填詞「病中苦吟(倣浣渓沙)」

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●原文:

 病中苦吟(倣浣溪沙)  玄齋 佐村 昌哉  大阪市

酷暑淋漓汗自流,煩襟困熱凝吟眸,乾坤顚倒案無由。

 ●

意義尋思心底得,研磨記憶夢中求,一詞纔綴使吾休。

(四句目(後半一句目)以外は、下平声十一尤の韻目(いんもく:同じ韻の文字のグループ)で押韻しています。)


●書き下し文:

 題:「病中(びやうちゆう) 苦吟(くぎん)(浣溪沙(くわんけいさ)に倣(なら)ふ)」

酷暑(こくしよ) 淋漓(りんり)として汗(あせ) 自(おのづか)ら流(なが)れ,
煩襟(はんきん) 熱(ねつ)に困(くる)しみて吟眸(ぎんぼう)を凝(こ)らし,
乾坤(けんこん) 顚倒(てんたう)して案(あん)ずるに由(よし) 無(な)し。

 ●

意義(いぎ) 尋思(じんし)して心底(しんてい)に得(え)て,
研磨(けんま)の記憶(きおく) 夢中(むちゆう)に求(もと)め,
一詞(いつし) 纔(わづ)かに綴(つづ)りて吾(われ)をして休(やす)ましむ。

「溪」の新字体は「渓」、「顚」の新字体は「顛」、「邊」の新字体は「辺」
「病(びやう)」の新仮名遣いは「病(びよう)」
「浣(くわん)」の新仮名遣いは「浣(かん)」
「倣(なら)ふ」の新仮名遣いは「倣(なら)う」
「自(おのづか)ら」の新仮名遣いは「自(おのずか)ら」
「倒(たう)」の新仮名遣いは「倒(とう)」
「纔(わづ)かに」の新仮名遣いは「纔(わず)かに」

●現代語訳:

 題:「宮廷歌謡の填詞(てんし)の浣渓沙(かんけいさ)を、『病気の中で苦心して詞(し:填詞(てんし))を作る』という題で詠みました」

 ひどい暑さで、滴るような汗が自然に流れ、

 心配する気持ちで発熱に苦しみながら、詩人の瞳(ひとみ)を凝らしていました。

 天地がひっくり返るような状態で、詞(し:填詞(てんし))を考えるのに手立てが無いようでした。

 ●

 物事の意味をあれこれと思い巡らせて、その意味を自分の胸の内から得て、

 深く研究をした記憶を、夢の中に求めていました。

(夢は起きていた時の脳の記憶を整理する働きがあるからです。)

 一つの詞(し:填詞(てんし))をほんの少し綴って、私自身を休ませようとしていました。


●語注:

※酷暑(こくしよ)(小書き文字を使うと「こくしょ」):ひどい暑さのことです。

※淋漓(りんり):「水・あせ・血などのしたたるさま。」(『新字源』P592)

※煩襟(はんきん):「シンパイノココロ」(『詩語完備 – だれにもできる漢詩の作り方』呂山 太刀掛重男著、呂山詩書刊行會、平成二年発行、P108)

※吟眸(ぎんぼう):詩人の瞳(ひとみ)のことです。

※乾坤(けんこん):天地のことです。

※顛倒(顚倒)(てんとう(てんたう)):転倒(轉倒)(てんとう(てんたう))と同じ意味で、「ひっくりかえる。ひっくりかえす。」(『新字源』P982)という意味になります。

※意義(いぎ):「ことのわけ。意味。重要性。」(『新字源』P379)

※尋思(じんし):「いろいろと思いをめぐらす。」(『新字源』P288)

※心底(しんてい):胸の内のことです。「心地(しんち)」(『新字源』P357)と同じ意味です。(五句目の「中」と対句にするために、「底」を採用しました。)

※研磨(けんま):「深く研究する。」(『新字源』P709)


●解説:

今回は、宮廷歌謡の替え歌である填詞(てんし)の浣渓沙(かんけいさ)を、「病気の中で苦心して詞(し:填詞(てんし))を詠む」という題で詠みました。

 具体的な描写は避けますが、治療の中で発熱をして、とても危ない状況になったことがあります。そんな中で漢詩や填詞(てんし)の詩句を考えるとどうなっていたか、ということを思い返していました。

 記憶の中で覚えているのは天地がひっくり返ったようにぐるぐる回る状況、目の前にノイズが走って何も見えない状況でした。そんな中では、漢詩や填詞(てんし)の詩句を作る時にもほんの数文字を綴るだけで、ほとんど句としての体裁を保っていない状態でした。

 本当に漢詩を作る状況になるには、もう少し回復して、ほんの少しでも穏やかに過ごせるようになった時でした。そんな時には辞書を見ながら適切な句を作ることが出来ました。

 夏目漱石の『思い出す事など』に載っているように、闘病中のことを後でまとめた古詩(とんでもない古詩です。『漱石詩注(そうせきしちゅう)』に詳しい解説があります。)を作った所などを読みますと、本当に苦しい時には詩句が出て来ることは無く、少し回復してきたころにその時のことを思い返して詩句が出来るのだということを改めて思い返すことが出来ます。

今は比較的体調良く過ごすことが出来ていますので、自宅でも油断をすること無く治療をしていって、その上でしっかりと努力を重ねていきます。


●付録:

『龍楡生詞学四種 – 唐宋詞格律』P14と、『欽定詞譜』のWeb サイト< http://blankego.github.io/LyricPatterns/ >の「浣溪沙」を検索したページ(URLは同じです。リンクを防ぐために、「:(コロン)」は全角にしています。)(アクセス日:平成二十八年七月二十六日)より、浣溪沙(かんけいさ)の詞譜(しふ:又は詞牌(しはい))という填詞(てんし)の譜面は、次のようになっています。

○:平声(ひょうしょう)
●:仄声(そくしょう)
△:平声(ひょうしょう)が基本ですが仄声(そくしょう)でも可
▲:仄声(そくしょう)が基本ですが平声(ひょうしょう)でも可
□:平声(ひょうしょう)の押韻

▲●△○△●□,▲○△●●○□,△○▲●●○□。

 ●

△●▲○○●●,▲○△●●○□,▲○△●●○□。

後半の一句目と二句目は、語呂合わせの句である対句(ついく)である必要があり、平声(ひょうしょう)でも仄声(そくしょう)でも可である場合も、二文字目と四文字目が孤平(こひょう:平声(ひょうしょう)一文字が仄声(そくしょう)に挟まれる形)にならないように気を付ける必要があります。


佐村 昌哉(筆名:白川 玄齋)

この記事へのコメント

  • 美舟

    大変だったのですね。
    お作品やお記事を拝見して、私まで辛くなってしまいました。
    現在は比較的ご体調が良いとのこと。
    くれぐれもご自愛下さいませ。
    そして素晴らしいお作品を発表して下さいませね。
    これからもずっと楽しみにしています!
    2016年07月27日 00:45
  • 泥舟

    私も同意見。
    本当に苦しい時に作る意欲など湧きません。
    漢詩でなくても絵でも書でも一緒ですね。
    そして 少し回復した時に思い起こす、これは大切ですね。
    私も箇条書きでも描いておくこともありました。
    体調が良いことは幸せだと痛感しております^^
    2016年07月28日 23:40
  • 佐村 昌哉(筆名:白川 玄齋)

    > 美舟さん

    こんばんは。温かいコメントをありがとうございます。
    病気の苦しい最中は本当に厳しいものですが、
    回復してくると結構落ち着いて過ごしていますので、

    アランの『人生論』にもある通り、病気は苦しんでいる当人よりも、
    周囲の人の方が苦しみが大きいのだとあります。こういう所には、
    普段病人として過ごしていく中にも気を付けていくべきことだと、
    改めてそう思いました。

    体調良く過ごして、心を落ち着けて過ごすこと、
    そして何より周囲に気を遣わせるだけでは無く、
    周囲にきちんと気を遣うことの出来るようにして過ごしていけるように、
    自宅で治療を続けながら頑張っていきます。

    美舟さんも良い金曜日の夜をお過ごし下さい。
    2016年07月29日 21:16
  • 佐村 昌哉(筆名:白川 玄齋)

    > 泥舟さん

    こんばんは。温かいコメントをありがとうございます。
    泥舟さんの療養生活の中でのコメントも、私の身に沁みてきます。
    少し回復した時に落ち着いて思い起こす、その時の手掛かりが、
    苦しい中で辛うじてしていた読書でした。

    発売されて間もない『淮南子』の講談社学術文庫から出ていた
    翻訳と解説の本、一節だけ特に理解して漢詩にする、
    そんな時もありました。その時の工夫が今の勉強にも
    繋がっていると思うと、とても感慨深いです。

    はい。体調が少しでも良いというのは幸せなことだと最近特に思います。
    泥舟さんも引き続きより回復されることを深く願っています。
    私もしっかりと治療を続けながら頑張っていきます。

    泥舟さんも良い金曜日の夜をお過ごし下さい。
    2016年07月29日 21:23