(こう))だけが陰であることから、勢いのある陽の君子(くんし)が思い切って勢力の衰えた小人(しょうじん)と別れることを示すことから来ています。)

多くの官吏を治めて書(しょ)によって官吏の官職を治め、多くの民衆は、割り符によって自分が約束したことを明らかにするのです。契(けい)とは「刻(きざ)む」という意味があります。大壮(たいそう:坤宮(こんきゅう)の四世卦(よんせいか))は更に陽を進ませて夬(かい:坤宮(こんきゅう)の五世卦(ごせいか))となり、

(大壮(たいそう)には外卦(がいか:上半分の八卦)に震(しん:☳)があり、これは五行(ごぎょう)では木を意味し、さらに「説卦伝(せっかでん)」では、「震、蒼筤竹也。(震(しん)、蒼筤竹(そうろうちく(さうらうちく))なり。)」つまり、「震(しん)は蒼筤竹(そうろうちく:若い竹)です。」とあることから、「竹木(ちくぼく:竹や樹木)」を表します。)

金(乾(けん)の五行(ごぎょう)は金)で竹木(ちくぼく)を分けて書契(しょけい:物のやり取りの権利関係を記した割り符の文書)の形を示す意味となり、ですからこの夬(かい)の卦を手本として書契(しょけい)を作ったのです。

さらにこの「繋辞伝(けいじでん)下」の一節の部分は、孔子(こうし)の門人の子夏(しか)の註釈(『子夏易伝(しかえきでん)』)には、次のように述べています。

○原文:

上古官職未設、人自爲治、記其名而已。可以結繩也。至於道散、於是聖人、始立百官、造書契。萬民不待力求、而以之察之。夬剛長而至於五也。上下百官、皆在其位。夬之象也、小人之道、其義可以決而治矣。是以取諸夬。象者、像也。義者、財也。有其象、則備其材矣。故制器者、先得其象焉。

○書き下し文:

上古(じやうこ) 官職(くわんしよく) 未(いま)だ設(まう)けず、人(ひと) 自(みづか)ら治(をさ)むるを爲(な)し、其(そ)の命(めい)を記(しる)すのみ。以(もつ)て繩(なは)を結(むす)ぶべきなり。道(みち)の散(さん)ずるに至(いた)りて、是(ここ)に於(お)いて聖人(せいじん)は、始(はじ)めて百官(ひやくくわん)を立(た)て、書契(しよけい)を造(つく)る。萬民(ばんみん)力求(りよくきう)を待(ま)たずして、之(これ)を以(もつ)て之(これ)を察(さつ)す。夬(くわい) 剛(がう) 長(ちやう)じて五(ご)に至(いた)るなり。上下(しやうか) 百官(ひやくくわん) 皆(みな) 其(そ)の位(くらゐ)に在(あ)るは、夬(くわい)の象(しやう)なり。小人(せうじん)の道(みち)、其(そ)の義(ぎ)を外(そと)にして以(もつ)て決(けつ)して治(をさ)むべし。是(ここ)を以(もつ)て諸(これ)を夬(くわい)に取(と)る。象(しやう)なる者(もの)は、像(しやう)なり。義(ぎ)なる者(もの)は、財(ざい)なり。其(そ)の象(しやう) 有(あ)りて、則(すなは)ち其(そ)の財(ざい)を備(そな)ふ。故(ゆゑ)に器(うつは)を制(せい)する者(もの)は、先(ま)づ其(そ)の象(しやう)を得(う)。

「設(まう)けず」の新仮名遣いは「設(もう)けず」
「治(をさ)む」の新仮名遣いは「治(おさ)む」
「求(きう)」の新仮名遣いは「求(きゆう)」
「像(しやう)」の新仮名遣いは「像(しよう)」
「備(そな)ふ」の新仮名遣いは「備(そな)う」
「器(うつは)」の新仮名遣いは「器(うつわ)」
「先(ま)づ」の新仮名遣いは「先(ま)ず」

先ほどの最後の部分、「器(うつは)を制(せい)する者(もの)は、先(ま)づ其(そ)の象(しやう)を得(う)」は、『周易(しゅうえき:又は『易経(えききょう)』)』の「繋辞伝(けいじでん)上」の第十章の一節にあります。次の一節です。

☆原文:

易有聖人之道四焉。以言者尚其辭、以動者尚其變、以制器者尚其象、以卜筮者尚其占。是以聖人將有爲也、將有行也、問焉而言其受命也。如嚮無有遠近、幽深遂知生物。非天下之至精、其孰能與於此。參伍以變、錯綜其數。通其變、遂成天地之文。極其數、遂定天下之象。非天下之至變、其孰能與於此。易无思也、无爲也。夫易聖人之所以極深研幾也。唯深也、故能通天下之志。唯幾也、故能成天下之務。唯神也、故不疾而速、不行而至。

☆書き下し文:

易(えき)は聖人(せいじん)の道(みち) 四(よん) 在(あ)り。以(もつ)て言(い)ふ者(もの)は其(そ)の辭(ことば)を尚(たふと)び、以(もつ)て動(うご)く者(もの)は其(そ)の變(へん)を尚(たふと)び、以(もつ)て器(うつは)を制(せい)する者(もの)は其(そ)の象(しやう)を尚(たふと)び、以(もつ)て卜筮(ぼくぜい)する者(もの)は其(そ)の占(せん)を尚(たふと)ぶ。是(ここ)を以(もつ)て聖人(せいじん)、將(まさ)に爲(な)す有(あ)らんとするや、將(まさ)に行(おこな)ふ有(あ)らんとするや、問(と)ひて其(そ)の命(めい)を受(う)くるを言(い)ふなり。嚮(ひび)きの遠近(ゑんきん)、有(あ)ること無(な)きが如(ごと)くにして、幽深(いうしん)にして遂(つひ)に物(もの)の生(しやう)ずるを知(し)る。天下(てんか)の至精(しせい)に非(あら)ざれば、其(そ)れ孰(たれ)か能(よ)く此(これ)に與(くみ)せん。參伍(さんご) 以(もつ)て變(へん)じ、其(そ)の數(すう)を錯綜(さくそう)す。其(そ)の變(へん)に通(つう)じ、遂(つひ)に天地(てんち)の文(あや)を成(な)す。其(そ)の數(すう)を極(きは)め、遂(つひ)に天下(てんか)の象(しやう)を定(さだ)む。天下(てんか)の至變(しへん)に非(あら)ざれば、其(そ)れ孰(たれ)か能(よ)く此(これ)に與(くみ)せん。易(えき) 思(おも)ふこと无(な)きなり、爲(な)すこと无(な)き(无爲(むゐ))なり。寂然(せきぜん)として動(うご)かず、感(かん)じて遂(つひ)に天下(てんか)の故(こと)に通(つう)ず。天下(てんか)の至神(ししん)に非(あら)ざれば、其(そ)れ孰(たれ)か此(これ)に與(くみ)せん。夫(そ)れ易(えき)は聖人(せいじん)の深(ふか)きを極(きは)め、幾(き)を研(みが)く所以(ゆゑん)なり。唯(ただ) 深(しん)のみや、故(ゆゑ)に能(よ)く天下(てんか)の志(こころざし)に通(つう)ず。唯(ただ) 幾(き)のみや、故(ゆゑ)に能(よ)く天下(てんか)の務(つと)めを成(な)す。唯(ただ) 神(しん)のみや、故(ゆゑ)に疾(はや)からずして速(すみ)やかに、行(ゆ)かずして至(いた)る。子(し) 曰(のたまは)く、易(えき)は聖人(せいじん)の道(みち) 四(よん) 有(あ)りとは、此(こ)の謂(いひ)なり。

「无」は「無」の略字です。「變」の新字体は「変」、「精」の新字体は「精」、「參」の新字体は「参」、「數」の新字体は「数」、「神」の新字体は「神」
「言(い)ふ」の新仮名遣いは「言(い)う」
「尚(たふと)ぶ」の新仮名遣いは「尚(とうと)ぶ」
「行(おこな)ふ」の新仮名遣いは「行(おこな)う」
「遠(ゑん)」の新仮名遣いは「遠(えん)」
「生(しやう)ず」の新仮名遣いは「生(しよう)ず」
「遂(つひ)に」の新仮名遣いは「遂(つい)に」
「思(おも)ふ」の新仮名遣いは「思(おも)う」


この部分をわかりやすくするために、「繋辞伝(けいじでん)上」の第二章の一節を述べていきます。

★原文:

聖人設卦觀象、繫辭焉而明吉凶、剛柔相推而生變化。是故、吉凶者、失得之象也。悔吝者、憂虞之象也。變化者、進退之象也。剛柔者、晝夜之象也。六爻之動、三極之道也。是故、君子所居而安者、易之序也。所樂而玩者、爻之辭也。是故、君子居則觀其象而玩其辭、動則觀其變而玩其占、是以自天祐之、吉无不利。

★書き下し文:

聖人(せいじん) 卦(くわ)を設(まう)け象(しやう)を觀(み)るに、辭(ことば)を繫(か)けて吉凶(きつきよう)を明(あき)らかにし、剛柔(がうじう) 相(あひ) 推(お)して變化(へんくわ)を生(しやう)ず。是(こ)の故(ゆゑ)に、吉凶(きつきよう)なる者(もの)は失得(しつとく)の象(しやう)なり。悔吝(くわいりん)なる者(もの)は、憂虞(いうぐ)の象(しやう)なり。變化(へんくわ)なる者(もの)は、進退(しんたい)の象(しやう)なり。剛柔(がうじう)なる者(もの)は、晝夜(ちうや)の象(しやう)なり。六爻(りくかう)の動(うご)くは、三極(さんきよく)の道(みち)なり。是(こ)の故(ゆゑ)に、君子(くんし) 居(を)りて安(やす)んずる所(ところ)の者(もの)は、易(えき)の序(じよ)なり。樂(たの)しみて玩(もてあそ)ぶ所(ところ)の者(もの)は、爻(かう)の辭(ことば)なり。是(こ)の故(ゆゑ)に、君子(くんし) 居(を)らば則(すなは)ち其(そ)の象(しやう)を觀(み)て其(そ)の辭(ことば)を玩(もてあそ)び、動(うご)かば則(すなは)ち其(そ)の變(へん)を觀(み)て其(そ)の占(せん)を玩(もてあそ)ぶ。是(ここ)を以(もつ)て天(てん)より之(これ)を祐(たす)く、吉(きち)にして利(り)あらざる无(な)しと。

「繫」の新字体は「繋」、「觀」の新字体は「観」、「晝」の新字体は「昼」
「柔(じう)」の新仮名遣いは「柔(じゆう)」
「悔(くわい)」の新仮名遣いは「悔(かい)」
「憂(いう)」の新仮名遣いは「憂(ゆう)」
「居(を)らば」の新仮名遣いは「居(お)らば」

「天(てん)より之(これ)を祐(たす)く、吉(きち)にして利(り)あらざる无(な)し。」とは、大有(たいゆう)の卦の上九(じょうきゅう:一番上の爻(こう))の爻辞(こうじ:卦のそれぞれの爻(こう)を更に説明した言葉)にある言葉です。

まず大有(たいゆう)の卦の「大有(たいゆう)」とは所有する所が大きいという意味で、乾下離上(けんかりじょう)、つまり内卦(ないか:下半分の八卦)が乾(けん:☰)で外卦(がいか:上半分の八卦)が離(り:☲)となっていて、健(けん:乾(けん)の性質)にして明(めい:離(り)の性質)、つまり、心の中(内卦:ないか)が強く(健(けん))、外を見る目(外卦:がいか)は道理に明るい(明(めい))ということと、天(乾(けん))の上に日(離(り))があり、天下を遍く照らすということが、内外の八卦から言えるこの卦の形が示す意味です。この部分は六五(りくご:下から五番目の陰の爻(こう)、五は君主の地位を示します)の君主が持つ徳を示しています。この卦を示す六つの爻(こう)を見てみますと、一つの陰(六五(りくご:下から五つ目の陰の爻))に他の五つの陽(初爻(しょこう:一番下の爻(こう))から第四爻(だいよんこう:下から四番目の爻(こう))の四つと上爻(じょうこう:一番上の爻(こう))が陽の爻(こう))が慕い集まる、ということを示しています。

六五(りくご:下から五つ目の陰の爻)の性質は、六五(りくご)の爻辞(こうじ)より理解することが出来ますので、先ずはその六五(りくご)の爻辞(こうじ:卦のそれぞれの爻(こう)を説明する言葉)と、その爻辞(こうじ)を更に説明した象伝(しょうでん)の一節を見ていきます。次の一節です。

▽原文:

六五、厥孚交如、威如、吉。

象曰、厥孚交如、信以發志也。威如之吉、易而无備也。

▽書き下し文:

六五(りくご)、厥(そ)の孚(まこと) 交如(かうじよ)たり、威如(ゐじよ)たり、吉(きち)。

象(しやう)に曰(いは)く、厥(そ)の孚(まこと) 交如(かうじよ)たり、信(しん) 以(もつ)て志(こころざし)を發(はつ)するなり。威如(ゐじよ)の吉(きち)、易(あなど)りて備(そな)ふる无(な)ければなり。

「交(かう)」の新仮名遣いは「交(こう)」
「威(ゐ)」の新仮名遣いは「威(い)」
「備(そな)ふる」の新仮名遣いは「備(そな)うる」

この爻辞(こうじ)の部分の北宋(ほくそう)の程頤(ていい)の註釈には、次のように述べています。

▼原文:

六五當大有之時、居君位、虛中、爲孚信之象。人君執柔守中、而以孚信接於下。則下亦盡其信孚以事於上、上下孚信相交也。以柔居尊位、當大有之時、人心安易、若尊尚從順、則陵慢生矣。故必威如則吉。威如、有威嚴之謂也。既以柔和孚信接於下、眾志説從、又有威嚴使之有畏、善處也、吉可知矣。

▼書き下し文:

六五(りくご) 大有(たいいう)の時(とき)に當(あ)たり、君(くん)の位(くらゐ)に居(を)りて、虛中(きよちゆう)にして孚信(ふしん)の象(しやう) 有(あ)り。人君(じんくん) 柔(じう)を守(まも)りて中(ちゆう)を守(まも)り、孚信(ふしん)を以(もつ)て下(した)に接(せつ)す。則(すなは)ち下(した) 亦(また) 其(そ)の信誠(しんせい)を盡(つ)くして以(もつ)て上(うへ)に事(つか)へ、上下(しやうか) 孚信(ふしん)にして相(あひ) 交(まじ)はるなり。柔(じう)を以て尊位(そんゐ)に居(を)り、大有(たいいう)の時(とき)に當(あ)たり、人心(じんしん) 安易(あんい)にして、若(も)し專(もつぱ)ら從順(じうじゆん)を尚(たふと)べば、則(すなは)ち陵慢(りようまん) 生(しやう)ず。故(ゆゑ)に必(かなら)ず威如(ゐじよ)にして則(すなは)ち善(ぜん)なり。威如(ゐじよ) 威嚴(ゐげん) 有(あ)るの謂(いひ)なり。既(すで)に柔和(にうわ) 孚信(ふしん)を以(もつ)て下(した)に接(せつ)し、眾志(しゆうし) 説(よろこ)びて從(したが)ひ、又(また) 威嚴(ゐげん) 有(あ)りて之(これ)をして畏(おそ)るる有(あ)らしむ。善(よ)く有(たも)つ處(ところ)の者(もの)なり、吉(きち) 知(し)るべし。

「虛」の新字体は「虚」
「交(まじ)はる」の新仮名遣いは「交(まじ)わる」
「從(じう)」の新仮名遣いは「從(じゆう)」
「尚(たふと)べ」の新仮名遣いは「尚(とうと)べ」
「從(したが)ひ」の新仮名遣いは「從(したが)い」

▼現代語訳:

六五(りくご:下から五番目の陰の爻(こう))は大有(たいゆう)の時に相当し、

(大有(たいゆう)は「所有する所が大きい」という意味で、乾下離上(けんかりじょう:内卦(ないか:下半分の八卦)が乾(けん:☰)で外卦(がいか:上半分の八卦)が離(り:☲)))で、心の中が健(けん:強い(乾(けん)の性質))で、外部を見る目が(道理に)明るい(離(り)の性質)、天(乾(けん))の上を日(離(り))は照らす形になり、天下を遍く照らすという卦の形の意味そのままの人物が六五(りくご)だということです。)

六五(りくご)の君主が君主の位にいる様子は、虚中(きょちゅう:心の中に欲が無く(陰の爻(こう))、偏りが無く(二と五は内卦(ないか)と外卦(がいか)の真ん中に位置する(中(ちゅう))、それでいて孚信(ふしん:心の中に欲が無く、言動が正しく守る所があって、心が充実しているのです。その様子を人が見て信じるようになる様子を示します。)であることが卦の形が意味するものなのです。この六五(りくご)の君主は、人に柔和な態度を心がけて中(ちゅう)を守り(偏らずに接して依怙贔屓をしない)、そして孚信(ふしん)によって、立場が下の民衆と接します。すると立場が下の民衆も、またその心の誠を尽くして、

(物事の道理を窮め(格物(かくぶつ))、その道理を窮めていく中で、疑いがからりと晴れたようにその多くの物事を貫く一つの道理を得た(致知(ちち))その後、物欲に覆われるなどして「本然(ほんねん)の性(せい)」に備わっている明らかな知恵が発揮出来ないために、心の中の悪や欲を去って、実際の言動を正していき(慎独(しんどく))、その明らかな知恵が発揮出来るようになっていき、それによって自分の気持ちが行動の上でも偽りの無いものとなっていく(誠意(せいい))ことです。君主によって感化されてそれを行うようになるということです。)

それによって人から信じられる、その心を持って上(君主)に仕えるようになるのです。柔和な態度で尊い君主の位にいて、大有(たいゆう)の時(所有する所が大きい)に相当し、民衆も富み栄えるようになって、人の心は安易な方向に流されてしまっており、そんな時にも専ら君主が従順な態度だけを尊重するようであれば、民衆の中に君主をしのいで侮る気持ちが生まれてきます。ですから(天の上を日が照らすように、)必ず柔和な中にも威如(いじょ)、つまり威厳の輝きを持つことで、吉となるのです。威如(いじょ)とは、威厳があることを言うのです。既に柔和で孚信(ふしん)な様子で立場が下の民衆と接し、民衆の気持ちは喜んで従うようになり、その上でまた(そんな柔和で孚信(ふしん)な態度の中でも)威厳をもって民衆を恐れ慎ませることで、この君主は良く(君主の位を)保つ人となり、吉であることを知ることが出来るのです。


念のため付け加えますと、君主の威厳というものは君主が自分の身を修めることによって得られるものであって、決して大きな態度で下の立場の民衆と接することや、下の立場の民衆と違う暮らしや振る舞いをすることによって得られるものでは無いのです。

更にこの大有(たいゆう)の六五(りくご)の爻辞(こうじ)を更に説明した象伝(しょうでん)の部分の北宋(ほくそう)の程頤(ていい)の註釈には、次のように述べています。

▼原文:

下之志、柔乎上者也。上以孚信接於下、則下亦以誠信事其上。故厥孚交如。由上有孚信以發其下孚信之志。下之從上、猶響之應聲也。威如之所以吉者、謂若无威嚴、則下易慢而无成備也。謂无恭畏備上之道。備謂備上求責也。

▼書き下し文:

下(した)の志(こころざし) 上(うへ)に從(したが)ふ者(もの)なり。上(うへ) 孚信(ふしん)を以(もつ)て下(した)に接(せつ)し、則(すなは)ち下(した) 亦(また) 誠信(せいしん)を以(もつ)て其(そ)の上(うへ)に事(つか)ふ。故(ゆゑ)に厥(そ)の孚(まこと) 交如(かうじよ)たり。上(うへ)の孚信(ふしん) 有(あ)るに由(よ)りて以(もつ)て其(そ)の下(した)の孚信(ふしん)の志(こころざし)を發(はつ)す。下(した)の上(うへ)に從(したが)ふこと、猶(なほ) 響(ひび)きの聲(こゑ)に應(おう)ずるがごとくなり。威如(ゐじよ)の吉(きち)たる所以(ゆゑん)の者(もの)は、若(も)し威嚴(ゐげん) 无(な)くんば、則(すなは)ち下(した) 易慢(えきまん)して戒備(かいび)すること无(な)きを謂(い)ふなり。恭畏(きようゐ)して上(うへ)に備(そな)ふるの道(みち) 无(な)きを謂(い)ふ。備(び)とは上(うへ)の責(せ)めを求(もと)むるに備(そな)ふるを謂(い)ふ。

「事(つか)ふ」の新仮名遣いは「事(つか)う」
「畏(ゐ)」の新仮名遣いは「畏(い)」

▼現代語訳:

立場が下の民衆の志す所は、上(君主)に従うことです。上(君主)は孚信(ふしん:心の中に欲が無く、言動に守る所があって、心が充実しているのです。その様子を人が見て信じるようになる様子を示します。)によって立場が下の民衆に接すると、立場が下の民衆も同様に誠信(せいしん)、つまりその心の誠を尽くして、

(物事の道理を窮め(格物(かくぶつ))、その道理を窮めていく中で、疑いがからりと晴れたようにその多くの物事を貫く一つの道理を得た(致知(ちち))その後、物欲に覆われるなどして「本然(ほんねん)の性(せい)」に備わっている明らかな知恵が発揮出来ないために、心の中の悪や欲を去って、実際の言動を正していき(慎独(しんどく))、その明らかな知恵が発揮出来るようになっていき、それによって自分の気持ちが行動の上でも偽りの無いものになっていく(誠意(せいい))ことです。)

それによって人から信じられる、その心を持って上(君主)に仕えるようになるのです。ですからこの孚(まこと:前述の孚信(ふしん)と同様に、心の中に欲が無く、言動に守る所があって、心が充実しているのです。その様子を人が見て信じるようになる様子を示します。)によって、お互いに交流し合うのです。上(君主)に孚信(ふしん)があることによって、その立場が下の民衆が孚信(ふしん)になろうという志を起こすのです。立場が下の民衆が上(君主)に応ずる様子は、まるで響きが声に応ずるようにぴったりと心を通わせ合うのです。威如(いじょ:威厳がある)の吉という理由は、もし(君主の柔和な態度の中に)威厳が無ければ、立場が下の民衆が(君主を)軽んじ侮って、君主に対して心を戒めて備えをすることが無いことを言うのです。恭しく恐れ慎んで君主に備える道が無いことを言うのです。「備える」とは、上(君主)が責め((立場が下の民衆が)行うべきことをするように求めること)を求めることに(立場が下の民衆が)備えることを言うのです。


以上より、大有(たいゆう)の六五(りくご)の爻辞(こうじ)とそれを更に説明した象伝(しょうでん)の一節の現代語訳は、次のようになります。(先ほどの註釈部分と重複します。)

▽現代語訳:

六五(りくご:下から五番目の陰の爻(こう))は大有(たいゆう)の時に相当し、

(大有(たいゆう)は、「所有する所が大きい」という意味で、乾下離上(けんかりじょう:内卦(ないか:下半分の八卦)は乾(けん:☰)で、心の中が健(強い(乾(けん)の性質))で、外部を見る目が(道理に)明るい(離(り)の性質)、天(乾(けん))の上に日(離(り))が照らす形になり、天下を遍く照らすという卦の意味そのままの人物が六五(りくご)だということです。)

六五(りくご)の君主が君主の位にいる様子は、虚中(きょちゅう:心の中に欲が無く(陰の爻(こう)))、偏りが無く(二と五は内卦(ないか)と外卦(がいか)の真ん中に位置する(中(ちゆう)))、それでいて孚信(ふしん:心の中に欲が無く、言動が正しく守る所があって、心が充実しているのです。その様子を人が見て信じるようになる様子を示します。)であることが卦の形を意味するものです。この六五(りくご)の君主は、人に柔和な態度を心がけて中(ちゅう)を守り(偏らずに接して依怙贔屓をしない)、そして孚信(ふしん)によって、立場が下の民衆と接します。すると立場が下の民衆もまた、その心の誠を尽くして、

(物事の道理を窮め(格物(かくぶつ))、その道理を窮めていく中で、疑いがからりと晴れたようにその多くの物事を貫く一つの道理を悟った(致知(ちち))その後、物欲に覆われるなどして「本然(ほんねん)の性(せい)」に備わっている明らかな知恵が発揮出来ないために、心の中の悪や欲を去って、実際の言動を正していき(慎独(しんどく))、その明らかな知恵が発揮出来できるようになっていき、それによって自分の気持ちが行動の上でも偏りの無いものになっていく(誠意(せいい))ことです。君主によって感化されてこれを行うようになるのです。)

それによって人から信じられる、その心を持って上(君主)に仕えるようになるのです。

(お互いに孚信(ふしん)の気持ちを持って交流し合うようになるのです。)

柔和な態度で尊い君主の位にいて、大有(たいゆう)の時(所有する所が大きい)に相当し、民衆も富み栄えるようになって、人の心は安易な方向に流されてしまっており、そんな時にも専ら君主が従順な態度だけを尊重するようであれば、民衆の中に君主をしのいで侮る気持ちが生まれて来ます。ですから(天の上を日が照らすように、)必ず柔和な中にも威如(いじょ)、つまり威厳の輝きを持つことで吉となるのです。

つまり君主が既に柔和で孚信(ふしん)な様子で立場が下の民衆と接し、民衆の気持ちは喜んで従うようになり、その上でまた(そんな柔和で孚信(ふしん)な態度の中にも、天の上を日が照らすように)威厳の輝きをもって民衆を恐れ慎ませることで、この君主は良く(君主の位を)保つ人であり、吉であることを知ることが出来るのです。

(念のため付け加えますと、君主の威厳というものは、君主が自分の身を修めることによって得られるものであって、決して大きな態度で下の立場の民衆と接することや、下の立場の民衆と違う暮らしや振る舞いをすることによって得られるものでは無いのです。)

この爻辞(こうじ)を更に説明した象伝の一節には、次のように述べています。

「厥(そ)の孚(まこと) 交如(こうじょ)たり」とは、君主は孚信(ふしん)によって立場が下の民衆に接することで、立場が下の民衆も心の誠を尽くして、それによって人から信じられる、その心を持って、上(君主)に仕える世になる、つまり、上(君主)に孚信(ふしん)があることによって、その立場が下の民衆が孚信(ふしん)になろうという志を起こすのです。立場が下の民衆が上(君主)に応ずる様子は、まるで響きが声に応ずるようにぴったりと心を通い合わせるのです。

「威如(いじょ)の吉(きち)」という理由は、もし(君主の柔和な態度の中に)威厳が無ければ、立場が下の民衆が君主を軽んじ侮って、君主に対して心を戒めて備えをする子が無いことを言うのです。恭しく恐れ慎んで君主に備える道が無いことを言うのです。「備える」とは、上(君主)が責め((立場が下の民衆が)行うべきことをするように求めること)を求めることに(立場が下の民衆が)備えることを言うのです。


というように、六五(りくご)の君主は心の中が強くて外を見る目が道理に明るく、柔和な態度で孚信(心の中に欲が無く、言動に守る所があって、心が充実しているのです。その充実を人が見て信じるようになる性質)によって民衆に接し、民衆と孚信(ふしん)の気持ちを通わせ合い、

(君主は孚信(ふしん)によって民衆に接し、民衆は孚信(ふしん)になる志を起こして応じるようになるのです。)

君主はそんな態度の中にも威厳を持ち、民衆は恐れ慎んで君主が民衆に求めることへの備えをする、そんな君主なわけです。

それに対して上九(じょうきゅう:一番上の陽の爻(こう))は引退した君主の地位にいて、六五(りくご)の君主と親しみ(六五(りくご)の君主は陰なので、陰と陽は引かれあうのです。)、謙って仕えているわけです。それに対して六五(りくご)の君主は我欲を虚しくして、周囲の人に謙り、威厳を持って君主の位にいるわけです。

そんな中での大有(たいゆう)の卦の上九(じょうきゅう)の爻辞(こうじ)には、以下のように述べています。

▽原文:

上九、自天祐之、吉无不利、象曰、大有上吉、自天祐也。

▽書き下し文:

上九(じやうじう)、天(てん)より之(これ)を祐(たす)く、吉(きち)にして利(り)あらざる无(な)し。象(しやう)に曰(いは)く、大有(たいいう) 上(じやう)は吉(きち)にして、天(てん)より祐(たす)くるなり。

▽現代語訳:

上九(じょうきゅう)は引退した君主の位置にあり、本来は陰(六)であるべき所に陽(九)として存在しています。そして六五(りくご)の君主は、己の欲を虚しくして周囲に謙り、偏りが無く(天の上を日が照らすような)威厳の輝きを放つ君主なのです。上九(じょうきゅう)はそんな君主に仕え、本来の陽の性質(果断で、自分の思うままに物事を行おうとする)を堪えて、更に謙って六五(りくご)の君主に仕えているのです。このように優れた性質を持ちながら君主より上の高みにいながら、己を虚しくして謙る、その姿勢に天も福慶(ふくけい:幸福)を下してその人を助けるようになり、吉であり、物事が上手くいかないことは無い(上手くいく)のです。

爻辞(こうじ)を更に説明した象伝(しょうでん)には次のように述べています。大有(たいゆう)の卦の上(じょう:一番上の爻(こう))は吉であり、天より助けがあるというのは、上(じょう)は卦の極みにあり、満ち溢れそうなになりながらも自ら謙って溢れることは無い、そんな上九(じょうきゅう)の君子(くんし)の在り様は、天の助けが得られるほどである(天の助けのような人の助けが得られる)ということです。


更に、「繋辞伝(けいじでん)上」の第十二章に、この爻辞(こうじ)の部分について詳しく述べています。次の一節です。

▽原文:

易曰、「自天祐之、吉无不利。」子曰、「祐者、助也。天之所助者、順也。人之所助者、信也。履信思乎順、又以尚賢也。是以自天祐之、吉无不利也。」

▽書き下し文:

易(えき)の曰(いは)く、

「天(てん)より之(これ)を祐(たす)く、吉(きち)にして利(り)あらざる无(な)し。」

と。子(し) 曰(のたまは)く、

「祐(いう)なる者(もの)は、助(じよ)なり。天(てん)の動(うご)く所(ところ)の者(もの)は、順(じゆん)なり。人(ひと)の助(たす)くる者(もの)は、信(しん)なり。信(しん)を履(ふ)みて順(じゆん)を思(おも)ひ、又(また) 以(もつ)て賢(けん)を尚(たふと)ぶなり。是(ここ)を以(もつ)て天(てん)より之(これ)を祐(たす)く、吉(きち)にして利(り)あらざる无(な)きなり。」

と。

「祐(いう)」の新仮名遣いは「祐(ゆう)」
「思(おも)ひ」の新仮名遣いは「思(おも)い」
「尚(たふと)ふ」の新仮名遣いは「尚(とうと)ぶ」

▽現代語訳:

易の大有(たいゆう)の卦の上九(じょうきゅう)の爻辞(こうじ)には、次のように述べています。

「天の助けが得られ(天の助けのような人の助けが得られ)、物事が上手くいかないことは無い(上手くいく)のです。」

と。先生(孔子(こうし))は次のように申しました。

「『祐(ゆう)』とは『助(じょ)』、つまり『助ける』という意味です。天が心を動かすのは、天に順(したが)うものに対してであり、人が助けるのは、信じられるものに対してです。信じられるようになる(心の欲望が無く、言動が正しく守る所があることによって、心が充実した様子を人が見て信じる)ように、自分の身を修めることを踏み行い、天に従うことを心に思い、また、それによって賢人を尊重する(自分を虚しくして周囲の意思に従う)、これによって天の助けが得られ(天の助けのような人の助けが得られ)、吉にして物事が上手くいかないことは無い(上手くいく)のです。」


つまり、自分を虚しくして周囲に謙り、それでいて威厳の輝きを持つ六五(りくご)の君主、それに仕える上九(じょうきゅう)は、引退した君主で、自分の剛(陽の果断で自分の思うままに物事を行おうとする性質)を堪えて更に謙って六五(りくご)の君主に仕える、更に心の欲望が無く、言動が正しく守る所があって、心が充実した様子を人が見て信じるように自分の身を修め、天に従うことを心に思い、自分を虚しくして周囲の意思に従う、するとその満ち溢れそうなものが謙って溢れることが無い様子に、天の助け(天の助けのような人の助け)があり、物事が上手くいかないことは無い(上手くいく)ということが分かります。

以上より、「繋辞伝(けいじでん)上」の第二章の現代語訳は、次のようになります。

★現代語訳:

聖人(伏羲(ふくぎ:又は庖犠(ほうぎ)))は卦を設けてその卦の形にどんな意味があるかをじっくりと見て、(周(しゅう)の文王(ぶんのう)は)その卦や公の意味を言葉にして書き綴ってその意味が吉である佳境であるかを明らかにし、その柔(じゅう:陰の弱い、又は人と調和する性質)と剛(ごう:陽の強い、又は果断で自分の思い通りに物事を行おうとする性質)からお互いに推し量って変化というものが生まれるのです。このことから、吉は得ること、凶は失うことの象(しょう:形が示す意味)を示しています。変化というものは、進んだり退いたりの動作の象(しょう)を示しています。剛(ごう)と柔(じゅう)とは、柔(じゅう)は剛(ごう)に変化した後は活発な昼の象(しょう)を、剛(ごう)が柔(じゅう)に変化した後は、活発でない夜の象(しょう)を示しています。六十四卦(ろくじゅうしか)を示す六本の爻(こう)

(陰陽を示す線の六本で、二の六乗、つまり六十四のパターンを示すことが出来ます。)

が動くのは、三極(さんきょく:三才(さんさい)、つまり天地人のことで、初爻(しょこう:一番下の爻(こう))と第二爻(下から二番目の爻(こう))は地、第三爻(下から三番目の爻(こう))と第四爻(下から四番目の爻(こう))は人、第五爻(下から五番目の爻(こう))と上爻(じょうこう:一番上の爻)は天を示します。)の行うべき道を示しています。このことから、修養に優れた君子(くんし)が普段過ごして安らぐ所は、卦や爻(こう)の表す所の、物事の筋道の次第(しだい:順序)です。君子(くんし)が楽しんで考え味わう所は、その卦の爻辞(こうじ:爻(こう)を説明した言葉)です。このことから、君子(くんし)は普段いる時は、その卦の形が示す意味(象(しょう))をじっくりと見て、卦や爻(こう)に述べている言葉を考え味わい、動く時には(占いを参考にするために)、その卦や爻(こう)の変化を見て、そして出て来る占いの結果を考え味わうのです。このことによって、高みにいる君子(くんし)が、心の欲望が無く言動が正しく守る所があって、心が充実した様子を人が見て信じるように自分の身を修め、天に従うことを心に思い、自分を虚しくして周囲の意思に従う、そんな君子が更に易の卦や爻(こう)の言葉、出て来た占いの結果を元に謙虚に自分を戒め、恐れ慎みながら行動することにより、大有(たいゆう)の上九(じょうきゅう)の爻辞(こうじ)のように、「天の助けがあり(天の助けのような人の助けがあり)、物事が上手くいかないことは無い(物事が上手くいく)」のです。


つまり、君子(くんし)が普段いる時にはその卦の象(しょう:形が示す意味)、卦や爻の言葉を考え味わい、動く時には卦や爻の変化、占いの結果などを考え味わうことを行っているわけです。これは君子が言動したり道具を作ったり、占いをする時に役に立つものだということです。

次に、「参伍(參伍)(さんご)」という言葉の意味を考えてみます。『韓非子(かんぴし)』にも出て来る言葉です。その中の、「揚権(ようけん)第八」の一節には、次のように述べています。

★原文:

凡聽之道、以其所出、反以爲之入。故審名以定位、明分以辨類。聽言之道、溶若甚醉。脣乎齒乎、吾不爲始乎。齒乎脣乎、兪惛惛乎。彼自離之、吾因以知之。是非輻湊、上不與構。虛靜無爲、道之情也。參伍比物、事之形也。參之以比物、伍之以合虛。根幹不革、則動泄不失矣。動之溶之、無爲而改之。喜之則多事、惡之則生怨。故去喜去惡、虛心以道舍、上下與共之、民乃寵之。上不與義之、使獨爲之。上固閉内扃、從室視庭、參咫尺已具、皆之其處。以賞者賞、以刑者刑。因其所爲、各以自成。善惡必及、孰敢不信。規矩既設、三隅乃列。

★書き下し文:

凡(およ)そ聽(き)くの道(みち)は、其(そ)の出(い)づる所(ところ)を以(もつ)て、反(かへ)つて之(これ)を入(い)ると爲(な)す。故(ゆゑ)に名(な)を審(つまび)らかにして以(もつ)て位(くらゐ)を定(さだ)め、分(ぶん)を明(あき)らかにして以(もつ)て類(るい)を辨(べん)ず。言(げん)を聽(き)くの道(みち)は、溶(よう)にして甚(はなは)だ醉(ゑ)ふが若(ごと)し。脣(くちびる)か齒(は)か、吾(われ) 始(はじ)めと爲(な)さざるか。齒(は)か脣(くちびる)か、兪(いよいよ) 惛惛(こんこん)たるか。彼(かれ) 自(みづか)ら之(これ)を離(はな)せば、吾(われ) 因(よ)りて以(もつ)て之(これ)を知(し)る。是非(ぜひ) 輻湊(ふくそう)して、上(うへ) 與(とも)に構(かま)はず、虛靜(きよせい) 無爲(むゐ)なるは、道(みち)の情(じやう)なり。參伍(さんご)して物(もの)を比(くら)ぶるは、事(こと)の形(かたち)なり。之(これ)を參(さん)して以(もつ)て物(もの)を比(くら)べ、之(これ)を伍(ご)して以(もつ)て虛(きよ)を合(あ)はす。根幹(こんかん) 革(あらた)めざれば、卽(すなは)ち動泄(どうせつ) 失(うしな)はず。之(これ)を動(うご)かし之(これ)を溶(よう)とし、爲(な)して之(これ)を改(あらた)むること無(な)かれ。之(これ)を喜(よろこ)べば則(すなは)ち事(こと) 多(おほ)く、之(これ)を惡(にく)めば民(たみ) 則(すなは)ち怨(うら)みを生(しやう)ず。故(ゆゑ)に喜(よろこ)ぶを去(さ)りて惡(にく)むを去(さ)りて、虛心(きよしん)なれば以(もつ)て道(みち) 舍(とど)まるを爲(な)す。上下(しやうか) 之(これ)を與共(とも)にせば、民(たみ) 乃(すなは)ち之(これ)を寵(ちよう)す。上(うへ) 之(これ)と與(とも)に義(ぎ)とせざれば、獨(ひと)りをして之(これ)を爲(な)さしむ。上(うへ) 固(かた)く内扃(ないけい)を閉(と)ぢ、室(しつ)より庭(には)を視(み)て、咫尺(しせき)を參(まじ)へて已(すで)に具(そな)はれば、皆(みな) 之(こ)れ其(そ)れ處(を)る。賞(しやう)する者(もの)を以(もつ)て賞(しやう)し、刑(けい)する者(もの)を以(もつ)て刑(けい)す。其(そ)の爲(な)す所(ところ)に因(よ)りて、各(おのおの) 以(もつ)て自(おのづか)ら成(な)る。孰(たれ)か敢(あ)へて信(しん)ぜざらん。規矩(きく) 既(すで)に設(まう)くれば、三隅(さんぐう) 乃(すなは)ち列(つら)なる。

「醉」の新字体は「酔」、「脣」の新字体は「唇」
「醉(ゑ)ふ」の新仮名遣いは「醉(よ)う」
「構(かま)はず」の新仮名遣いは「構(かま)わず」
「情(じやう)」の新仮名遣いは「情(じよう)」
「合(あ)はす」の新仮名遣いは「合(あ)わす」
「失(うしな)はず」の新仮名遣いは「失(うしな)わず」
「多(おほ)く」の新仮名遣いは「多(おお)く」
「閉(と)ぢ」の新仮名遣いは「閉(と)じ」
「庭(には)」の新仮名遣いは「庭(にわ)」
「參(まじ)へて」の新仮名遣いは「參(まじ)えて」
「具(そな)はれば」の新仮名遣いは「具(そな)われば」
「賞(しやう)」の新仮名遣いは「賞(しよう)」
「敢(あ)へて」の新仮名遣いは「敢(あ)えて」
「設(まう)く」の新仮名遣いは「設(もう)く」

★現代語訳:

そもそも人の話を聴く道は、その出る所(声)によって却って入る所(新たな認識)になることです。

(多くの意見こそが、正しい認識を得るための手掛かりなのです。)

ですからその多くの意見の名の指す所(意味する所)を明らかにして、それらの位(くらい:優劣)を定め、それらの意見の分野・範囲を明らかにして、どのような物事に類するかを明らかにするのです。

(多くの意見の意味の優劣の比較や、分類をして、それらを突き合わせる中で正しい物事が分かってくるのです。)

人の言葉を聴くために行うべき道とは、安らかでひどく酔っぱらっているようなものです。

(自分の意見を入れず、酔った人のようにただ頷いて相手の思うままに語らせるのです。)

唇でしょうか歯でしょうか、相手の言葉が出てから、それを始まりとみなさないのでしょうか。歯でしょうか唇でしょうか、相手の言葉が出てから益々状況がぼやけて来るのでしょうか。

(相手の言葉をじっくりと聴き、それを元にして物事を明らかにしていくだけです。)

話す相手が自分で分からない所を解明すれば、私(聴き手)はそれによって相手の話す内容を理解出来るのです。

(相手の意見の中に見えない所が出ないように、自分から意見を差し挟まずに相手に不明な点を解明させるのです。)

多くの意見の是と非とがあちらこちらから集まって来て、上(君主、聴き手)はその中に加わってどうこう言わない(とにかく意見を通して聴く)ようにして、自分を虚しくして多くの意見を通して聴き、正しい物事を解明することにのみ力を注ぐならば、それが意見を聴くという道の実際の有様であるのです。

参伍(さんご)する(参(さん)は多くの人の意見を個別に聴き取ること、伍(ご)はそうして聴き取った多くの意見を突き合わせることです。)ことによって物事を比べるのは、物事の実際の形なのです。多くの意見を個別に聴き取ってその意見同士を比較し、その多くの意見を突き合わせることによって、一つ一つの弱い意見(真相に辿り着くのが覚束ない意見)を合わせて正しい物事が分かって来るのです。

物事の根幹(自分の意見を交えずに存分に話させる、多くの意見を個別に聴き取ってその多くの意見を突き合わせる、これらが意見を聴くときの物事の主要な部分とするのです。)を改めることが無ければ、これによって物事の動きや漏れ出た物事を見失うことは無いのです。人に意見するように促して、聴き手は安らかに語り手に思う存分語らせて、聴き手が勝手にその意見を改めることをしてはならないのです。

(思う存分語らせることでその人が語ることの全容が明らかになるのです。)

ある人の意見を喜べば、人(臣下、民衆)は、その意見についての物事を繰り返すようになって、物事が多くなってしまい(偏った意見だけが多くなり)、ある人の意見を嫌うと人(その意見を言った臣下)は、怨みを持ちながら自分の意見を引っ込めてしまうのです。

(このようにして人の意見を狭めてしまえば、物事の真相から遠のいてしまうのです。)

ですからある人の意見を聴いて喜んだり嫌ったりすることから去り(意見の偏りが生まれるきっかけを無くし)、自分を虚しくして相手に存分に語らせる、そして集まった多くの意見を突き合わせることによって、人の話を聴くという道が自分に留まることになるのです。上(君主)と下(臣下)が意見を共にすれば、民衆はその人を寵愛するようになります。

(民衆はその人を、君主に近付く手がかりとみなすのです。)

上(君主)が下(臣下、民衆)の意見に加わって、「これが正しい」としなければ、語り手はひたすらに自分の意見を述べていくようになります。

(こうしてその人の意見を終いまでしっかりと聞くことが出来るのです。)

上(君主)は固く自分の心の扉を閉ざして、部屋の窓から庭を見るように、

(人の意見にどのように心動かされたかをはっきりと表に言い出さずに、)

多くの長短ある意見が集まって既に十分に備わることによって、多くの意見がそこかしこに散らばるようになります。

(様々な意見をきちんと集めることが出来るのです。)

そのような多くの意見を突き合わせて、恩賞を与えるべき人には恩賞を与え、刑罰を加えるべき人には刑罰を加えるというように、そうして明らかになった物事の真相に従って、それぞれの物事を自然に成し遂げることが出来るのです。良いこと悪いことに辿り着くまでしっかりと物事の真相に迫っていて、誰がこうして物事の真相に近付いたということを信じないことがあるでしょうか。

(皆、信じることが出来ます。)

物事の規矩(コンパスと定規のことで、ここでは自分を虚しくして相手に存分に語らせる、そうして聴き取った多くの意見を突き合わせて、物事の真相に迫ることを、守るべき法則とすること)を既に備えることが出来れば、物事の一隅を照らすに過ぎない一つ一つの意見を突き合わせる中で、残りの三隅まで意見が連なって、物事を明るく見通すことが出来るのです。


ここでは、人の話を聴く道として、個別に自分の意見を差し挟まずに意見を述べさせて聴き取り、そうして集まった多くの意見を突き合わせる中で、物事の真相が分かるというものです。この中で、個別に聴き取ることを参(さん)、多くの意見を突き合わせることを伍(ご)と言っています。つまり、参(さん)とは分けること、伍(ご)とは合わせることを指しているのです。

易の中ではこのような「分ける」と「合わせる」を行っているのは、蓍(めとぎ:筮竹(ぜいちく)のこと)を使って、卦を立てる時にもあります。

その方法の概略を説明しますと、五十策の筮竹(ぜいちく)から一策を太極(たいきょく)に象って櫝(とく:筮竹(ぜいちく)を入れる箱)に入れ、残りの四十九策で占いを行っています。その四十九策を無心に二つに分けて、左手を天策(てんさく)、右手を地策(ちさく)とし、地策(ちさく)の中から一策を取り、左手の小指と薬指の間に挟み(この挟むことを扐(ろく)と言います。)、それを人策(じんさく)とします。地策(ちさく)から四策ずつ数えて(揲(せつ))、その余り(一策、或いは二策、或いは三策、或いは余りが無ければ四策)を左手の薬指と中指の間に挟む(扐(ろく))、そして揲(せつ)と扐(ろく)を天策(てんさく)にも行い、左手の中指と人差し指の間に挟みます。そして人策(じんさく)と両者の余りを取り除きます(四十九策で行ったここまでを営(えい)とします)。残りの筮竹(ぜいちく)(四十策、或いは四十四策となります。最初の営(えい)だけ余りの数が多く、五か九のどちらかになります。)で同様に揲(せつ)と扐(ろく)を行っていき、つまり、営(えい)をあと三回繰り返すのです(二・三・四回目の営(えい)は余りがそれぞれ四か八のどちらかになります。最初の営(えい)と合わせて四営(しえい)と言います。)。残りの数は最終的に、二十四・二十八・三十二・三十六となり、それを読んで割るとそれぞれ六・七・八・九となり、六は老陰(ろういん:陰が盛んになって陽になる)、七は少陽(しょうよう:陽のまま)、八は少陰(しょういん:陰のまま)、九は老陽(ろうよう:陽が盛んになって陰になる)に分かれ、それを六回繰り返して卦を立てることが出来るのです。

実際に、「参伍(參伍)(さんご) 以(もつ)て変(變)(へん)じ、其(そ)の数(數)(すう)を錯綜(さくそう)す」の部分の呉(ご)の虞翻(ぐほん)の註釈には、次のように述べています。

★原文:

逆上稱錯。綜、理也。謂五歳再閏、再扐而後掛、以成一爻之變、而倚之數。卦從下升、故錯綜其數、以參天兩地而倚數者也。

★書き下し文:

逆上(ぎやくじやう) 錯(さく)と稱(しよう)す。綜(そう)、理(り)なり。五歳(ごさい)にして再閏(さいじゆん)するを謂(い)ひ、再(ふたた)び扐(ろく)して後(のち)に掛(か)け、以(もつ)て一爻(いつかう)の變(へん)を爲(な)し、之(これ)に寄(よ)りて數(かぞ)ふ。卦(くわ) 下(した)より升(のぼ)り、故(ゆゑ)に其(そ)の數(すう)を錯綜(さくそう)す。則(すなは)ち參天(さんてん) 兩地(りやうち)にして數(すう)に倚(よ)る者(もの)なり。

「數(かぞ)ふ」の新仮名遣いは「數(かぞ)う」

「逆上(ぎゃくじょう)」とは、卦を立てる時は、下の爻(こう)から決定するということです。この註釈の本文の「卦(くわ) 下(した)より升(のぼ)り」も同様です。

「五歳(ごさい)にして再閏(さいじゆん)す」は、清(しん)の段玉裁(だんぎょくさい)の『説文解字(せつもんかいじ)』にある「閏(じゅん)」の字の解説から分かります。次の一節です。ちなみに「閏月(うるうづき)」とは旧暦で何年かに一度、余分な月を加えるものです。その年は合計十三か月になります。

▽原文:

餘分之月、五歳再閏。

▽書き下し文:

餘分(よぶん)の月(つき)、五歳(ごさい)にして再閏(さいじゆん)す。

▽現代語訳:

「閏(じゅん)」とは余分な月(閏月(うるうづき))のことで、五年に二回行っています。


つまり、昔は旧暦の閏月(うるうづき)を五年に二度行っていたということになります。

次に、「参天(參天)(さんてん) 両地(兩地)(りやうち)にして数(數)(すう)に倚(よ)る」は、「説卦伝(せっかでん)」の第一章にあります。その呉(ご)の虞翻(ぐほん)の註釈には次のように述べています。

▽原文:

倚、立。參、三也。謂分天象爲三才。以地兩之、立六畫之數。故倚數也。

▽書き下し文:

倚(い)、立(りつ)。參(さん)、三(さん)なり。天象(てんしやう)を分(わ)けて三才(さんさい)と爲(な)すを謂(い)ふ。地(ち)を以(もつ)て之(これ)を兩(ふた)つにし、六畫(ろくくわく)の數(すう)を立(た)つ。故(ゆゑ)に數(すう)に倚(よ)るなり。

「畫」の新仮名遣いは「画」
「六畫(ろくくわく)」の新仮名遣いは「六畫(ろつかく)」

▽現代語訳:

「倚(い)」は立つことを表します。「参(さん)」は三を表します。卦を立てる時には、一本の太極(たいきょく)を象った後の四十九策を二つに分け(左手が天策(てんさく)、右手が地策(ちさく))、地策(ちさく)から一本を左手の小指と薬指の間に挟み(これを人策(じんさく)とします。)、天・地・人の三才(さんさい)を象ります。これを、天象(てんしょう:天体の現象)を分けて三才(さんさい:天・地・人)とすると言います。八卦の乾(けん:☰)と坤(こん:☷)はそれぞれ三画(さんかく)で、

(三本の爻で二の三乗、つまり八つのパターンを描くので、三本の爻(こう)で八卦を表現できるのです。)

それを合わせた六画(ろっかく)で六十四卦(ろくじゅうしか)を構成するのです。

(六本の爻(こう)で二の六乗、つまり八の二乗、つまり六十四のパターンを描きます。)

天と地で二つに分かれたものを一つにして六十四卦(ろくじゅうしか)が構成されるのです。ですから、この数に依って立つ、と言うのです。


つまり、太極(たいきょく)に象った一策を除いた四十九策を天策・地策・人策の三つに分け、そこから天策と地策に揲(せつ)と扐(ろく)を行います。これを四回行い(四営(しえい))、それを六回繰り返し、六画の六十四卦(ろくじゅうしか)を構成します。その六画で描いた六つの爻(こう)とは乾(けん)と坤(こん)の三画で描く八卦の組み合わせによる六画で描いたもので(卦を立てて出て来た六画の爻(こう)は、元は乾(けん)と坤(こん)の組み合わせであるということです。)、このような数に依って立ち、卦を立てることが出来るのです。


では、先ほどの「参伍(參伍)(さんご) 以(もつ)て変(變)(へん)じ、其(そ)の数(數)(すう)を錯綜(さくそう)す。」の呉(ご)の虞翻(ぐほん)の註釈の現代語訳は、次のようになります。

★現代語訳:

逆上(ぎゃくじょう:卦を立てる際は、下から一画ずつ六画を積み重ねる)を「錯(さく)」と言います。「綜(そう)」は「理(り)」、物事の筋道を表します。物事の筋道を下から上への六画を積み重ねて判断することを「錯綜(さくそう)」と言います。

(「参伍(さんご)」)とは、(昔は)五年で閏月(うるうづき)が二回あることを言い、それは卦を立てる時の天策(てんさく)・地策(ちさく)・人策(じんさく)の三つ、それに二回の扐(ろく:四本ずつ数えた余りを指の間に挟む、地策(ちさく)の余りは左手の薬指と中指の間、天策(てんさく)の余りは左手の中指と人差し指の間に挟みます。)を合わせた合計五つを指しているのです。それを四回繰り返して(四営(しえい))、一つの爻(こう)の変化を示すのです。これに従って卦を立てていく(筮竹(ぜいちく)を数えていく)のです。こうしてこれらを六回繰り返し、下から六つの爻(こう)が決定されるのです。ですからその数を「錯綜(さくそう)」するというのです。

つまり、参天(さんてん:天策(てんさく)・地策(ちさく)・人策(じんさく)の三つに分けることです。)、両地(りょうち:六画で構成される六十四卦(ろくじゅうしか)は、三画ずつの天と地に分けて、つまり乾(けん)と坤(こん)の八卦に分け(それぞれ三画で二の三乗、つまり八つのパターンが生まれ)、これを組み合わせて六本の爻(こう)で六十四卦(ろくじゅうしか)を構成する(六画で二の六乗、つまり八の二乗、つまり六十四のパターンを描いてこれで六十四卦(ろくじゅうしか)を構成する)ことです。)、これらの数に従って卦を立てることが出来ることを示しています。

「寂然(せきぜん) 不動(ふどう)、感(かん)じて遂(つい(つひ))に天下の故(こと)に通(つう)ず。」の部分は、第十五章に既出の部分です。

「心を静かにして動かさず、心を動かして感動する時はついには天下の物事(天下にある個々の道のこと)に通じて専一に取り組むことが出来る」ということです。この時の主体は易そのものです。

ここでは、易が自分では何も思い計らうこと無く、余計なことを為さず、それでいて心を動かして感動する時には天下の物事、天下にある個々の道に通じて、専一に取り組むことが出来るということを述べているのです。つまり、「思(おも)ふこと無(无)きなり、為(爲)(な)すこと無(无)きなり。」の内容を更に説明している部分になります。

「故(ゆゑ)に疾(はや)からずして速(すみ)やかに、行(ゆ)かずして至(いた)る」というのは、第二十九章に述べていた、「神(しん)」によって起こることを指しています。「神(しん)」とは、「道に専一に取り組んで、虚心に自分の環境に耳を傾ける事で、その自分が取り組んでいる道の手掛かりが分かり、改めて考えてみる事で、その道の問題の答えが分かる」ということです。この「繋辞伝(けいじでん)上」の第十章での環境とは易のことで、自分が取り組むべき道に専一に取り組んで、その上で易に虚心に耳を傾けて、取り組んでいる道の問題解決の手掛かりが、急ぐことが無いのに速やかに、遠くに行かなくても自分の身の回りにやって来る、ということです。

では、この「繋辞伝(けいじでん)上」の第十章の現代語訳は、次の通りです。

☆現代語訳:

易は聖人(せいじん)の道が四つ含まれています。一つ目は、易を元に言う人は、その言葉(卦辞(かじ)・爻辞(こうじ))を尊重し、二つ目は、易を元に行動する人は、その卦の爻(こう)の変化を尊重し、三つ目は、易を元に様々な道具を作る人は、その易の卦の形が意味するものを尊重し、四つ目は、易を元に占う人は、その占いの卦や爻(こう)の変化の結果出て来た卦辞(かじ)や爻辞(こうじ)を尊重するのです。

これによって知恵と徳に優れた聖人は、今まさに何かを為そう、何かを行おうとする時に、易に問いただしてそこから為すべき指令を易から受け取るのです。

(易の結果から出て来た言葉の意味を、自分の身の回りの物事に置き換えて考えていくのです。)

音が距離に関わりなく遠くまで響くように、奥深く静かな中から、遂に物事の生ずる兆しを知るのです。天下の中でこの上なく純粋なもので無ければ、誰が良くその仲間になることが出来るでしょうか。

参(さん:三。卦を立てる時の天策(てんさく)・地策(ちさく)・人策(じんさく))と伍(ご:五。先ほどの三つに、更に地策(ちさく)・天策(てんさく)を四つずつ数え(揲(せつ))、その余りを薬指と中指の間(地策(ちさく)の余り)、中指と人差し指の間(天策(てんさく)の余り)に挟んだもの(扐(ろく))の二つ)によって、卦の変化を生み出し、その卦の数(ここでは道理)を下の爻から順に六回求めるのです。天下の中でこの上なく変化するもので無ければ、誰が良くその仲間になることが出来るでしょうか。

易は、その卦を立てることに対して、思い計らうことも、余計なことをすることもありません。心を静かにして動かさず、心を動かして感動する時ついには天下の物事(天下にある個々の道のこと)に通じて専一に取り組むことが出来るのです。

(易が自分では何も思い計らうこと無く、余計なことを為さず、それでいて心を動かして感動する時には天下の物事、天下に在る個々の道に通じて、専一に取り組むことが出来るということを述べているのです。)

天下の中でこの上なく神妙なもので無ければ、誰が良くその仲間になることが出来るでしょうか。

そもそも易は聖人(せいじん)が物事の奥深い所を極め、物事の幾(き:兆し)を明らかにする手段なのです。ただ物事の深みに達することが出来るので、良く天下の志(こころざし:心の向かう所)に通じるのです。ただ物事の兆しを知ることが出来るので、良く天下の務めを成し遂げることが出来るのです。ただこの上なく神妙なものであることによって、(自分が取り組むべき道に専一に取り組んで、静かに周囲の環境(この場合は易)に耳を傾けて、その中でその自分が取り組んでいる道の問題解決の手掛かりが、)急ぐこと無いのに速やかに、遠くに行かなくても自分の身の回りにやって来るのです。先生(孔子(こうし))が、

「易は聖人(せいじん)の道が四つ含まれています。」

と申していたのは、このことなのです。


先ほどの本文の中で、孔子(こうし)の門人の子夏(しか)の註釈部分に出て来たのは、四つの聖人の道のうちの三つめ、「易を元に様々な道具を作る人は、その易の卦の形が意味するものを尊重し、」という部分です。

ではその子夏(しか)の註釈(『子夏易伝(しかえきでん)』)の一節の現代語訳は、次のようになります。

○現代語訳:

大昔は官職を未だ設けず、人が自分で治めている状態で、その自分の命令(自分の為すべきこと)を記すだけなのです。ですから、縄を結んで印とすることが出来たのです。

(縄を結んで印とするだけで十分だったのです。)

聖人(せいじん)の道(みち:踏み行うべき道理)というものが人々の中に自然にあったものが、次第に人々から離れていくに従って、この時になって知恵と徳に優れた聖人(せいじん)は、始めて多くの官職を立てて、書契(しょけい:物のやり取りの権利関係を記した割り符の文書)を作ったのです。多くの民衆は、始めて権利のやり取りを求めることを待つこと無く、この書契(しょけい)によって自分が約束したことを明らかにすることが出来るのです。

夬(かい)の卦(図6)は復(ふく)の卦(図2)から陽が盛んになって、五に至るのです。

(復(ふく)の卦は初爻(しょこう:一番下の爻(こう))だけが陽の爻(こう)であり、その陽が上に広がっていって第五爻(だいごこう:下から五番目の爻(こう))まで辿り着いたのが夬(かい)の卦です。)

立場の上の人も下の人も、多くの官吏が皆、その居るべき地位にいることが夬(かい)の卦の示す意味なのです。

(上爻(じょうこう:一番上の爻(こう))は引退した君主で、世間の役割を離れていて、それ以外の人は居るべき所にいるということが、初爻(しょこう)から第五爻(だいごこう)までが陽の爻(こう)であるということの意味であるということです。)

小人(しょうじん)の道には自分の義(物事の筋道)を外に明らかにして、そして決去(けっきょ:別れる)して、そうやって治めていくのです。このことから、この夬(かい:決する)という卦によって、書契(しょけい)を示すのです。

「象(しょう)」とは「像」、つまり「かたどる」ということであり、義(ぎ:物事の筋道)とは財(ざい)、つまり、価値の高い物(宝)のことであり、その卦の象(しょう:形の示す意味)があって、それでその価値の高い物、つまりその物が持つ筋道を備えるのです。ですから卦を元に様々な道具を作る人は、その卦の形が意味するものを尊重するのです。


では、「繋辞伝(けいじでん)下」の第二章の現代語訳は、次のようになります。

■現代語訳:

大昔は官職を設けず、自分で治めている状態で、自分で自分が何をするかを決めていたので、縄を結んで自分がすることを印とするだけで治まったのです。後の世の、聖人(せいじん)の道(みち:踏み行うべき道理)が人から離れて来た時には、この縄を結ぶことを替えて書契(しょけい:物のやり取りの権利関係を記した割り符の文書)を使うようにし、多くの物事がそれによって治まり、多くの民衆がそれによって自分が約束したことを明らかにし、そもそもこのことを夬(かい)を手本にこの卦の形が示す意味を理解して、書契(しょけい)というものを作ったのです。

夬(かい)は坤宮(こんきゅう)の五世卦(ごせいか)で、本宮卦(ほんきゅうか)の坤(こん)(図1)から陽が伸びて夬(かい)(図6)になったのです。ですから夬(かい)の卦の下が坤(こん)の卦であり、坤(こん)の卦は書を意味し、その坤(こん)の卦の上に陽の気が重なって、今まさに乾(けん)の卦が見えるようになるところであり、乾(けん)は五行で金であり、契(けい:割り符)の意味がありますので、

(割り符は刀(金)で文字を刻んで書となります。)

これは乾(けん)で坤(こん)を照らす形になって、物事を照らして察するの意味があります。夬(かい)とは決(けつ:決める、別れる)の意味があります。多くの官吏を治めて書によって、官吏の官職を治め、多くの民衆は割り符によって自分が約束したことを明らかにするのです。契(けい)とは刻むという意味があり、大壮(たいそう:坤宮四世卦(こんきゅうよんせいか)(図5))は進んで夬(かい:坤宮五世卦(こんきゅうごせいか)(図6))となり、

(大壮(たいそう)には外卦(がいか:上半分の八卦)に震(しん:☳)があり、それは五行(ごぎょう)では木を意味し、「説卦伝(せっかでん)」には蒼筤竹(そうろうちく:若い竹)を意味するとあります。)

金で竹木(ちくぼく:竹や樹木)を分けて書契(しょけい)の形を示す意味となり、ですからその夬(かい)の卦を手本に書契(しょけい)を作ったのです。


つまり、書契(しょけい)は物のやり取りの権利関係を記した割り符の文書で、『周易(しゅうえき:又は『易経(えききょう)』)』の「繋辞伝(けいじでん)下」の第二章では、夬(かい)の卦の形が示す意味を元に作られたものとして述べていることが分かります。


では次に「左契(さけい)」について考えていきます。反対側にある「右契(うけい)」については、昔の礼法や制度をまとめた『礼記(らいき)』の「曲礼(きょくらい)上」の篇の一節にあります。ここから「左契(さけい)」について考えてみます。次の一節です。

■原文:

獻粟者、執右契。

■書き下し文:

粟(ぞく)を獻(けん)ずる者(もの)、右契(うけい)を執(と)る。

「獻」の新字体は「献」


この『礼記(らいき)』の一節の、唐(とう)の孔穎達(くようだつ)の疏(そ:註釈を更に解説したもの)には、次のように述べています。

○原文:

「獻粟者、執右契」者、粟、粱稻之屬也。契、兩書一札、同而別之。鄭注此云、「契、劵要也。右爲尊。」以先書爲尊故也。

○書き下し文:

「粟(ぞく)を獻(けん)ずる者(もの)、右契(うけい)を執(と)る」

とは、粟(ぞく) 粱稻(りやうたう)の屬(ぞく)なり。契(けい)、兩(ふた)つながら一札(いつさつ)に書(か)き、同(おな)じくして之(これ)を別(わか)つ。鄭注(ていちゆう) 此(こ)れ云(い)はく、

「契(けい)、劵要(けんえう)なり。右(みぎ) 尊(たふと)しと爲(な)す。」

と。先(さき)に書(しよ)するを以(もつ)て尊(たふと)しと爲(な)すが故(ゆゑ)なり。

「稻」の新字体は「稲」、「屬」の新字体は「属」
「粱(りやう)」の新仮名遣いは「粱(りよう)」
「稻(たう)」の新仮名遣いは「稻(とう)」
「云(い)はく」の新仮名遣いは「云(い)わく」
「要(えう)」の新仮名遣いは「要(よう)」
「尊(たふと)し」の新仮名遣いは「尊(とうと)し」

「鄭氏(ていし)」とあるのは鄭衆(ていしゅう:官職は大司農(だいしのう:国家の財政を司る官職)になったために鄭司農(ていしのう)と呼ばれることもあります。)と鄭玄(じょうげん:字(あざな:成人になる時に付けられる名)は康成(こうせい))の二人がいるからです。それぞれ先鄭(せんてい)、後鄭(こうてい)と呼ばれています。共に後漢(ごかん)の学者です。どちらの注か判別がつかない場合に鄭氏(ていし)としているのです。

○現代語訳:

「粟(ぞく)を献(獻)(けん)ずる者(もの)、右契(うけい)を執(と)る」

とはどういうことかと言いますと、粟(ぞく)は、あわや稲の類で、契(けい)は、二つのことを一つの札に書き、同じ大きさに二つに分けるのです。鄭氏(ていし)の注には、この部分は次のように述べています。

「契(けい)とは、割り符を用いた約束のことで、右が尊いものとなります。」

と。先に右から書くことによって、尊いものとするからなのです。


■現代語訳:

粟(ぞく:あわや稲の類)を指し上げる人は、約束の印として割り符の右側を渡してから差し上げるのです。

(右側が尊いのです。)


この例から言いますと、右契(うけい)は尊い方であり、左契(さけい)は尊くない方ということが分かります。更に言うならば、右契(うけい)は貰う側であり、左契(さけい)は差し上げる側です。

ここから、「聖人(せいじん)は左契(さけい)を執(と)り、而(しこう(しかう))して人(ひと)を責(せ)めず」という意味を考えてみますと、聖人(せいじん)は差し上げる側の割り符を取って、必要なものを条件の合う人に差し上げ、その上で人を責めない、つまり権利者の側に立たず、責務を果たす人となる、ということになります。

更にこの章の部分の、南宋(なんそう)の李息齋(りそくさい)の註釈には、次のように述べています。

■原文:

是以聖人治天下、如執左契、以求於右契。恩怨取與、吾何心哉。如契之合、適於符而已。苟有不合、不彊其無、不責之也。

■書き下し文:

是(ここ)を以(もつ)て聖人(せいじん) 天下(てんか)を治(をさ)むるに、左契(さけい)を執(と)るが如(ごと)くにして、以(もつ)て右契(うけい)より求(もと)む。恩怨(おんゑん) 取與(しゆよ)、吾(われ) 何(なん)の心(こころ)なるや。契(けい)の合(あ)ふが如(ごと)くに、符(ふ)に適(かな)ふのみ。苟(も)し合(あ)はざること有(あ)らば、其(そ)の無(な)き所(ところ)を彊(し)ひず、之(これ)を責(せ)めざるなり。

「合(あ)ふ」の新仮名遣いは「合(あ)う」
「適(かな)ふ」の新仮名遣いは「適(かな)う」
「合(あ)はざる」の新仮名遣いは「合(あ)わざる」
「彊(し)ひず」の新仮名遣いは「彊(し)いず」

■現代語訳:

このことによって知恵と徳に優れた聖人(せいじん)は、天下を治める時に左契(さけい)を取る(義務を果たす側である)かのように右契(うけい)を取って(義務を果たさせる側として)臣下や民衆に求めるのです。恩寵や怨み、取ること(税を取り立てること)と与えること(恩賞を与えること)に対して、私(聖人(せいじん))はどんな心を用いるというのでしょう(私心を用いないのです)。契(けい:割り符)が合うかのように、その条件に適合するかどうかを判断するだけなのです。

(私情を挟まずに、適合するかどうかだけを判断するのです。)

もし合わないことがあったとしても、その人が適合していない所をその人に強制することは無く、その人を責めることが無いのです。


条件に適合すれば相手に与え、適合しないからといって相手を責めることが無い、ということです。


これは前述の『韓非子(かんぴし)』の参伍(さんご)の例のように、人に思う存分語らせて個別に意見を聴き取り、その多くの意見を元にそれぞれの意見を突き合わせて物事の真相に迫り、それを元に恩賞を与えるべき人には恩賞を与え、刑罰を加えるべき人には刑罰を加え、恩賞の条件に合わないからといって相手にさらに求めて恩賞を渋ったり、人によって刑罰を緩めるなどという私情を挟んだりしないようなものなのです。私情を挟まずに適切な賞罰が行われるために、怨みを残すことが無いということです。


次です。

「有德(いうとく) 契(けい)を司(つかさど)り、無德(むとく) 徹(てつ)を司(つかさど)る。」

「徹(てつ)」とは、元(げん)の呉澄(ごちょう)の註釈には、「徹、通也。(徹(てつ)、通(つう)なり。)」、つまり、「徹(てつ)とは『通(つう)』、つまりここでは『貫(つらぬ)く』という意味です。」とあります。

この部分の南宋(なんそう)の李息齋(りそくさい)の註釈には、次のように述べています。

■原文:

蓋大小長短、彼各有契。自合其合、而吾無容私焉。若又欲通之、是司徹非司契也。

■書き下し文:

蓋(けだ)し大小(だいせう) 長短(ちやうたん)、彼(かれ) 各(おのおの) 契(けい) 有(あ)り。自(みづか)ら其(そ)の合(あ)ふを合(あ)ふとし、吾(われ) 私(わたくし)を容(い)るること無(な)し。若(も)し必(かなら)ず之(これ)を通(つう)ぜんと欲(ほつ)せば、是(これ) 徹(てつ)を司(つかさど)りて契(けい)を司(つかさど)るに非(あら)ざるなり。

■現代語訳:

そもそも、大きい小さい、長い短いなど、彼ら(臣下・民衆)はそれぞれ契(けい:割り符)を持っています。自然にその契(けい)がこちらの契(けい)と適合することを合うとして、

(聖人(せいじん)の条件に合うものを合うとして、そこに聖人(せいじん)は私情を挟まないのです。)

私(聖人(せいじん))は私情を入れることは無いのです。もし必ずこちらの意向を貫き通す(条件が合うように無理に求める)ことを求める時は、これは徹(てつ:自分の私情を貫く)を司るのであって、契(けい)を司るわけでは無いのです。


つまり、私情を差し挟まずに合うものを合うとするだけで、合うように無理に求めないのです。

(私情を挟まずに、与えるべきを与え、与えるべきでないならば与えず、条件に合わないことを責めない(更に求めて渋ったりしない)のです。)

こうすることで公平に差配しつつも、怨みを生じさせることが無いようにするのです。


次です。

「天道(てんだう) 親(した)しむ無(な)くして、常(つね)に善人(ぜんにん)に與(くみ)す。」

「天道(てんどう(てんだう))」とは、「道(みち)」、つまり個々の道を総称したものに付けた仮の名前で、どんな個々の道でも大切になるポイントのことです。

これが「何かに親しむことが無く、常に善人に味方する」とはどういうことかと考えていきます。

第六十二章では、「人(ひと)の不善(ふぜん)、何(なん)ぞ棄(す)つること之(こ)れ有(あ)らん。」、つまり聖人(せいじん)が不善(ふぜん)の人を捨てることは無いとあるのです。

その理由は、「(道(みち)なる者(もの)は)善人(ぜんにん)の宝(寶)(たから)にして、不善人(ふぜんにん)の保(たも)つ所(ところ)」、つまり、「道(みち)」というものを、善人は個々の道を究めていく中で窺い知り、身に付けて道具として用い、不善の人は「道(みち)」に何とか従って、自分の身の安全を保つのです。

つまり「道(みち)」に従っている限り、聖人(せいじん)は捨てることが無い、ということになります。

ここから、この章で言う「善人(ぜんにん)」を考えますと、それは「道(みち)」に従う人であるということです。ですから、悪人が「道(みち)」に従って悪事を行うことがありうるわけです。

プラトンの『国家(こっか)』の一節を読みますと(世界古典文学全集15プラトンⅡ・『国家』・第一巻の 352-B から 352-C の部分)、ソクラテスとソフィストのトラシュマコスの議論の中で、悪事を行う人々の中に、何ほどかの正義が存在し、それが協調行動を成し遂げる理由となる、ということを述べています。

つまり、何ほどかの正義があるからこそ、天道(「道(みち)」)もそれに味方してしまうわけです。

だからこそ、それに対する備えが必要となるのです。この部分は、坤(こん)の卦の初六(しょりく:一番下の陰の爻(こう))の爻辞(こうじ:卦のそれぞれの爻を説明した言葉)にあります。

■原文:

初六、履霜、堅冰至。

象曰、履霜堅冰、陰始凝也。馴致其道、至堅冰也。

■書き下し文:

初六(しよりく)、霜(しも)を履(ふ)む、堅冰(けんぴよう) 至(いた)る。

象(しやう)に曰(いは)く、霜(しも)を履(ふ)みて堅冰(けんぴよう)、陰(いん) 始(はじ)めて凝(こ)るなり。其(そ)の道(みち)を馴致(じゆんち)し、堅冰(けんぴよう)に至(いた)るなり。

「冰」の新字体は「氷」


この部分を更に解説した、「文言伝(ぶんげんでん)」の一節があります。先ずはそちらを見ていきます。

○原文:

積善之家、必有餘慶。積不善之家、必有餘殃。臣弑其君、子弑其父、非一朝一夕之故。其所由來者漸矣。由辯之不早辯也。易曰、「履霜、堅冰至。」蓋言順也。

○書き下し文:

積善(せきぜん)の家(いへ)、必(かなら)ず餘慶(よけい) 有(あ)り。積不善(せきふぜん)の家(いへ)、必(かなら)ず餘殃(よあう) 有(あ)り。臣(しん) 其(そ)の君(くん)を弑(しい)し、子(こ) 其(そ)の父(ちち)を弑(しい)するは、一朝一夕(いつてういつせき)の故(こと)に非(あら)ず。其(そ)の由(よ)りて來(き)たる所(ところ)の者(もの)は漸(ぜん)なり。由(よ)りて之(これ)を辯(べん)ずるも、辯(べん)ずるに早(はや)からざるなり。易(えき)に曰(いは)く、「霜(しも)を履(ふ)む、堅冰(けんぴよう) 至(いた)る。」とは、蓋(けだ)し順(じゆん)を言(い)ふなり。

「來」の新字体は「来」
「家(いへ)」の新仮名遣いは「家(いへ)」
「殃(あう)」の新仮名遣いは「殃(おう)」


この「文言伝(ぶんげんでん)」の一節の、北宋(ほくそう)の程頤(ていい)の註釈(『周易程氏伝(しゅうえきていしでん)』又は『伊川易伝(いせんえきでん)』)には、次のように述べています。

☆原文:

天下之事、未有不由積而成。家之所積者善、則福慶及於子孫。所積不善、則災殃流於後世。其大至弑逆之禍、皆因積累而至、非朝夕所能成也。明者則知漸不可長、小積成大、辯之於早、不使順長。故天下之惡無由而成、乃知霜冰之戒也。霜而至於冰、小惡而至於大、皆事勢之順長也。

☆書き下し文:

天下(てんか)の事(こと)、積(つ)みて成(な)るに由(よ)らずんば有(あ)らず。家(いへ)の積(つ)む所(ところ)の者(もの) 善(ぜん)なれば、則(すなは)ち福慶(ふくけい) 子孫(しそん)に及(およ)ぶ。積(つ)む所(ところ) 不善(ふぜん)なれば、則(すなは)ち災殃(さいあう) 後世(こうせい)に流(なが)す。其(そ)の大(だい) 弑逆(しいぎやく)の禍(わざはひ)に至(いた)り、皆(みな) 積累(せきるい)に因(よ)りて至(いた)り、朝夕(てうせき)の能(よ)く成(な)る所(ところ)に非(あら)ざるなり。明(めい)なる者(もの)は則(すなは)ち漸(ぜん)の長(ちやう)ずべからずして、小(せう) 積(つ)めば大(だい)を成(な)すを知(し)り、之(これ)を早(はや)く辨(べん)じ、順長(じゆんちやう)たらしめず。故(ゆゑ)に天下(てんか)の惡(あく) 由(よ)りて成(な)ること無(な)し。乃(すなは)ち霜冰(さうひよう)の戒(いまし)めを知(し)るなり。霜(しも)にして冰(こほり)に至(いた)る、小惡(せうあく)にして大(だい)に至(いた)るは、皆(みな) 事勢(じせい)の順長(じゆんちやう)なり。

「禍(わざはひ)」の新仮名遣いは「禍(わざわい)」
「冰(こほり)」の新仮名遣いは「冰(こおり)」

☆現代語訳:

天下の物事は、積み重なって成し遂げられるということに従わないことは無いのです(従うのです)。その家の積み重ねるものが良いものであれば、幸福がその家の子孫に及びます。積み重ねるのが良く無いものであれば、災いが後世まで及んでしまうのです。その禍の大きなものは(臣下が君主を、息子が父を殺すという)下の者が上の者を殺すという禍に至り、それらは皆、悪い物事が積み重なることによって、そのとても悪い状況に至るものであって、朝晩の間に良く成し遂げられるものでは無いのです。物事の道理に明るい人は、それで悪い状況が次第に積み重なることを成長させてはならないことと、小さいものが積み重なって大きなことを成し遂げてしまうこととを知り、この小さな悪い状況を早めに区別して明らかにして、それが自然に成長してこないようにするのです。ですから、天下の悪い物事は、そのことによって成し遂げられてしまうことが無いのです。このようにして霜氷(そうひょう)の戒めを知るのです。

(これは、霜がやがて氷になるように、悪い状況を長く保っていると、大きな悪い物事が起きてしまうので、そううならないようにそれを区別して明らかにして、悪い物事にまで至らせないことが大切であるという戒めです。)

霜が氷に至る、小さな悪い物事が大きな悪い物事に至る、というのは、悪い物事の始まりをそのまま成長させてしまったものなのです。


つまり、良い物事は積み重ねていくことが大切で、小さな悪い物事は積み重なって成長させないように、それを区別して明らかにすることが大切だということです。

では、この「文言伝(ぶんげんでん)」の一節の現代語訳は、次のようになります。

○現代語訳:

良い物事を積み重ねた家には、余分な幸福(子孫まで及ぶ幸福)があり、良くない物事を積み重ねる家には、余分な災い(後世にまで及ぶ災い)があります。家臣がその君主を殺す、息子がその父を殺すなどというとても悪い出来事は、一朝一夕の間に成し遂げられてしまうようなことは無いのです。その原因となったのは、小さな悪い物事をそのままにしてしまうことで、これが次第に成長してしまうことによるのです。ですから、これを区別して明らかにすることは、それが早すぎるということは無いのです。ですから易の坤(こん)の卦の初六(しょりく:一番下の陰の爻(こう))の爻辞(こうじ)に、

「霜を履んで、それで堅い氷にまでなってしまうことを知るように、小さな悪い物事をそのままにして、それが小さな悪い物事にまで成長させてしまってはいけないのです。」

と言うのです。これはそもそも、(小さな悪い物事を)自然に成長させてしまうことを言うのです。


つまり、良い物事も悪い物事も、積み重なった上で起きるものですから、悪い物事は積み重ならないように区別して明らかにして、自然に成長することが無いようにすることが大切だと述べています。それを霜が氷に変化していることに喩えているのです。

では今度は、爻辞(こうじ)の方を見ていくことにします。爻辞(こうじ)の部分の北宋(ほくそう)の程頤(ていい)の註釈には、次のように述べています。

○原文:

陰爻稱大、陰之盛也。入則陽生矣。非純盛也。陰始生於下至微也。聖人於陰之始生、以其將長、則爲之戒。陰之始凝而爲霜、履霜、則當知陰漸盛而至堅冰矣。猶小人始雖甚微、不可使長。長則至於盛也。

○書き下し文:

陰爻(いんかう) 六(りく)を稱(しやう)するは、陰(いん)の盛(さか)んなればなり。入(い)らば則(すなは)ち陽(やう) 生(しやう)ず、純盛(じゆんせい)に非(あら)ざるなり。陰(いん) 始(はじ)めて下(した)より生(しやう)ずるは、至微(しび)なり。聖人(せいじん) 陰(いん)の初(はじ)めて生(しやう)ずるに於(お)いて、其(そ)の將(まさ)に長(ちやう)ぜんとするを以(もつ)て、則(すなは)ち之(これ)が戒(いまし)めと爲(な)る。陰(いん)の初(はじ)めて凝(こ)りて霜(しも)と爲(な)り、霜(しも)を履(ふ)まば、則(すなは)ち當(まさ)に陰(いん) 漸(やうや)く盛(さか)んにして堅冰(けんぴよう)に至(いた)るを知(し)るべし。猶(なほ) 小人(せうじん)の初(はじ)めは甚(はなは)だ微(び)なりと雖(いへど)も、長(ちやう)ぜしむべからざるがごとし、長(ちやう)ずれば、則(すなは)ち盛(さか)んに至(いた)るなり。

○現代語訳:

陰の爻が六(老陰(ろういん:陰が盛んになって陽になる))を名乗っているのは、陰の気が盛んなことを表しているからなのです。盛んになる状況に達すれば、陽の気が生まれるので、純粋に盛んであるわけでは無いのです。陰の気が下(初爻(しょこう:一番下の爻))より生まれるのは、この上なく細かいものです。聖人(せいじん)は陰の気が初めて生まれることにより、それが今まさに成長していこうとすることによって、このことを戒めとするのです。陰が初めて凝り固まって霜となり、霜を履むことにより、それで陰の気が次第に盛んになって、堅い氷にまで辿り着いてしまうことを知るべきなのです。それはあたかも、徳の劣った小人(しょうじん)の初めはとても微弱であったものを、そのまま放っておいて自然に成長してしまうことが無いようにするようなものです。成長させてしまえば、それが盛んな状況にまで至ってしまうのです。


つまり、霜を履んで、霜がやがて陰の気が盛んになって堅い氷になることを知るように、始めは微弱な小人(しょうじん)を放っておいて自然に成長して盛んにさせてしまうことが無いように、この小人(しょうじん)のような小さな悪い状況を明らかにして区別することが必要だということです。

次に、この爻辞(こうじ)を更に解説した象伝(しょうでん)の、北宋(ほくそう)の程頤(ていい)の註釈には、次のように述べています。

○原文:

陰始凝爲霜、漸盛則至於堅冰。小人雖微、是則漸至於盛。故戒於始。馴謂習、習而至於盛、習因循也。

○書き下し文:

陰(いん) 始(はじ)めて凝(こ)りて霜(しも)と爲(な)り、漸(やうや)く盛(さか)んなれば則(すなは)ち堅冰(けんぴよう)に至(いた)る。小人(せうじん) 微(び)と雖(いへど)も、長(ちやう)ずれば則(すなは)ち漸(やうや)く盛(さか)んに至(いた)る。故(ゆゑ)に初(はじ)めに戒(いまし)む。馴(じゆん)は習(な)るるを謂(い)ひ、習(な)れて盛(さか)んに至(いた)る、因循(いんじゆん)に習(な)るればなり。

○現代語訳:

陰の気が初めて凝り固まって霜となり、それが次第に盛んになって堅い氷にまで辿り着くのです。小人(しょうじん)は微弱なものだとは言っても、それを放っておいて成長させてしまえば、盛んな状況にまで至ってしまいます。ですから、初め(初爻(しょこう一番下の爻(こう)))でこのことを戒めるのです。「馴(じゅん)」とは「習(しゅう)」、つまりこの場合は「馴れ親しむ」ことを言います。馴れ親しんで盛んな状況にまで至ってしまう、それはこの場をいい加減にやり過ごすことによるのです。


つまり、この初爻(しょこう:一番下の爻)で改めさせる意味は、小さな悪い物事を最初のうちから区別して明らかにしなければならないことを言っているのです。そうすることで、それが積み重なって、大きな悪い物事になるのを防ぐことが出来るということです。

では、この部分の爻辞(こうじ)と象伝(しょうでん)の現代語訳は、次のようになります。

■現代語訳:

坤(こん)の卦の初六(しょりく:一番下の陰の爻(こう))の爻辞(こうじ:それぞれの爻(こう)を更に説明した言葉)には、次のように述べています。

「霜を履んで、それで陰の気が次第に盛んになって、堅い氷にまでなってしまうことを知るように、小さな悪い物事をそのままにして、それがさ大きな悪い物事にまで成長させてしまってはいけないのです。」

と。そしてこの爻辞(こうじ)を解説した象伝(しょうでん)には、次のように述べています。

「霜を履んで、それで堅い氷にまでなってしまうことを知るとは、陰の気が初めて凝り固まり、霜になったということです。その道が次第にこうなるようにさせて、堅い氷にまで至るのです。

(それはあたかも、小さな悪い状況をそのままにして、それが大きな悪い物事にまで成長してしまうようなものです。ですから、初爻(しょこう:一番下の爻)でそれを戒めさせることで、そういう小さな悪い物事を始めの頃から区別して明らかにしなければならないのです。)」

と。


つまり、この初爻(しょこう)の戒めは、物事の最初の内に気を付けて、小人(しょうじん)などの小さな悪い物事を区別して明らかにすることの大切さを、霜を履んで、その陰の気が初めて凝り固まって出来た霜が、やがては陰の気が盛んになって氷にまでなってしまうことを知る、ということに喩えているのです。

ですから、「道(みち)」に従って悪事を行う、つまり悪人同士の何ほどかの正義によって協調行動で大きな悪い物事を成し遂げさせることの無いように、小さな悪い物事の段階で区別して明らかにしていくことが大切だということです。


以上をまとめますと、以下のような現代語訳になります。


●現代語訳:

大きな怨みを和睦させれば、怨みを残すことになってしまいます。これではどうして善人を救うことが出来るのでしょうか。

(恨みというものは、両方がお互いに仇としたならば、必ず和睦して後に怨みの気持ちが解けるものです。両方とも善人であれば、自然に相手を怨むことも無いので、和睦する必要も無いのですが、両方が悪人であれば、怨むことがあり、それで悪が続いて満ち満ちていき、自然にお互いを傷付けるようになるのです。周囲はその状況を静観することになります。ただ善人が不幸にして悪人と怨みを持つ関係になった場合があるとすれば、善人は、公平で思いやりがあり、悪人を仇とする気持ちが無いのだとしても、必ず善人を仇とする気持ちがあるのです。悪人がその怨みに報いて行動すれば、それによって善人が被害を受けるのです。)

(ですからそんな善人を救助する気持ちがある人は、必ずその怨みを和睦させることが必要で、(それによって)悪人の仇なす気持ちを解いて怨みの気持ちを解かせるのです。このようにしたいと思って善人を助けるのです。しかしながら、悪人が怨みに報いる気持ちを阻んで抑え、その気持ちを逞しくさせないようにすれば、心の中にその尽きることの無い怨みの気持ちが蓄え留まっていって、今しばらくは和睦したとしても、後にその気持ちが暴発してしまうのです。これは今の怨みの気持ちをやめることが出来ないという状況で和睦しても、それは他日に怨みに報いる行動に変わるだけなのです。そうであればどうして(本当の意味で)善人を救助することが出来るでしょうか。)

(つまり、善人と悪人が争った時に、惡人の怨みの気持ちを抑えて和睦するだけでは、他日に悪人がその怨みを晴らすべく行動するようになり、これでは善人を救うことにはならない、ということです。)


このことから、知恵と徳に優れた聖人は、左契(さけい:割り符を二つに割った左側)を取って、人を責めることが無いのです。

(「契(けい)」とは割り符(書契(しょけい))のことです。「書契(しょけい)」とは、物のやり取りの権利関係を記した割り符の文書のことです。)

(割り符を二つに割った右側の右契(うけい)と左側の左契(さけい)の関係は、右から先に書くことから右が尊いものとなります。ですから右契(うけい)は尊い方であり、左契(さけい)は尊くない方です。更に言うならば、右契(うけい)は貰う側であり、左契(さけい)は差し上げる側です。)

(つまり、聖人(せいじん)は、天下を治める時に左契(さけい)を取る(義務を果たす側である)かのように右契(うけい)を取って(義務を果たさせる側として)臣下や民衆に(果たすべき義務を)求めるのです。)

(そして私情を挟まずに、契(けい:割り符)が合うかのように、恩賞を与える条件に適合するかどうかを判断するだけで、適合すれば相手に与え、適合しないからと言って相手を責めることが無いのです。)

(これは『韓非子(かんぴし)』の参伍(さんご)の例のように、人に思う存分語らせて個別に意見を聴き取り、その多くの意見を元にそれぞれの意見を突き合わせて物事の真相に迫り、それを元に恩賞を与えるべき人には恩賞を与え、刑罰を加えるべき人には刑罰を加え、恩賞の条件に合わないからといって相手に更に求めて恩賞を渋ったり、人によって刑罰を緩めるなどという私情を挟んだりしないようなものなのです。私情を挟まずに適切な賞罰が行われるために、誰もが納得し、怨みを残すことが無いということです。)


ですから、徳(とく)のある人(聖人(せいじん))契(けい:割り符)を司り、徳(とく)の無い人は徹(てつ:自分の私情を貫く)を司るのです。

(聖人(せいじん)は私情を入れず、物事の真相を突き止めた中で条件に合うものを合うとして、そこに聖人(せいじん)は私情を挟まないのです。もし必ずこちらの意向を貫き通す(条件が合うように無理に求める)ことを求める時は、これは徹(てつ)を司るのであって、契(けい)を司るわけでは無いのです。)

(私情を差し挟まずに与えるべきを与え、与えるべきでないならば与えず、条件に合わないことを責めない(更に求めて渋ったりしない)のです。)

(こうする事で公平に差配しつつも、怨みを生じさせることが無いようにするのです。)


天の道は何かに親しむことが無く、常に善人に味方するのです。

(「天の道(天道(てんどう))」とは、「道(みち)」つまり個々の道を総称したものに付けた仮の名前で、どんな個々の道でも大切になるポイントです。)

(ここで言う「善人(ぜんにん)」とは、「道(みち)」に従う人なのです。)

(第六十二章より、善人は個々の道を究めていく中で「道(みち)」を窺い知り、身に付けて道具として用い、不善の人は「道(みち)」に何とか従って、自分の身の安全を保つのです。そんな「道(みち)」に従う人を、聖人(せいじん)は捨てることが無いのです。)

(ですから、悪人が「道(みち)」に従って悪事を行うことがあり得るのです。つまり悪人同士の何ほどかの正義によって、協調行動で大きな悪い物事を成し遂げてしまうことがあるのです。

(そうさせることの無いように、坤(こん)の卦の初六(しょりく:一番下の陰の爻(こう:卦を構成する六本の陰陽を示す線))の爻辞(こうじ:それぞれの爻(こう)を更に説明した言葉)にある、霜を履んで、その陰の気が初めて凝り固まって出来た霜が、やがては陰の気が盛んになって氷にまでなってしまうことを知るように、小さな悪い物事の段階で区別して明らかにしていくことで、その小さな悪い物事が積み重なって大きな悪い物事になるのを防ぐ必要があるのです。)


●まとめ:

今回は『読老子』の第七十九章、つまり『老子』の第七十九章の翻訳と解説です。

今回は大量の文章になっていますが、この章の翻訳と解説という観点から要点を述べていきますと、

善人が悪人に怨まれるのを救うのに無理に和睦すると、その時は収まっても、蓄え留まった怨みが暴発して、他日に悪人が怨みを晴らすことになることと、

そうした恨みを持たれないために、『韓非子(かんぴし)』の参伍(さんご)の例のように、人に思う存分語らせて個別に意見を聴き取り、その多くの意見を元にそれぞれの意見を突き合わせて物事の真相に迫り、それを元に恩賞を与えるべき人には恩賞を与え、刑罰を加えるべき人には刑罰を加え、恩賞の条件に合わないからといって相手に更に求めて恩賞を渋ったり、人によって刑罰を緩めるなどという私情を挟んだりしないことが大切になり、私情を挟まずに適切な賞罰が行われるために、誰もが納得し、怨みを残すことが無いということと、

悪人が「道(みち)」に従って悪事を行うことが無いように、つまり悪人同士の何ほどかの正義によって、協調行動で大きな悪い物事を成し遂げてしまうことが無いように、小さな悪い物事の段階で区別して明らかにしていくことで、その小さな悪い物事が積み重なって大きな悪い物事になるのを防ぐ必要がある、ということです。

大量の文章になって済みません。読んで頂いた方には本当に深く感謝いたします。これからも療養しながら元気に頑張っていきます。残り八十章と八十一章、漢詩作りと共にしっかりと取り組みます。


(読老子・第七十九章・了)


佐村 昌哉(筆名:白川 玄齋)

この記事へのコメント

  • 玄齋(佐村)

    (追伸)

    この章で参照した、私の引っ越し前のブログのブログ記事の URL は、以下の通りです。



    (第十五章)

    ブログ記事:(第十五章・解説の後半)『読老子』第十五章の翻訳と解説です(解説の後半部分です) - 玄齋の書庫 - Yahoo!ブログ

    URL: http://blogs.yahoo.co.jp/samura_masaya/13166108.html


    (第二十九章)

    ブログ記事:(読老子・第二十九章・解説の(二))『読老子』第二十九章の翻訳と解説です(解説の(二)の部分です) - 玄齋の書庫 - Yahoo!ブログ

    URL: http://blogs.yahoo.co.jp/samura_masaya/13338937.html


    (第六十二章)

    ブログ記事:『読老子』第六十二章(その一) - 玄齋の書庫 - Yahoo!ブログ

    URL: http://blogs.yahoo.co.jp/samura_masaya/14359757.html


    引っ越し前のブログは、

    「玄齋の書庫 - Yahoo!ブログ」

    URL: http://blogs.yahoo.co.jp/samura_masaya


    です。
    2016年05月13日 18:39
  • 美舟

    いつもながら素晴らしいですね。
    これだけ勉強されているなんてもう凄いとしか言いようがありません。
    ブログでこうして記載されるだけでもどのくらい時間がかかるだろうと思ってしまいます。
    ましてや非常に難しい言葉になりますのに・・・
    もう感動です。
    私もほんの少しでも見習わなければなりません。
    いつも素晴らしい解説をありがとうございます。
    勉強になりました!
    良い土曜日の午後をお過ごし下さいませね。
    2016年05月14日 13:15
  • 玄齋(佐村)

    > 美舟さん

    こんにちは。温かいコメントをありがとうございます。
    はい。一ケ月ほどかかって何とか完成です。

    この章を訳すために、儒学の経書や『韓非子』を調べていました。
    この中で何度も出て来たことは、先ず何より自分の身を修めること、
    人の話をじっくり聞くこと、私情を挟まないこと、という所です。
    ノートにまとめる中でも、 PC で入力する際も、
    こういう言葉が身に沁みて来ます。

    こういう言葉が漢詩に活かせるように、
    また自分自身も少しは身を修められるように、
    そんな風に療養しながら勉強していければと思いました。

    美舟さんも良い土曜日の午後をお過ごし下さい。
    2016年05月14日 15:14