『読老子』第八十一章

今回は『読老子』の第八十一章、つまり『老子』の第八十一章の翻訳と解説です。今回もしっかりと頑張っていきます。


●原文:

信言不美、美言不信。知者不博、博者不知。善者不多、多者不善。聖人無積、既以爲人、己愈有。既以予人、己愈多。故天之道、利而不害。人之道、爲而弗爭。


●書き下し文:

信言(しんげん)は美(び)ならず、美言(びげん)は信(しん)ならず。知者(ちしや)は博(ひろ)からず、博(ひろ)き者(もの)は知(し)らず。善(よ)き者(もの)は多(おほ)からず、多(おほ)き者(もの)は善(よ)からず。聖人(せいじん) 積(つ)むこと無(な)く、既(ことごと)く以(もつ)て人(ひと)の爲(ため)にし、己(おのれ) 愈(いよいよ) 有(たも)つ。既(ことごと)く以(もつ)て人(ひと)に予(あた)へて、己(おのれ) 愈(いよいよ) 多(おほ)し。故(ゆゑ)に天(てん)の道(みち)は、利(り)して害(がい)せず。人(ひと)の道(みち)は、爲(な)して爭(あらそ)はず。

「爲」の新字体は「為」、「爭」の新字体は「争」
「多(おほ)からず」の新仮名遣いは「多(おお)からず」
「多(おほ)き」の新仮名遣いは「多(おお)き」
「予(あた)へ」の新仮名遣いは「予(あた)え」
「多(おほ)し」の新仮名遣いは「多(おお)し」
「故(ゆゑ)に」の新仮名遣いは「故(ゆえ)に」
「爭(あらそ)はず」の新仮名遣いは「爭(あらそ)わず」


●解説:

まず、個々の道と「道(みち)」との関係をまとめてみます。

個々の道とは、武道や書道や詩歌や、それぞれの職業、そんなものが無くても、日々の生活をより良くするための知恵、等を指し、それらを私たちは必要に従って選択して、これらの個々の道を学び身に付けていくことによって日々の生活が成り立つわけです。

私たちそれぞれが取り組むべき個々の道の修養の中で、昔の聖人の言葉などの道理の意味を、自分の身の回りの具体的なことに照らして考えていき、その人にとっての活きた道理になって身に付いていく、そんな中で大切にすべき物事、「道(みち)」というものを窺い知ることが出来るのです。

「道(みち)」とは、個々の道を総称したものに付けた仮の名で、どんな個々の道にとっても大切にすべきポイントのことです。この「道(みち)」と個々の道は根源では繋がっていて、その繋がっている根源の所を、第一章で出て来た玄(げん)と言うのです。


このことを踏まえて、本文に入ります。

「信言(しんげん)は美(び)ならず、美言(びげん)は信(しん)ならず。」

この部分は、南宋(なんそう)の林希逸(りんきいつ)の註釈には、次のように述べています。

■原文:

眞實之言、則無華采。有華采者、非眞實之言也。莊子曰、「言隱於榮華、」卽此意也。

■書き下し文:

眞實(しんじつ)の言(げん)、則(すなは)ち華采(くわさい) 無(な)し。華采(くわさい) 有(あ)るは、眞實(しんじつ)の言(げん)に非(あら)ざるなり。莊子(さうし) 曰(いは)く、

「言(げん)は榮華(えいくわ)に隱(かく)る。」

とは、卽(すなは)ち此(こ)の意(い)なり。

「眞」の新字体は「真」、「實」の新字体は「実」、「莊」の新字体は「荘」、「榮」の新字体は「栄」、「隱」の新字体は「隠」、「卽」の新字体は「即」
「則(すなは)ち」の新仮名遣いは「則(すなわ)ち」
「華(くわ)」の新仮名遣いは「華(か)」
「莊(さう)」の新仮名遣いは「莊(そう)」
「曰(いは)く」の新仮名遣いは「曰(いわ)く」
「卽(すなは)ち」の新仮名遣いは「卽(すなわ)ち」

この中の荘子(そうし)の言葉は、『荘子』内篇(ないへん)の「斉物論(せいぶつろん)第二」の一節にあります。次の一節です。

○原文:

夫言非吹也、言者有言。其所言者、特未定也。果有言邪。其未嘗有言邪。其以異於鷇者、亦有辯乎、其無辯乎。道惡乎隱、而有眞僞。言惡乎隱、而有是非。道惡乎往而不存。言惡乎存而不可。道隱於小成、言隱於榮華。故有儒墨之是非、以是其所非、而非其所是。欲是其所非、而非其所是、則莫若以明。

○書き下し文:

夫(そ)れ言(げん)は吹(ふ)くに非(あら)ざるなり。言(げん)とは言(い)ふこと有(あ)り。其(そ)の言(い)ふ所(ところ)の者(もの)、特(とく)に未(いま)だ定(さだ)まらざるなり。果(は)たして言(げん) 有(あ)るか。其(そ)れ未(いま)だ嘗(かつ)て言(げん) 有(あ)るか。夫(そ)れ以(もつ)て鷇(こく)に異(こと)なる者(もの)、亦(また) 辯(べん) 有(あ)るか。其(そ)れ辯(べん) 無(な)きか。道(みち) 惡(いづ)くにか隱(かく)れん、眞僞(しんぎ) 有り。言(みち) 惡(いづ)くにか隱(かく)れん、是非(ぜひ) 有(あ)り。道(みち) 惡(いづ)くにか往(ゆ)きて存(そん)せん、道(みち) 惡(いづ)くにか存(そん)して可(か)ならざらん。道(みち)は小成(せうせい)に隱(かく)れ、言(げん)は榮華(えいくわ)に隱(かく)る。故(ゆゑ)に儒墨(じゆぼく)の是非(ぜひ) 有(あ)りて、以(もつ)て其(そ)の非(ひ)とする所(ところ)を是(ぜ)とし、其(そ)の是(ぜ)とする所(ところ)を非(ひ)とす。其(そ)の非(ひ)とする所(ところ)を是(ぜ)とし、其(そ)の是(ぜ)とする所(ところ)を非(ひ)とせんと欲(ほつ)するは、則(すなは)ち明(めい)を以(もつ)てするに若(し)くは莫(な)し。

「惡」の新字体は「悪」、「僞」の新字体は「偽」
「言(い)ふ」の新仮名遣いは「言(い)う」
「惡(いづ)くにか」の新仮名遣いは「惡(いず)くにか」
「小(せう)」の新仮名遣いは「小(しよう)」

「儒墨(じゆぼく)(小書き文字を使うと「じゅぼく」)」とは、儒家(じゅか)と墨家(ぼっか)のことです。

墨家(ぼっか)とは、古代中国の春秋戦国(しゅんじゅうせんごく)時代の諸子百家(しょしひゃっか)の学派の一つで、兼愛(けんあい:自分と他者とを等しく愛する)や非攻(ひこう:侵略戦争を否定する、実際に一門の人達が都市の防衛を行う)を主張していて、当時は儒家(じゅか)と勢力を二分する学派となっていました。創始者は墨翟(ぼくてき)で、墨子(ぼくし)と呼ばれていました。

○現代語訳:

そもそも言葉とは、風が吹くのとは異なるものです。言葉はそれぞれ説く所があるのです。その言葉の説く所は、ある人が是としても他の人は非とし、ある人が非としても他の人は是とするように特には未だ定まっていないものなのです。それでは果たして言葉というものはあるのでしょうか。それは未だこれまでには言葉というものは無かったのでしょうか。それは雛鳥の鳴き声とは異なって区別というものがあるのでしょうか。それは区別が無いのでしょうか。「道(みち:個々の道を総称したものに付けた仮の名前で、その個々の道でも守るべき大切なポイント)」はどこに隠れてしまったのでしょうか。物事には真実と偽りがあります。言葉はどこに隠れてしまったのでしょうか。世の中の言葉には是と非、正しいものと間違っているものとがあります。「道(みち)」はどこかへ行って存在しないのでしょうか。言葉はどこかに存在して良くないものとされているのでしょうか。「道(みち)」は小さな成功に隠れてしまい、

(仁義(じんぎ:思いやりの気持ちと世の中の筋道)などの行いが世の中の大きな「道(みち)」が廃れる中で現れてきたことを指しています。)

言葉は栄えて時めく中に隠れてしまうのです。

(物事の真実と偽りは、その時々の小さな成功の中で行われ、世の中の言葉の正しいもの、間違っているものというのは、その時々の栄えて時めく物事に従って成り立ってしまっているものなのです。ですから、「道(みち)」も言葉も、そんな中に隠れてしまっているのです。)

ですから儒家(じゅか)と墨家(ぼっか)が互いに自分を是とし、相手の是とする所を非としているのです。このように相手の非とする所を是とし、相手の是とする所を非としているのです。このように相手の非とする所を是とし、相手の是とする所を非とするのは、どんな意見も是とする所もあれば非とする所もある、そんな一つの同じ意見として捉える、そんな明らかな知恵には及ぶことが無いのです。

(どんな意見も是とする所も非とする所もある同じ意見として、虚心に一人一人の意見に耳を傾け、そうして集まった意見を突き合わせて辿り着いた真実、ここにはどのような偏った意見も及ばないのです。)


つまり、註釈部分で引用した箇所は、「言葉は栄えて時めく中に隠れてしまう」、つまり、世の中の言葉の正しいもの間違っているものというのは、その時々の栄えて時めく物事に従って成り立ってしまっているものなので、言葉がそんな中に隠れてしまっている、ということです。

では、先ほどの註釈部分の現代語訳は、次のようになります。

■現代語訳:

真実の言葉というものは、つまりは華やかな彩りが無いのです。華やかな彩りがあるのは、真実の言葉では無いのです。ですから荘子(そうし)が内篇(ないへん)の「斉物論(せいぶつろん)第二」で、

「言葉は栄えて時めく中に隠れてしまう」

と言っているのは、つまりこのような意味なのです。

(つまり、世の中の言葉の正しいもの、間違っているものというのは、その時々の栄えて時めく物事に従って成り立ってしまっているものなので、(真実の)言葉がそんな中に隠れてしまっている、ということです。)


つまり、真実の言葉は、栄えて時めく言葉の中にある華やかな彩りが無く、そんな華やかな彩りの中にある言葉は、その時々の栄えて時めく物事に従って成り立ってしまっていて、そんな言葉は真実の言葉とは言えない、ということです。


次です。

「知者(ちしや)は博(ひろ)からず、博(ひろ)き者(もの)は知(し)らず。」

この部分は、明(みん)の薛蕙(せつけい)の註釈には、次のように述べています。

■原文:

知者不博、知其要者、不務多識也。

■書き下し文:

知者(ちしや)は博(ひろ)からず、其(そ)の要(えう)を知(し)る者(もの)は、多識(たしき)を務(つと)めざるなり。

「要(えう)」の新仮名遣いは「要(よう)」

■現代語訳:

知恵ある人は広く学んではいないのです。その要点を知る人は、多く知ることを務めないのです。


この「要点」とは、『論語(ろんご)』でいう所の「一(いち) 以(もつ)て之(これ)を貫(つらぬ)く」になります。

この言葉は『論語(ろんご)』の二箇所で見られます。一つ目は、「衛霊公(えいのれいこう)第十五」の一節です。次の一節です。

○原文:

子曰、「賜也、女以爲多學而識之者與。」對曰、「然。非與。」曰、「非也。予一以貫之。」

○書き下し文:

子(し) 曰(のたまは)く、

「賜(し)や、女(なんぢ) 予(われ)を以(もつ)て多(おほ)く學(まな)びて之(これ)を識(し)ると爲(な)すか。」

と。對(こた)へて曰(いは)く、

「然(しか)り。非(ひ)か。」

と。曰(のたまは)く、

「非(ひ)なり。予(われ) 一(いち) 以(もつ)て之(これ)を貫(つらぬ)く。」

と。

「女(なんぢ)」の新仮名遣いは「女(なんじ)」
「對(こた)へて」の新仮名遣いは「對(こた)えて」

○現代語訳:

先生(孔子(こうし))は次のように言いました。

「賜(し:孔子(こうし)の門人の子貢(しこう)の名)よ、あなたは私を多くのことを学んで、その多くのことを知る人だと思っているのですか。」

と。子貢(しこう)はそれに対して言いました。

「そうです。違うのですか。」

と。すると先生(孔子(こうし))は次のように答えました。

「違います。私は一つの道理で自分の行いを貫いています。」

(昔の聖人の言葉を、自分の身の回りの具体的な物事から考え、その人その人に合った道理として理解でき、その具体的な物事は千差万別なように、物事は多くても、根本とする道理は一つなのです。)

(ですから、学ぶべきは聖人の言葉であり、その意味を、相手を思いやって行動する際の具体的な状況から考えていくと、その時々の自分に合った活きた道理が身に付いてくる、その積み重ねによって得られたものです。)

と。


つまり、広く物事を学ぶのではなく、聖人の言葉を学んで、その言葉の意味を千差万別の具体的な物事を元に考え、そうして今の自分にとっての活きた道理として理解できるようになってきて、それを元に実際の物事に対処できる、その大切さを述べているのです。

二つ目は、「里仁(りじん)第四」の一節です。次の一節です。

○原文:

子曰、「參乎。吾道一以貫之。」曾子曰、「唯。」子出。門人問曰、「何謂也。」曾子曰、「夫子之道、忠恕而已矣。」

○書き下し文:

子(し) 曰(のたまは)く、

「參(しん)か。吾(わ)が道(みち) 一(いち) 以(もつ)て之(これ)を貫(つらぬ)く。」

と。曾子(そうし) 曰(いは)く、

「唯(い)。」

と。子(し) 出(い)づ。門人 問ふて曰く、

「何(なん)の謂(いひ)ぞや。」

と。曾子(そうし) 曰(いは)く、

「夫子(ふうし)の道(みち)、忠恕(ちゆうじよ)のみ。」

と。

「參」の新字体は「参」
「曰(のたまは)く」の新仮名遣いは「曰(のたまわ)く」
「出(い)づ」の新仮名遣いは「出(い)ず」
「謂(いひ)ぞや」の新仮名遣いは「謂(いい)ぞや」

○現代語訳:

先生(孔子(こうし))は、次のように言いました。

「参(しん:孔子(こうし)の門人の曾子(そうし)の名)よ。私の道は一つの道理によって自分の行いを貫いているものです。」

(昔の聖人の言葉を、自分の身の回りの具体的な物事から考え、その人その人に合った道理として理解でき、その具体的な物事は千差万別なように、物事は多くても根本とする道理は一つなのです。)

と。すると曾子(そうし)は次のように言いました。

「はい。」

と。そして先生(孔子(こうし))は退室しました。すると他の孔子の門人が尋ねました。

「先生(孔子(こうし))の仰った言葉は、どういう意味なのですか。」

と。すると曾子(そうし)はこう答えました。

「先生の行う道とは、忠恕(ちゅうじょ)だけなのです。」

と。


ここで「忠恕(ちゅうじょ)」とは、自分の身を治めて清らかになった心で人を思いやることです。人を思いやるとは言っても、そこには行動が伴い、相手のためを思う状況は千差万別で、その気持ちに対応する聖人の言葉は一つ(この場合は「忠恕(ちゆうじよ)」)に決まるわけです。その一つの聖人の言葉を、この具体的な状況から考えていくことで、その人の今の自分にとっての活きた道理となり、実際に相手を思いやる行動を取ることが出来るのです。

「忠恕(ちゅうじょ)」という言葉の意味を更に掘り下げて考えてみますと、『論語(ろんご)』と『中庸』の一節から考えることが出来ます。

『論語(ろんご)』の「衛霊公(えいのれいこう)第十五」の一節には、次のように述べています。

▽原文:

子貢問曰、「有一言而可以終身行之者乎。」子曰、「其恕乎。己所不欲、勿施於人。」

▽書き下し文:

子貢(しこう) 問(と)ひて曰(いは)く、

「一言(いちごん)にして以(もつ)て終身(しゆうしん) 之(これ)を行(おこな)ふ者(もの) 有(あ)るか。」

と。子(し) 曰(のたまは)く、

「其(そ)れ恕(じよ)か。己(おのれ)の欲(ほつ)せざる所(ところ)、人(ひと)に施(ほどこ)すこと勿(な)かれ。」

「問(と)ひ」の新仮名遣いは「問(と)い」
「行(おこな)ふ」の新仮名遣いは「行(おこな)う」

▽現代語訳:

孔子(こうし)の門人の子貢(しこう)が、孔子(こうし)に尋ねて言いました。

「一言で一生そのことを行うことの出来ることを示す言葉はありますか。」

と。すると孔子(こう)は次のように答えました。

「それは『恕(じょ)』ですね。『恕(じょ)』、つまり人を思いやるというのは、自分が求めない所を、人に求めてはいけないのです。」


とあります。同様に、『中庸(ちゅうよう)』の第十三章の一節には、次のように述べています。

▽原文:

忠恕違道不遠、施諸己而不願、亦勿施於人。

▽書き下し文:

忠恕(ちゆうじよ) 道(みち)を違(さ)ること遠(とほ)からず、諸(これ)を己(おのれ)に施(ほどこ)して願(ねが)はざれば、亦(また) 人(ひと)に施(ほどこ)すこと勿(な)かれ。

「遠(とほ)からず」の新仮名遣いは「遠(とお)からず」
「願(ねが)はざれば」の新仮名遣いは「願(ねが)わざれば」

▽現代語訳:

忠恕(ちゅうじょ:自分の身を治めて清らかになった心で人を思いやる)というのは、聖人の道を遠く離れていないのです(近いものです)。この思いやる気持ちを自分自身に施して、自分に求めない所は、同様に人に施してはならないのです。


つまり、自分自身の心を見つめて、自分に求めない所を相手に求めない、ということです。求める所を正しくするには、自分の身を修めることが大切になるのです。

以上からこの部分の本文を考えてみますと、知恵ある人は多くの物事をひたすら学ぶだけでは無く、聖人の言葉などの道理を学ぶのであり、その道理を自分の身の回りの具体的な状況から考えていく中で、その言葉の道理が今の自分に活きた形で理解できる、そのことが大切なのであって、多くのことを学ぶというだけでは知恵ある人とは言えないということです。

例えば、そのような聖人の言葉の一つである「忠恕(ちゅうじょ)」、つまり自分の身を修めて清らかになった心で人を思いやることについても同じなのです。人を思いやる際には行動が伴い、相手のためを思う状況は千差万別で、その気持ちに対応する聖人の言葉は、この場合は「忠恕(ちゅうじょ)」一つに決まるわけです。そこで、忠恕(ちゅうじょ)を行うために自分の身を修めて求める所を正しくし、その上で自分自身の心を見つめて、自分に求めない所を相手に求めない、という所を、自分の身の回りの具体的な状況から考えていくことで、その人の今の自分にとっての活きた道理となり、実際に相手を思いやる行動を取ることが出来る、ということです。


次です。

「善(よ)き者(もの)は多(おほ)からず、多(おほ)き者(もの)は善(よ)からず。」

この文は、魏(ぎ)の王弼(おうひつ)の本文には無く、王弼(おうひつ)の本文には「善者不辯、辯者不善」が先ほどの「知者不博、博者不知」の前にあるのですが、中国の湖南省長沙市の東の郊外にある馬王堆(ばおうたい)という前漢初期の墳墓の第一号漢墓より出土された帛書(はくしょ:布に書いた書)(以下、「馬王堆帛書(ばおうたいはくしょ)」)にある本文の甲本と乙本(甲本と乙本があります)には、「善者不辯、辯者不善」の文字は無く、乙本には「知者不博、博者不知」の後にこの「善者不多、多者不善」の一節があります。甲本ではこの部分は失われています。

「善(よ)き者(もの)」とは第七十九章で言う「善人(ぜんにん)」のことで、「道(みち)」に従う人を指しています。

「多(おお(おほ))からず」というのは、自分の身を失うようなことをしてまで財産を蓄えないということです。(第四十四章)

自分の身を大切にする、というのは、第十三章にあるように、我が身可愛さから責務を逃れるというのでは無くて、人を思いやり、その気持ちを国や天下まで押し広げて国を統治するための基礎となる自分の身を大切にするということです。

自分の身を大切にするとは、財産を蓄えることでは無く、「樸(ぼく)」、材木になる前の生木のような、人が生まれ持った優れた性質、それを『大学』の「明徳(明德)(めいとく)を明(あき)らかにする」と同様に、つまり明徳(めいとく)、人の生まれ持った優れた性質を、明(あき)らかにする、つまり自分が取り組むべき道の修養によって更に磨きをかけて保っていくようにするのです。

そうして本当の意味で自分の身を大切に出来る人のことを「善(よ)き者(もの)」と呼んでいるのです。


次です。

「聖人(せいじん) 積(つ)むこと無(な)く、既(ことごと)く以(もつ)て人(ひと)の爲(ため)にして、己(おのれ) 愈(いよいよ) 有(たも)つ。既(ことごと)く以(もつ)て人(ひと)に予(あた)へて、己(おのれ) 愈(いよいよ) 多(おほ)し。」

「予」は「あたえる」です。魏(ぎ)の王弼(おうひつ)の本文では「与(與)」でしたが、馬王堆帛書(ばおうたいはくしょ)の甲本も乙本も「予」ですので、それを元に本分を改めています。意味は変わりません。

「既(き)」はここでは「すでに」では無くて「尽(ことごと)く」と読みます。これは、この本文を引用している『荘子』外篇の「田子方(でんしほう)第十四」の一節(ここでは、「既以與人、己愈多」となっています。)の唐(とう)の成玄英(せいげんえい)の疏(そ:註釈を更に解説したもの)には、「既、盡。(既(き)、盡(じん)。)」、つまり「既(き)とは尽(盡)(じん:ことごとく)のことです。」とあります。

「聖人(せいじん) 積(つ)むこと無(な)く」の部分は、『荘子』雑篇の「天下(てんか)第十一」の篇の一節には、次のように述べています。

■原文:

以本爲精、以物爲粗。以有積爲不足、澹然獨與神明居。古之道術有在於是者。關尹老耼、聞其風而悦之。建之以常無有、主之以太一。以濡弱謙下爲表、以空虛不毀萬物爲實、關尹曰、「在己無居、形者自著。」其動若水、其靜若鏡、其應若響。芴乎若亡、寂乎若淸。同焉者和、得焉者失。未嘗先人而常隨人。老耼曰、「知其雄、守其雌、爲天下谿。知其白、守其辱、爲天下谷。」人皆取先、己獨取後、曰、「受天下之垢。」人皆取實、己獨取虛。無藏也。故有餘。巋然而有餘。其行身也、徐而不費。無爲也、而笑巧。人皆求福、己獨曲全。曰、「苟免於咎。」以深爲根、以約爲紀。曰、「堅則毀矣、鋭則挫矣。」常寬容萬物、不削於人。可謂至極。關尹老耼乎、古之博大眞人也。

■書き下し文:

本(もと)を以(もつ)て精(せい)と爲(な)し、物(もの)を以(もつ)て粗(そ)と爲(な)す。積(つ)む有(あ)るを以(もつ)て足(た)らざると爲(な)し、澹然(たんぜん)として獨(ひと)り神明(しんめい)と居(を)る。關尹(くわんゐん) 老耼(らうたん)、其(そ)の風(ふう)を聞(き)きて之(これ)を悦(よろこ)ぶ。之(これ)を建(た)つるに常(つね)に有(あ)ること無(な)きを以(もつ)てし、之(これ)を主(つかさど)るに太一(たいいつ)を以(もつ)てす。濡弱謙下(じゆじやくけんか)を以(もつ)て表(おもて)と爲(な)し、空虛(くうきよ)を以(もつ)て萬物(ばんぶつ)を毀(こぼ)たざるを實(じつ)とす。關尹(くわんゐん) 曰(いは)く、

「己(おのれ)に在(あ)りて居(を)ること無(な)ければ、形物(けいぶつ) 自(おのづか)ら著(あら)はる」

と。其(そ)の動(うご)くこと水(みづ)の若(ごと)くにして、其(そ)の靜(しづ)かなること鏡(かがみ)の若(ごと)くにして、其(そ)の應(おう)ずること響(ひび)くが若(ごと)し。芴(こつ)か亡(うしな)ふが若(ごと)くにして、寂(せき)か淸(きよ)きが若(ごと)し。焉(ここ)に同(おな)じき者(もの) 和(わ)し、焉(ここ)に得(う)る者 失(うしな)ふ。未(いま)だ嘗(かつ)て人(ひと)に先(さき)んぜずして、常(つね)に人(ひと)に隨(したが)ふ。老耼(らうたん) 曰(いは)く、

「其(そ)の雄(ゆう)を知(し)り、其(そ)の雌(し)を守(まも)らば、天下(てんか)の谿(たに)と爲(な)る。其(そ)の白(しろ)きを知(し)りて、其(そ)の辱(じよく)を守(まも)らば、天下(てんか)の谷(たに)と爲(な)る。」

と。人(ひと) 皆(みな) 先(さき)を取(と)りて、己(おのれ) 獨(ひと)り後(あと)を取(と)る。曰(いは)く、

「天下(てんか)の垢(あか)を受(う)く。」

と。人(ひと) 皆(みな) 實(じつ)を取(と)り、己(おのれ) 獨(ひと)り虛(きよ)を取(と)る。藏(ざう)する無(な)きなり。故(ゆゑ)に餘(あま)り有(あ)り。巋然(きぜん)として餘(あま)り有(あ)り。其(そ)の身に行(おこな)ふや、徐(おもむろ)にして費(つひ)やさず。無爲(むゐ)なり、而(しかう)して巧(かう)を笑(わら)ふ。人(ひと) 皆(みな) 福(ふく)を求(もと)め、己(おのれ) 獨(ひと)り曲(きよく)なれど全(まつた)し。曰(いは)く、

「苟(いやし)くも咎(とが)を免(まぬか)る。」

と。深(ふか)きを以(もつ)て根(ね)と爲(な)し、約(やく)を以(もつ)て紀(き)と爲(な)す。曰(いは)く、

「堅(かた)ければ則(すなは)ち毀(こぼ)たれ、鋭(するど)ければ則(すなは)ち挫(くじ)く。」

と、常(つね)に物(もの)に寬容(くわんよう)にして、人(ひと)を削(けづ)らず。至極(しきよく)と謂(い)ふべし。關尹(くわんいん) 老耼(らうたん)か、古(いにしへ)の博大(はくだい)なる眞人(しんじん)なり。

「精」の新字体は「精」、「獨」の新字体は「独」、「神」の新字体は「神」、「關」の新字体は「関」、「虛」の新字体は「虚」、「萬」の新字体は「万」、「靜」の新字体は「静」、「應」の新字体は「応」、「淸」の新字体は「清」、「隨」の新字体は「随」、「谿」の新字体は「渓」、「藏」の新字体は「蔵」、「餘」の新字体は「余」、「寬」の新字体は「寛」
「居(を)る」の新仮名遣いは「居(お)る」
「關(くわん)」の新仮名遣いは「關(かん)」
「尹(ゐん)」の新仮名遣いは「尹(いん)」
「老(らう)」の新仮名遣いは「老(ろう)」
「自(おのづか)ら」の新仮名遣いは「自(おのずか)ら」
「著(あら)はる」の新仮名遣いは「著(あら)わる」
「水(みづ)」の新仮名遣いは「水(みず)」
「靜(しづ)か」の新仮名遣いは「靜(しず)か」
「亡(うしな)ふ」の新仮名遣いは「亡(うしな)う」
「隨(したが)ふ」の新仮名遣いは「隨(したが)う」
「藏(ざう)」の新仮名遣いは「藏(ぞう)」
「費(つひ)やさず」の新仮名遣いは「費(つい)やさず」
「爲(ゐ)」の新仮名遣いは「爲(い)」
「而(しかう)して」の新仮名遣いは「而(しこう)して」
「巧(かう)」の新仮名遣いは「巧(こう)」
「笑(わら)ふ」の新仮名遣いは「笑(わら)う」
「寬(くわん)」の新仮名遣いは「寬(かん)」
「削(けづ)らず」の新仮名遣いは「削(けず)らず」
「古(いにしへ)」の新仮名遣いは「古(いにしえ)」

■現代語訳:

物事の根本を明確で詳細なものとし、

(つまり、個々の道を身に付けて、それを実際の場できちんと行えるように明確で詳細に理解し身に付けていく、その中で物事の根本である「道(みち)」を窺い知るようになっていくのです。)

物事自体を細かくなく、詳細なものでも無いとするのです。

(個々の物事を詳細に用いるために、個々の道があるのです。)

ですからそんな物事を積み上げるだけでは十分では無いとし、落ち着いて静かでいて、一人で神明(しんめい:人知で量り知ることの出来ない心の不思議な働き(『管子(かんし)』「心術上(しんじゅつじょう)」第三回))と共にいるのです。昔の方士(ほうし:不老不死の術や、医薬や占いの技を行う人、道士(どうし))や仙人(せんにん)の行う術には、これをポイントにしているものがありました。関尹(かんいん:関所の守りをしていた尹喜(いんき))と老耼(ろうたん:老子(ろうし))は、その教えを聞いて、その教えを聞いたことを喜ぶのです。その「道(みち)」というものを定めるのを常に有ること無し(無)によって行い(無は「道(みち)」が個々の道としてあらゆる所に存在する(無数)ということを示しています)、「道(みち)」というものを統べるのを太一(たいいつ。あらゆる物事の根本である「道(みち)」の根本)によって行います。濡弱謙下(じゅじゃくけんか:柔弱謙下(じゅうじゃくけんか)。周囲と調和して弱々しい気持ちで周囲に謙る)ことを外部から見える部分(表)とし、心に欲が無くて空っぽで、それによってあらゆる物事を壊さないことを実際の行いとしているのです。関尹(かんいん:尹喜(いんき))は次のように言っています。

「個々の道を修めてもうこれで良いだろうと思って、ある地点で止まったりせずに謙虚にその個々の道を修めていけば、(虚心に周囲の環境に耳を傾ける中で)その道の問題解決の手掛かりが分かり、それを元にその道の問題が解けるようになる、そんな手掛かりが目の前の物事から現れ出て来るのです。」

と。その人の動く時は、天から雨が降ってきてそれがやがて低い海に流れ込むように、本来は高みにいながら周囲に身を低くして謙るように謙虚であり、その人の心の静かな様子は澄んで鏡のよう(に欲望による曇りも無いよう)であり、その人の物事に応ずる様子は、打てば響くように速やかなのです。ぼんやりとして何かを失ったようであり、静かで清らかなようなのです。まだそれまで人に先んじたことは無く、常に人に従うのです。老耼(ろうたん:老子(ろうし))は言いました。

「雄(おす)の性質を知って雌(めす)の性質を守ると、天下にある谷川のようになります。

(静かな心を固く保ち、周囲に心穏やかに対応することであり、唱えて号令をかける時でも心静かに周囲と調和する気持ちを忘れない、そんな人であれば、谷川の(雨水を)谷で受け止めて、その水を川に注ぎ、更にその川は海まで流れていくように、あらゆる物を受け止めて拒むことが無く、物を運んで蓄積することが無い性質に倣って、それを実際にその人が向き合っている日常に照らして考え、少しずつ物事(物だけで無く事も含みます)に通じて、その物事に無理に逆らうこと無く、心穏やかに対応することが出来るのです。(第二十八章))

白を知って辱を守ると、天下の谷のようになります。

(明るく剛健で恵み深い性質を持ち、高みにいながらも、いつかは枯れるかもしれないという気持ちで日々精進しながら、個々の道と根源では繋がっている道の根本である玄(げん)に帰り、思いやりや知恵のある人が道を見て思いやりや知恵を見出すように(『周易(しゅうえき:又は『易経(えききょう)』)』「繋辞伝(けいじでん)上」第五章)、自分の個性や長所に従って一つの大きな道(「道(みち)」)を見つめて、天下の人々が嫌うような身を低くした態度で過ごし、それでいて普通の世の中の人々を調整するように関わりあって、それを煩わしいと感じて世間を煩わせるようなことをしないのです。そのような人には天下にある雨水や山の水が流れ込む谷のような謙譲の徳を備える知恵と徳に優れた聖人になるのです。)

(第二十八章とは、少し本文が違っています。第二十八章では、知其白、守其黑、爲天下式(其(そ)の白(しろ)きを知りて、其(そ)の黒(黑)(くろ)きを守(まも)らば、天下(てんか)の式(のり)と為(爲)(な)る)」と、「知其榮、守其辱、爲天下谷(其の栄(榮)(さか)えるを知(し)りて、其(そ)の辱(じよく)を守(まも)らば、天下(てんか)の谷(たに)と為(爲)(な)る)」の二つになっています。今回は『荘子』の本文に即して訳しています。)

と。人が皆、人に先んじるようとする中で、自分一人が後を行こうとするのです。人が皆、実質的な所(物事自体)を取り、自分一人が虚(きょ:物事の根源である「道(みち)」)を取るのです。ですから物事自体を蓄えることは無く、(物事の根源である「道(みち)」を、個々の道を修める中で窺い知っているので、)物事が無くても余り有る状態となるということです。そうして自分一人だけ飛び抜けて余り有る状態になっているのです。

(「道(みち)」を窺い知ることによって、あらゆる物事を用いる時の大切なポイントが分かる、ということです。)

その道を身に付けて行う様子は、緩やかで自分の身を浪費することは無いのです(無理なく日々行うものだからです)。欲望から出たような余計なことはせず、すべきことをしっかりと行うのです。それでいて欲目を出して上手く行おうなどという技巧を笑うのです。

(その道からはみ出たような余計なことはしないのです。)

人は皆幸福を求めて、自分一人だけ、「曲がっていても完全である」、そんな「道(みち)」を身に付けようとしているのです。(第二十二章)

(水は自由に流れて行き、それでいて他の者は水を良く傷つけることが出来ません。水はどこへ行っても、それを碍げる物は何もないように、道(「道(みち)」)も(個々の道という形で)あらゆる分野、人で言えば武道や書道や詩歌、個々の職業、そんなものが無い人でも、毎日の生活をより良くするための工夫、等の様々な分野の中に存在し、その道を理解する際も、現実の中で対応していかなければならないことを理解し、その時々に合った形で道というものを行えるようにすれば、道の完全さを少しずつ行えるようになってくるという事なのです。)

ですから、

「少なくとも咎めを免れる」

(第四十六章(咎莫san.png於欲得(咎(とが)は得(え)んと欲(ほつ)するよりsan.png(いた)ましきは莫(な)し))より)

のです。

(この場合、利を求める気持ちから来る災難を免れて、後悔してその場を退いて自分を責めるようになることから来る「痛ましさ」を免れるということです。)

「道(みち)」の深い所(「道(みち)」の根源、玄(げん))を根本とし、自分の心の中にある優れた性質を養うようにして、自分の気持ちを堅固に結び付けることを筋道とするのです。(第二十七章)

(聖人の言葉を学ぶ際も、自分の徳を縛り付けるようにするのではなく、その言葉を学ぶための種を、自分の中の優れた性質という形で持っており、その自分の中の優れた性質を養うように学んでいく、そうすることで正しい気持ちを固く守ることが出来るのです。)


ですから、

「堅ければ壊れ、欲望に向かう鋭い気性の勢いは抑えられる」

と言うのです。

(堅強(けんきょう:果断で自分の思い通りに行おうとする)を戒め、周囲に謙った態度で接し、欲望に向かう鋭い気持ちを抑えるようにするのです。)

常に外部の物事に寛容で、不要な人を削るようなことをしないのです。道のこの上なく極まったものと言えるのです。関尹(かんいん:尹喜(いんき))と老耼(ろうたん:老子(ろうし))でしょうか。明確で詳細な道を身に付けて離れることの無い真人(しんじん:聖人(せいじん)の呼び名の一つ)というのは。


つまり、聖人が積むことが無いとは、個々の物事を詳細に用いるために個々の道があり、そしてそんな個々の道を修めていく中で、あらゆる物事の根本である、個々の道を総称したものに仮の名前を付けた「道(みち)」を窺い知っていく、そんな状況だからこそ、物事自体を蓄えることが無く、物事が無くても余り有る状況である、ということになります。「道(みち)」を窺い知ることによって、あらゆる物事を用いる時の大切なポイントが分かる、ということです。


後半部分を考えてみますと、まず、「既(ことごと)く以(もつ)て人(ひと)の爲(ため)にして、己(おのれ) 愈(いよいよ) 有(たも)つ」は、魏(ぎ)の王弼(おうひつ)の註釈には、次のように述べています。

■原文:

物所尊也。

■書き下し文:

物(もの)の尊(たふと)ぶ所(ところ)なり。

「尊(たふと)ぶ」の新仮名遣いは「尊(とうと)ぶ」

「物(もの)」はここでは人を指します。

■現代語訳:

人々の尊重する所なのです。


つまり、尽(ことごと)く人のために働くことによって、人に尊重されて、そうして自分というものを益々保つことが出来るという事です。

『荘子』外篇の「田子方(でんしほう)第十四」の一節から考えることが出来ます。次の一節です。

■原文:

肩吾問於孫叔敖曰、「子三爲令尹、而不榮華。三去之、而無憂色。吾始也疑子、今視子之鼻栩栩然。子之用心、獨柰何。」孫叔敖曰、「吾何以過人哉。吾以其來不可卻也。其去不可止也。吾以爲得失之非我也、而無憂色而已矣。我何以過人哉。且不知其在彼乎、其在我乎。其在彼邪、亡乎我。在我邪、亡乎彼。方將躊躇、方將四顧。何暇至乎。人貴人賤哉。」仲尼聞之曰、「古之眞人、知者不得接、美人不得濫、盗人不得劫。伏羲黃帝不得友。死生亦大矣、而無變乎己、況爵祿乎。若然者、其神經乎大山而無介。入乎淵泉而不濡、處卑細而不憊。充滿天地、既以與人、己愈有。」

■書き下し文:

肩吾(けんご) 孫叔敖(そんしゆくがう)に問(と)ひて曰(いは)く、

「子(し) 三(み)たび令尹(れいゐん)と爲(な)るも、榮華(えいくわ)とせず。三(み)たび之(これ)を去(さ)るも、憂色(いうしよく) 無(な)し。吾(われ) 始(はじ)めや子(し)を疑(うたが)ふも、今(いま) 子(し)の鼻(はな)を視(み)るや栩栩然(くくぜん)たり。子(し)の心(こころ)を用(もち)ゐること、獨(ひと)り柰何(いかん)。」

と。孫叔敖(そんしゆくがう) 曰(いは)く、

「吾(われ) 何(なん)ぞ以(もつ)て人(ひと)に過(す)ぎんや。吾(われ) 其(そ)の來(きた)るを以(もつ)て卻(しりぞ)くべからざるなり。吾(われ) 得失(とくしつ)の我(われ)に非(あら)ずと爲(な)すを以(もつ)てや、憂色(いうしよく) 無(な)きのみ。我(われ) 何(なん)ぞ以(もつ)て人(ひと)に過(す)ぎんや。且(か)つ其(そ)の彼(かれ)に在(あ)るか、其(そ)の我(われ)に在(あ)るかを知(し)らず。其(そ)の彼(かれ)に在(あ)るか、我(われ)を亡(うしな)ふ。我(われ)に在(あ)るか、彼(かれ)を亡(うしな)ふ。方將(まさ)に躊躇(ちうちよ)せんとし、方將(まさ)に四顧(しこ)せんとす。何(なん)ぞ至(いた)るに暇(いとま)あらんや。人(ひと) 貴(たふと)くして人(ひと) 賤(いや)しとせんや。」

と。仲尼(ちゆうぢ) 之(これ)を聞(き)きて曰(いは)く、

「古(いにしへ)の眞人(しんじん)、知者(ちしや)も説(と)くを得(え)ず、美人(びじん)も濫(みだ)すを得(え)ず、盗人(たうじん)も劫(おびや)かすを得(え)ず。伏羲(ふくき) 黃帝(くわうてい)も友(とも)とするを得(え)ず。死生(しせい) 亦(また) 大(だい)なり。而(しかう)して己(おのれ)を變(へん)ずること無(な)し。況(いはん)や爵祿(しやくろく)をや。然(しか)るが若(ごと)き者(もの)は、其(そ)の神(しん) 大山(たいざん)を經(ふ)るも介(かい)とする無(な)し。淵泉(ゑんせん)に入(い)るも濡(ぬ)れず、卑細(ひさい)に處(を)るも憊(つか)れず。天地(てんち)に充滿(じゆうまん)し、既(ことごと)く以(もつ)て人(ひと)の爲(ため)にす、己(おのれ) 愈(いよいよ) 有(たも)つ。」

と。

「柰」の新字体は「奈」、「來」の新字体は「来」、「卻」の新字体は「却」、「將」の新字体は「将」、「黃」の新字体は「黄」、「變」の新字体は「変」、「經」の新字体は「経」、「處」の新字体は「処」、「滿」の新字体は「満」
「敖(がう)」の新仮名遣いは「敖(ごう)」
「憂(いう)」の新仮名遣いは「憂(ゆう)」
「疑(うたが)ふ」の新仮名遣いは「疑(うたが)う」
「用(もち)ゐる」の新仮名遣いは「用(もち)いる」
「亡(うしな)ふ」の新仮名遣いは「亡(うしな)う」
「躊(ちう)」の新仮名遣いは「躊(ちゆう)」
「貴(たふと)く」の新仮名遣いは「貴(とうと)く」
「尼(ぢ)」の新仮名遣いは「尼(じ)」
「盗(たう)」の新仮名遣いは「盗(とう)」
「伏羲(ふくき)」の新仮名遣いは「伏羲(ふつき)」
「黃(くわう)」の新仮名遣いは「黃(こう)」
「況(いはん)や」の新仮名遣いは「況(いわん)や」
「淵(ゑん)」の新仮名遣いは「淵(えん)」
「處(を)る」の新仮名遣いは「處(を)る」

■現代語訳:

隠者の肩吾(けんご)が古代中国の春秋戦国(しゅんじゅうせんごく)時代の楚(そ)の国の令尹(れいいん:宰相(さいしょう))の孫叔敖(そんしゅくごう)に質問しました。

「あなたは三度、令尹(れいいん)になり、それを栄えて時めいたものだと考えていません。三度、令尹(れいいん)の地位を失っても、顔色に心配事も無い様子です。私は当初、あなたのことを疑っていましたが、今、あなたの鼻を見ると喜んでいる様子が窺えます。あなたの心の用いようは、あなた一人だけ、どのようなものなのでしょうか。」

と。すると孫叔敖(そんしゅくごう)は次のように答えました。

「私はどうしてそれで人を上回っていると言えるでしょうか。私は自分の身にやって来るものは退けることは出来ず、自分の身から去るものを止めることは出来ないのです。

(私にとっては、令尹(れいいん)の地位も、そうしたものと同じなのです。)

私は物事の得ることと失うこと(成功と失敗)が私の責任によるものでは無いとしていることで、顔色に心配事も無いのです。私はどうしてそれで人を上回っていると言えるのでしょうか。私は今まさに得意になって、今まさに高い所から四方を見下ろしているようです。

(遠く離れた天地の間を見晴るかすような気分なのです。)

どうしてそんな心境に至るのに、余計な暇があるでしょうか。人を貴いとしたり賤しいとしたりするものでしょうか。」

と。仲尼(ちゅうじ:孔子(こうし)の字(あざな:成人の時に付けられる名))はこれを聞いて言いました。

「昔の真人(しんじん;純粋で詳細な道を離れない人、聖人(せいじん)の呼び名の一つ)は、知恵ある人でさえもその様子を説くことは出来ず、美人もその心を乱すことは出来ず、盗人もその人を脅すことは出来ないのです。太古の帝王である伏羲(ふっき)や黄帝(こうてい)もその人を友人とすることは出来ないのです。死ぬか生きるかということは、同様に重大なことですが、それによって自分自身の気持ちを変えることが無いのです。ましてや爵位や俸禄などは、言うまでも無いことです。そのような人は、その心が大きな山を通っても妨げになることは無く、深い泉の淵に入っても濡れることは無く、卑しい状況にいても疲れることが無いのです。自分の道が広がって、その現れである徳が陰陽の気と於ぴったりと合い、天地(陽と陰の気の最も大きなもの)に充満していき、それでいて令尹(れいいん)の地位も自分の力で無いというほどに人にその功績を与えるからこそ、自分は益々功績を多くし、令尹(れいいん)の地位を保つことが出来たのです。」


つまり、孫叔敖(そんしゅくごう)は令尹(れいいん:宰相(さいしょう))という高い地位を得てもそれを自分の功績とはせず、他の人と功績を分かち合うからこそ、孫叔敖(そんしゅくごう)は益々功績を多くして、令尹(れいいん)の地位を保つことが出来たということです。

このことが、「既(ことごと)く以(もつ)て人(ひと)に予(あた)へて、己(おのれ) 愈(いよいよ) 多(おほ)し。」つまり「尽(ことごと)く人に与えることによって、自分の得られるものは益々多くなります。」ということの実例となります。

次です。

「天(てん)の道(みち)は、利(り)して害(がい)せず。」

「天(てん)の道(みち)」というのは、「道(みち)」のことです。

ここは、第三十五章、「往而不害(往(ゆ)きて害(がい)せず)」の部分を元に考えてみますと、

各々の個々の道というものは、聖人の言葉などの道理に従って、その聖人の言葉の中にある道理の意味を、自分の身の回りの具体的な状況を元に考え、それによって今の自分に活きた道理を理解していき、それによって具体的な状況に対処します。

もし昔の聖人などの道理がとても具体的に、「このときにこれをこうする」と書かれていることがあれば、その道理の好む所、嫌悪する所があればそれが役にたつ所と害になる所があるようになります。

(そうではなくて、)昔の聖人の言葉の道理が、千差万別の状況の中から考えることが出来、自分の具体的な状況に対処する際にその言葉を考えていって、具体的な対処法を考える中で好む所、嫌悪する所、つまり物事のメリットとデメリットを考え尽くすことによって、あらゆる物事に対して皆害を与えることが無くなるのです。

これは『大学』の南宋の朱熹の註釈である『大学章句(だいがくしょうく)』の「好而知其惡、惡而知其美者、天下鮮矣。(好(この)みて其(そ)の悪(惡)(あく)を知り、悪(惡)みて其(そ)の美(び)を知(し)る者(もの)は、天下(てんか)に鮮(すく)なし。)」「好きな人の嫌悪する点を知り、嫌悪している人の美点を知る人は、天下には少ないのです。」とあります。

そして、『孫子(そんし)』の「九変(きゅうへん)第八」の篇の一節には、「智者之慮、必雜於利害。(智者(ちしや)の慮(りよ)は、必(かなら)ず利害(りがい)を雑(雜)t(まじ)ふ。)」、つまり、「知恵ある人(リーダー)が物事を慮る時は、必ずメリットとデメリットの両方を勘案するのです。」とあります。

この両者はどちらも、嫌悪する点と美点、メリットとデメリットという形で、物事の両面を見るようにしているのです。

つまり、昔の聖人の言葉などの道理から、千差万別で具体的な状況に対処していく場合に、具体的な対処法のメリットとデメリットの両方を勘案していくことによって、多くの物事に対処しても傷つけることが無くなるということです。


次です。

「人(ひと)の道(みち)は、爲(な)して爭(あらそ)はず。」

「人之道」は魏(ぎ)の王弼(おうひつ)の本文には「聖人之道」とありますが、馬王堆帛書(ばおうたいはくしょ)の乙本には「人之道」となっていることから(甲本はこの部分が欠けています)、この乙本を元に改めています。

この部分は、人として履み行うべき道を示しています。その意味では、「聖人之道」と「人之道」の間に、大きな差は無いことになります。

この部分は、元(げん)の呉澄(ごちょう)の註釈には、次のように述べています。

■原文:

爲者、爭之端。有爲則必有爭。聖人之道、雖爲而不爭、以不爲而爲之、是以不爭也。

■書き下し文:


爲(な)すは、爭(あらそ)ひの端(はじ)めなり。爲(な)す有(あ)らば必(かなら)ず爭(あらそ)ふこと有(あ)り。聖人(せいじん)の道(みち)は、爲(な)すと雖(いへど)も爭(あらそ)はず。爲(な)さざるを以(もつ)て之(これ)を爲(な)す。是(ここ)を以(もつ)て爭(あらそ)はざるなり。

「爭(あらそ)ひ」の新仮名遣いは「爭(あらそ)い」
「爭(あらそ)ふ」の新仮名遣いは「爭(あらそ)う」
「雖(いへど)も」の新仮名遣いは「雖(いえど)も」

ここでは「無為(無爲)」ではなく「不為(不爲)」となっていますので、行動が制約された中で、余計なことを敢えてせずに、本当にするべきことだけを行うという意味になります。


■現代語訳:

何かを行うという事は、争いの始めなのです。

(公共事業にしても、その担い手の業者をどこにするかの争い、行った結果による利害の対立が生じるのです。)

何かを行えば、必ず争いというものがあるのです。知恵と徳に優れた聖人の行う道というものは、何かを行っても争うことが無いのです。つまり、争いを起こさない(又は争いを小さくする)ために自然に行動が制約された中で、余計なことを敢えてせずに、本当に行うべきことだけを行うのです。これによって争うことが無い、ということです。


つまり、争いを起こすようなこと(又は争いを大きくするようなこと)を敢えてせずに本当に行うべきことだけを行うことによって、それを行っても争うことが無い、ということです。


以上をまとめますと、次のような現代語訳になります。


●現代語訳:

真実の言葉というものは、華やかな彩りが無いのです。華やかで彩りがあるのは、真実の言葉では無いのです。

(ですから荘子(そうし)は内篇の「斉物論(せいぶつろん)第二」で、

「言葉は栄えて時めく中に隠れてしまう」

と言っているのは、つまりこのような意味なのです。)

(つまり、世の中の言葉の正しいもの、間違っているものというのは、その時々の栄えて時めく物事に従って成り立ってしまっているものなので、(真実の)言葉がそんな中に隠れてしまっている、ということです。)

(つまり、真実の言葉は、栄えて時めく言葉の中にある華やかな彩りが無く、そんな華やかな彩りの中にある言葉は、その時々の栄えて時めく物事に従って成り立ってしまっていて、そんな言葉は真実の言葉とは言えない、ということです。)


知恵ある人は広く学んではいないのです。広く学んでいる人は、知恵ある人とは言えないのです。

(知恵ある人は広く学んではいないのです。その要点を知る人は、多くすることを務めないのです。)

(『論語(ろんご)』で孔子(こうし)は「一(いち) 以(もつ)て之(これ)を貫(つらぬ)く」、つまり、「昔の聖人の言葉を自分の身の回りの具体的な物事から考え、その人その人に合った道理として理解出来、その具体的な物事は千差万別なように、物事は多くても、根本とする道理は一つなのです。」と言っています。)

(ですから、学ぶべきは聖人の言葉であり、その意味を、相手を思いやって行動する際の具体的な状況から考えていくと、その時々の自分の合った活きた道理が身に付いてくる、その積み重ねによって得られたものであり、物事を多く学んで得たわけでは無いと言っているのです。)

(つまり、知恵ある人は多くの物事をひたすら学ぶだけでは無く、聖人の言葉などの道理を学ぶのであり、その道理を自分の身の回りの具体的な状況から考えていく中で、その言葉の道理が今の自分に活きた形で理解できる、そのことが大切なのであって、多くのことを学ぶというだけでは知恵ある人とは言えないということです。)

(例えば、そのような聖人の言葉の一つである「忠恕(ちゅうじょ)」、つまり自分自身を修めて清らかになった心で人を思いやることについても同じなのです。人を思いやる際には行動が伴い、相手のためを思う状況は千差万別で、その気持ちに対応する聖人の言葉は、この場合は「忠恕(ちゅうじょ)」一つに決まるわけです。そこで、忠恕(ちゅうじょ)を行うために自分の身を修めて求める所を正しくし、その上で自分自身の心を見つめて、自分に求めない所を相手に求めない、という所を、自分の身の回りの具体的な状況から考えていくことで、その人の今の自分にとっての活きた道理となり、実際に相手を思いやる行動を取ることが出来る、ということです。)


善(よ)き者(もの)(「道(みち:個々の道を総称したものに付けた仮の名で、どんな個々の道でも大切にすべきポイント)」に従う人)は自分の身を失うようなことをしてまで財産を蓄えないのです(第四十四章)。自分の身を失うような事をしてまで財産を蓄える人は、善(よ)き者(もの)とは言えないのです。

(自分の身を大切にする、というのは、第十三章にあるように、我が身可愛さから責務を逃れるというのでは無くて、人を思いやり、その気持ちを国や天下まで押し広げて国を統治するための基礎となる自分の身を大切にするということです。)

(自分の身を大切にするとは財産を蓄えることでは無く、「樸(ぼく)」、材木になる前の生木のような、人が生まれ持った優れた性質、それを『大学』の「明徳(明德)(めいとく)を明(あき)らかにする」と同様に、つまり明徳(めいとく)、人の生まれ持った優れた性質を、明(あき)らかにする、つまり自分が取り組むべき道の修養によって更に磨きをかけて保っていくようにするのです。)

(そうして本当の意味で自分の身を大切に出来る人のことを「善(よ)き者(もの)」と呼んでいるのです。)

聖人(せいじん)は積み重ねることが無く、

(個々の道を詳細に用いるために個々の道があり、そしてそんな個々の道を修めていく中で、あらゆる物事の根本である、個々の道を総称したものに仮の名前を付けた「道(みち)」を窺い知っていく、そんな状況だからこそ、物事自体を蓄えることは無く、物事が無くても余り有る状況である、ということになります。「道(みち)」を窺い知ることによってあらゆる物事を用いる時の大切なポイントが分かる、ということです。)


尽(ことごと)く人のために働くことによって、自分というものを益々保つことが出来、

(尽(ことごと)く人のために働くことによって、人に尊重されて、そうして自分というものを益々保つことが出来る、ということです。)


尽(ことごと)く人に与えることによって、自分の得るものは益々多くなります。

(それは、古代中国の春秋戦国(しゅんじゅうせんごく)時代の楚(そ)の国の令尹(れいいん:宰相(さいしょう))であった孫叔敖(そんしゅくごう)は、令尹(れいいん)という高い地位を得てもそれを自分の功績とはせず、他の人と功績を分かち合うからこそ、孫叔敖(そんしゅくごう)は益々功績を多くして、令尹(れいいん)の地位を保つことが出来た、ということと同じなのです。)


「天の道」、つまり「道(みち)」というものは、利益を与えて害するということが無いのです。

(各々の個々の道というものは、聖人の言葉などの道理に従って、その聖人の言葉の中にある道理の意味を、自分の身の回りの具体的な状況を元に考え、それによって今の自分の活きた道理を理解していき、それによって具体的な状況に対処します。)

(もし昔の聖人などの道理がとても具体的に、「このときにこれをこうする」と書かれていることがあれば、その道理の好む所、嫌悪する所があればそれが役にたつ所と害になる所があるようになります。)

((そうではなくて、)昔の聖人の言葉の道理が、千差万別の状況から考えることが出来、自分の具体的な状況に対処する際にその言葉を考えていって、具体的な対処法を考える中で好む所、嫌悪する所、つまり物事のメリットとデメリットを考え尽くすことによって、あらゆる物事に対して皆害を与えることが無くなるのです。)

(つまり、昔の聖人の言葉などの道理から、千差万別で具体的な状況に対処していく場合に、具体的な対処法のメリットとデメリットの両方を勘案していくことによって、多くの物事に対処しても傷つけることが無くなるということです。)


人として履み行うべき道は、何かを行っても、争うことが無いのです。

(何かを行うということは、争いの始めなのです。)

(公共事業にしても、その担い手の業者をどこにするかの争い、行った結果による利害の対立が生じるのです。)

(何かを行えば、必ず争いというものがあるのです。知恵と徳に優れた聖人の行う道というものは、何かを行っても争うことが無いのです。つまり争いを起こさない(又は争いを小さくする)ために、自然に行動が制約された中で余計なことを敢えてせずに、本当に行うべきことだけを行うのです。これによって争うことが無い、ということです。)

(つまり、争いを起こすようなこと(又は争いを大きくするようなこと)を敢えてせずに本当に行うべきことだけを行うことによって、それを行っても争うことが無い、ということです。)


●まとめ:

今回は、『読老子』の第八十一章、つまり『老子』の第八十一章の翻訳と解説です。

この章では、

真実の言葉というものは、華やかな彩りが無く、そんな華やかな彩りの中にある言葉は、その時々の栄えて時めく物事に従って成り立ってしまっていて、そんな言葉は真実の言葉とは言えないことを述べ、

知恵ある人は多くの物事をひたすら学ぶのでは無く、聖人の言葉などの道理を学ぶのであり、その道理を自分の身の回りの具体的な状況から考えていく中で、その言葉の道理が今の自分に活きた形で理解できる、そのことが大切なのであって、多くのことを学ぶというだけでは知恵ある人とは言えないということを述べ、

その例として「忠恕(ちゅうじょ:自分の身を修めて清らかになった心で人を思いやる)」を挙げ、人を思いやる際には行動が伴い、相手のためを思う状況は千差万別で、その気持ちに対応する聖人の言葉は、この場合は「忠恕(ちゅうじょ)」一つに決まり、そこで忠恕(ちゅうじょ)を行うために自分の身を修めて求める所を正しくし、その上で自分自身の心を見つめて、自分に求めない所を相手に求めない、という所を、自分の身の回りの具体的な状況から考えていくことで、その人の今の自分にとっての活きた道理となり、実際に相手を思いやる行動を取ることが出来る、ということを述べ、

自分の身を失うようなことをしてまで財産を蓄えること無く、「樸(ぼく)」、材木になる前の生木のような、人が生まれ持った優れた性質を、自分が取り組むべき道の修養によって更に磨きをかけて保っていくようにして、本当の意味で自分の身を大切に出来る人のことを「善(よ)き者(もの)(「道(みち:個々の道を総称したものに付けた仮の名で、どんな個々の道でも大切にすべきポイント)」に従う人)」と呼んでいることを述べ、

個々の道を修めていく中で、あらゆる物事の根本である、個々の道を総称したものに仮の名前を付けた「道(みち)」を窺い知ることによって、あらゆる物事を用いる時の大切なポイントが分かる、ということを述べ、

尽(ことごと)く人のために働くことによって、人に尊重されて、そうして自分というものを益々保つことが出来ることを述べ、

古代中国の春秋戦国(しゅんじゅうせんごく)時代の楚(そ)の国の令尹(れいいん:宰相(さいしょう))であった孫叔敖(そんしゅくごう)は、令尹(れいいん)という高い地位を得てもそれを自分の功績とはせず、他の人と功績を分かち合うからこそ、孫叔敖(そんしゅくごう)は益々功績を多くして、令尹(れいいん)の地位を保つことが出来たように、尽(ことごと)く人に与えることによって、自分の得るものは益々多くなるということを述べ、

個々の道を行う際に、昔の聖人の言葉などの道理から、その聖人の言葉の中にある道理の意味を、自分の身の回りの具体的な状況、千差万別で具体的な状況を元に考え、それによって今の自分に活きた道理を理解していき、それによって具体的な状況に対処する時、具体的な対処法のメリットとデメリットの両方を勘案していくことによって、多くの物事に対処しても傷つけることが無くなることを述べ、

人として履み行うべき道は、何かを行っても、争うことが無い、ということであり、つまり、争いを起こすようなこと(又は争いを大きくするようなこと)を敢えてせずに、本当に行うべきことだけを行うことによって、それを行っても争うことが無いことを述べた章です。


聖人の言葉を学び、その言葉の道理の意味を今の自分の身の回りの具体的な状況から考えていき、そうして次第に今の自分に活きた道理として理解していく、このことは『論語(ろんご)』の「子張(しちょう)第十九」の「切問近思(せつもんきんし)」のように、つまり、経書の言葉の意味を自分の身の回りの具体的な状況から考えて、日々の生活の反省を経書の言葉を元に行う、というのと同じように、『老子』の中でもとても重要なこととして述べられていることが改めて分かりました。

これからの勉強の中でも、他の漢詩や漢文を学ぶ際にも、そして他の物事を学ぶ際にも、この点を大切にしていきます。療養が続く中で、しっかりと自分の勉強を進めていきます。八十一章、ようやく完了しました。ここまで読んで頂いた方々に、深く感謝いたします。体調に気を配りつつ、あと何年生きられるかは正直分かりませんが、これからもしっかりと頑張っていきます。


(読老子・第八十一章・了)


佐村 昌哉(筆名:白川 玄齋)

この記事へのコメント

  • 玄齋(佐村)

    この章で参照した、私の旧ブログのブログ記事の URL は、以下の通りです。
    旧ブログのアカウントは現在アクセスできなくなっていますので、放置しています。

    (第一章)

    ブログ記事:『老子』第一章の翻訳です - 玄齋詩歌日誌 - Yahoo!ブログ

    URL: http://blogs.yahoo.co.jp/syou_gensai/66025711.html
    2016年06月03日 08:53
  • 玄齋(佐村)

    この章で参照した、私の引っ越し前のブログ記事の URL は、以下の通りです。

    (第十三章)

    ブログ記事:(老子・第十三章)『老子』第十三章の翻訳と解説です(以前のブログの続きです) - 玄齋の書庫 - Yahoo!ブログ

    URL: http://blogs.yahoo.co.jp/samura_masaya/12831912.html


    (第二十二章)

    ブログ記事:(読老子・第二十二章・解説の(一))『読老子』第二十二章の翻訳と解説です(解説の(一)の部分です) - 玄齋の書庫 - Yahooo!ブログ

    URL: http://blogs.yahoo.co.jp/samura_masaya/13254370.html


    (第二十七章)

    ブログ記事:(読老子・第二十七章・解説の(五))『読老子』第二十七章の翻訳と解説です(解説の(五)の部分です) - 玄齋の書庫 - Yahoo!ブログ

    URL: http://blogs.yahoo.co.jp/samura_masaya/13320657.html


    (第二十八章)

    ブログ記事:(読老子・第二十八章)『読老子』第二十八章の翻訳と解説です。 - 玄齋の書庫 - Yahoo!ブログ

    URL: http://blogs.yahoo.co.jp/samura_masaya/12920676.html


    (第三十五章)

    ブログ記事:『読老子』第三十五章(その一) - 玄齋の書庫 - Yahoo!ブログ

    URL: http://blogs.yahoo.co.jp/samura_masaya/14000492.html


    (第四十四章)

    ブログ記事:『読老子』第四十四章(その一) - 玄齋の書庫 - Yahoo!ブログ

    URL: http://blogs.yahoo.co.jp/samura_masaya/14148521.html

    ブログ記事:『読老子』第四十四章(その二) - 玄齋の書庫 - Yahoo!ブログ

    URL: http://blogs.yahoo.co.jp/samura_masaya/14148538.html


    (第四十六章)

    ブログ記事:『読老子』第四十六章(その四) - 玄齋の書庫 - Yahoo!ブログ

    URL: http://blogs.yahoo.co.jp/samura_masaya/14170697.html
    2016年06月03日 08:54
  • 美舟

    ヤフーではうまく掲載されなかったようでしたよね。
    こちらのブログでは順調に掲載されてるようで良かったです。
    最近ではヤフーブログは不具合が多く、いざ掲載しようとすると繋がらなかったりとか写真が掲載されなかったりとか、とにかく昔以上に多いですね。
    私もグーの方に移動してそういうのがなくなりとっても便利になりました。
    玄齋様もこれからもスムーズなブログ掲載ができたら良いですよね。
    このような素晴らしい発表なのですもの!
    大変勉強になっております。
    これからもブログやFacebook、楽しみにしております。
    2016年06月03日 17:40
  • 玄齋(佐村)

    > 美舟さん

    こんばんは。温かいコメントをありがとうございます。

    美舟さんと泥舟さんのブログもヤフーでの不具合があったのですね。
    私も原因不明のエラーが出ることが、
    特に長文の記事で出ることがありますので、
    思い切ってブログを替えてみました。

    こちらは文字数も多くて快適です。
    これからもスムーズにブログをアップしていけるといいなと思います。
    もう少し掘り下げたい問題に取り組みながら、
    漢詩もしっかりと作っていきます。
    療養と諸々を行いながらしっかりと頑張っていきます。

    美舟さんも良い金曜日の夜をお過ごし下さい。
    2016年06月03日 21:54
  • 泥舟

    私たちもどこに移籍据えるべきか悩みまして gooにしました。
    yahooの悪口を言う訳ではないですが
    簡単なシステムなだけに悪質なことをされやすく
    ブログ人口が多い割にシステム管理が追いついてなく
    しょっちゅう不具合が発生。 あれではどうかと思いますね。
    文字数制限もありますし。
     seesaaも安定していますね。

    体調第一に 漢詩 漢文 楽しまれてくださいね。
    2016年06月05日 16:10
  • 玄齋(佐村)

    > 泥舟さん

    こんにちは。温かいコメントをありがとうございます。
    コメントの返事が遅れてすみません。

    泥舟さんと美舟さんのブログは絵と書ですから、
    より神経を使う部分も多いことと思います。
    ブログ上での工夫が各処にされていていいなと思います。

    私も安定しているブログでしっかりと更新をしていこうと思います。
    泥舟さんも体調に気を付けてお過ごし下さい。
    私も天候の変化が激しい中で、療養しながら頑張っていきます。

    泥舟さんも良い火曜日の一日をお過ごし下さい。
    2016年06月07日 11:29