漢詩「重陽即事」(五言排律)

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●原文:

 重陽卽事  玄齋 佐村 昌哉  大阪市

重 九 涼 秋 節  風 連 夕 照 沈

永 康 望 應 切  長 壽 願 當 深

黃 菊 羣 生 彩  冰 輪 半 鏡 陰

汎 花 酒 多 酌  綴 紙 句 朗 吟

醉 漢 東 籬 樂  歸 鴉 西 昊 森

漸 殊 先 後 景  相 共 古 今 心


●書き下し文:

 題:「重陽(ちやうやう) 卽事(そくじ)」

重九(ちやうきう) 涼秋(りやうしう)の節(せつ)
風(かぜ) 連(つら)なりて夕照(せきせう) 沈(しづ)む

永康(えいかう) 望(のぞ)み應(まさ)に切(せつ)なるべくして
長壽(ちやうじゆ) 願(ねが)ひ當(まさ)に深(ふか)かるべし

黃菊(くわうぎく) 羣生(ぐんせい)の彩(いろど)り
冰輪(ひようりん) 半鏡(はんきやう)の陰(かげ)

花(はな)を汎(うか)べて酒(さけ) 多(おほ)く酌(く)み
紙(かみ)に綴(つづ)りて句(く) 朗(たか)らかに吟(ぎん)ず

醉漢(すいかん) 東籬(とうり)の樂(たの)しみ
歸鴉(きあ) 西昊(せいかう) 森(しん)たり

漸(やうや)く殊(こと)にす先後(せんご)の景(けい)
相(あい) 共(とも)にす古今(ここん)の心(こころ)

「卽」の新字体は「即」、「應」の新字体は「応」、「壽」の新字体は「寿」、「當」の新字体は「当」、「黃」の新字体は「黄」、「羣」の新字体「群」、「冰」の新字体は「氷」、「淸」の新字体は「清」、「醉」の新字体は「酔」、「樂」の新字体は「楽」、「歸」の新字体は「帰」
「重(ちやう)」の新仮名遣いは「重(ちよう)」
「陽(やう)」の新仮名遣いは「陽(よう)」
「九(きう)」の新仮名遣いは「九(きゆう)」
「涼(りやう)」の新仮名遣いは「涼(りよう)」
「秋(しう)」の新仮名遣いは「秋(しゆう)」
「照(せう)」の新仮名遣いは「照(しよう)」
「沈(しづ)む」の新仮名遣いは「沈(しず)む」
「康(かう)」の新仮名遣いは「康(こう)」
「長(ちやう)」の新仮名遣いは「長(ちよう)」
「願(ねが)ひ」の新仮名遣いは「願(ねが)い」
「黃(くわう)」の新仮名遣いは「黃(こう)」
「鏡(きやう)」の新仮名遣いは「鏡(きよう)」
「昊(かう)」の新仮名遣いは「昊(こう)」
「漸(やうや)く」の新仮名遣いは「漸(ようや)く」
「相(あひ)」の新仮名遣いは「相(あい)」


●現代語訳:

 題:「陰暦九月九日の重陽(ちょうよう)の節句のその場の事を漢詩に詠みました」

陰暦九月九日の重陽(ちょうよう)の節句は寂しい秋の季節であり、
風は続いて吹いていて、照り返した夕日が沈む所でした。

 永久に安らかであるようにとの望みはまさしく切実なものであり、
 長生きできるようにとの願いはまさしく深いものでした。

 黄色い菊の花が群がり生える美しい彩りがあり、
 氷の輪のような、半分に割れた鏡のような月の光がありました。

 菊の花を浮かべて酒を多く酌み、
 紙に綴って詩句を声高らかに歌っていました。

 酔っ払いが東の垣根で楽しんでいて、
ねぐらへ帰るカラスが西の空を飛んで静かになっていました。

 この重陽の節句の前と後とでは、次第に風景を異なるものにして、
 昔と今の心を、お互いに共にしていました。


●語注:

※重陽(ちようよう(ちやうやう))(小書き文字を使うと「ちょうよう」):「陰暦九月九日。この日、高いおかなどに登り茱茰〔しゅゆ:かわはじかみ〕の実を頭にさしはさむと邪気をはらうとされた。九は陽の数で、九が重なるから重陽〔ちょうよう〕という。菊の節句。」(『新字源』P1032)

※即事(卽事)(そくじ):「その場の事を詠じた詩」(『新字源』P147)

※重九(ちようきゆう(ちやうきう))(小書き文字を使うと「ちょうきゅう」):前述の「重陽(ちょうよう)」の別名です。

※涼秋(りようしゆう(りやうしう))(小書き文字を使うと「りょうしゅう」):「さびしい秋。」(『新字源』P592)

※夕照(せきしよう(せきせう))(小書き文字を使うと「せきしょう」):「夕日の照り返し。」(『新字源』P233)

※永康(えいこう(えいかう)):「永久に安らか。」(『新字源』P556)

※長寿(長壽)(ちようじゆ(ちやうじゆ))(小書き文字を使うと「ちょうじゅ」):「寿命が長いこと。長生き、長命。」(『新字源』P1054)

※群生(羣生)(ぐんせい):「群がりはえる。」(『新字源』P800)

※氷輪(冰輪)(ひようりん)(小書き文字を使うと「ひょうりん」):「月の別名。」(『新字源』P556)

※半鏡(はんきよう(はんきやう)):「半片破鏡。」(Web サイト『搜韻(そういん)』の「典故(てんこ)、詞彙(しい)」の「半鏡」の検索結果< http://sou-yun.com/QueryAllusion.aspx >(リンクを防止するため、「:(コロン)」は全角にしています。)(アクセス日:平成二十八年九月十日(土)))、つまり、「半分に割れた鏡」のことです。

※朗吟(ろうぎん(らうぎん))(朗(たか)らかに吟(ぎん)ず):「声高らかに歌う。」(『新字源』P482)

※東籬(とうり):「東のまがき〔垣根〕。『東籬〔とうり〕の君子〔くんし〕』は、菊のこと。」(『新字源』P495)、更に、この言葉は東晋(とうしん)の詩人である陶淵明(とうえんめい)の「飲酒(いんしゅ)」という二十首の漢詩の「其五(其(そ)の五(ご))」に、

 陶淵明集・卷三・飮酒・其五
結廬在人境  廬(いほり)を結(むす)びて人境(じんきやう)に在(あ)り
而無車馬喧  而(しかう)して車馬(しやば)の喧(けん)なる無(な)し
問君何能爾  君(きみ)に問(と)ふ何(なん)ぞ能(よ)く爾(なんぢ)ならんや
心遠地自偏  心(こころ) 遠(とほ)ければ地(ち) 自(おのづか)ら偏(かたよ)る
采菊東籬下  菊(きく)を采(と)る東籬(とうり)の下(もと)
悠然見南山  悠然(いうぜん)として南山(なんざん)を見(み)る
山氣日夕佳  山氣(さんき) 日夕(につせき) 佳(よ)く
飛鳥相與還  飛鳥(ひてう) 相(あひ) 與(とも)に還(かへ)る
此中有眞意  此(こ)の中(うち) 眞意(しんい) 有(あ)り
欲辯已忘言  辯(べん)ぜんと欲(ほつ)して已(すで)に言(げん)を忘(わす)れたり

「氣」の新字体は「気」、「與」の新字体は「与」、「眞」の新字体は「真」、「辯」の新字体は「弁」
「廬(いほり)」の新仮名遣いは「廬(いおり)」
「境(きやう)」の新仮名遣いは「境(きよう)」
「而(しかう)して」の新仮名遣いは「而(しこう)して」
「爾(なんぢ)」の新仮名遣いは「爾(なんじ)」
「遠(とほ)ければ」の新仮名遣いは「遠(とお)ければ」
「悠(いう)」の新仮名遣いは「悠(ゆう)」
「鳥(てう)」の新仮名遣いは「鳥(ちよう)」
「還(かへ)る」の新仮名遣いは「還(かえ)る」

(現代語訳)題:「酒を飲む時の心境を漢詩に詠みました」

廬を構えて人の住んでいる所にいて、
そこでは馬車のやかましい音は聞こえることがありません。

 君(淵明)にお聞きします、「どうしてよく俺お前の親しい間柄になるでしょうか。」
 心が遠く離れていれば、お互いに土地も自然に遠く離れたものになってしまいます。

(そもそも親しい間柄になるのは難しいのです。)

菊を摘み取る東の垣根の元で、
ゆったりした気持ちで南山(なんざん:廬山(ろざん))を見るのです。

 山の空気は一日中良く、
飛ぶ鳥はお互いに連れ立ってねぐらへ帰るのです。

 この中に本当の意味(道理)が隠されているのです。
それらを解き明かしていこうと思いましたが、既にその言葉を忘れてしまいました。

(もしそれでも解き明かすとすれば、私は今、変わらない天体の動きを元に日々を過ごし、日々の変わらない暮らしの中に純樸(じゅんぼく)な道が存在する、そんな世界に住んでいるのです。今の世の中では、自分が取り組むべき道に専一に取り組んで、それによって自分自身の生まれつきの優れた性質に磨きをかけて保っていくことが大切になります。私は前者の生活に、本当に大切なものがあるのでは、そう思っています。)

※人境(じんきよう(じんきやう))(小書き文字を使うと「じんきょう」):「人の住んでいる所。」(『新字源』P39)

(※「飲酒・其五」の三句目の「爾(なんじ(なんぢ))」は「爾汝之交(じじよのこう(じじよのかう))(小書き文字を使うと「じじょのこう」)」、つまり、「たがいに、きみとよべるような親しい交際。きみぼくの仲。おれおまえのあいだがら。」(『新字源』P632)を示します。)

※南山(なんざん):「南の方角にある山。」(『新字源』P632)とあり、廬山(ろざん)を指します(岩波文庫『陶淵明全集(上)』P209、平成二年より)。廬山(ろざん)とは、「山名。在江西省九江市南,聳立於鄱陽湖、長江之濱。又名匡山、匡廬。」(『漢語大詞典(かんごだいしてん)』(Web サイト『搜韻(そういん)』の「典故(てんこ)、詞彙(しい)」の「廬山」の検索結果< http://sou-yun.com/QueryAllusion.aspx >(リンクを防止するため、「:(コロン)」は全角にしています)(アクセス日:平成二十八年九月十日(土))))、つまり、「山の名前。江西省九江市の南にあり、鄱陽湖〔はようこ〕と長江の水辺に沿って聳え立っています。またの名を匡山〔きょうざん〕、匡廬〔きょうろ〕と言います。」ということです。

※帰鴉(歸鴉)(きあ):ねぐらへ帰るカラスのことです。

※西昊(せいこう(せいかう)):西の空のことです

※森(しん):静かなことです。

※先後(せんご):「時間または場所のさきとあと。」(『新字源』P87)

※古今(ここん):「むかしと今。今古〔きんこ〕。」(『新字源』P160)


●解説:

 今回は旧暦の九月九日の重陽(ちょうよう)の節句のその場の出来事を、五言排律の漢詩に詠みました。ちなみに、旧暦の九月九日は新暦では今年は十月九日(日)になります。

重陽(ちょうよう)の節句の夕暮れに永遠に安らかになるように、長生きが出来るようにと切実に願い、群がり生えている菊の花と半月の美しい姿を眺め、菊の花をお酒に浮かべて酌み、詩句を声高らかに歌い、東の垣根で酔っ払って楽しみ、ねぐらへ帰るカラスが西の空を飛んでいるのを見て、重陽(ちょうよう)の節句から次第に風景が晩秋の紅葉の時期へと近づいていく、そんな中で、昔の人と同じ気持ちを持って、この時期を過ごしていることを実感する、そんな情景を漢詩にしていました。

 安らかに長生きをする、どんな方にも切実な願いだと思います。私もこの時期になれば祈りの気持ちを捧げながら、体調に気を付けて頑張っていきます。漢詩では毎年同じような詩題を詠むことになりますので、毎年同じ題を詠む分だけ進歩していけるように頑張っていきます。


佐村 昌哉(筆名:白川 玄齋)

この記事へのコメント

  • 泥舟

    人生 安らかにが一番ですが
    実際は波乱万丈なことが多いです
    ゆえに面白く また苦しいのでしょうけども
    この世が天国であり地獄である と
    聞いたことがあります
    こんな漢詩のような美しい世界で 人生を楽しみたい
    ものですね
    2016年09月10日 21:52
  • 佐村 昌哉(筆名:白川 玄齋)

    >泥舟さん

    こんばんは。温かいコメントをありがとうございます。

    はい。人生は安らかなことが少ないですね。
    少しでもこの世が地獄から天国に見えるようになるといいなと思います。
    菊酒を飲んで漢詩を詠んで、こんな昔の詩人のような風にして、
    季節の移り変わりを味わうようになるといいなと思います。
    人生を少しでも楽しんでいけるように頑張っていきます。
    普段の日々も少しでも明るく過ごせるといいなと思います。

    泥舟さんも良い土曜日の夜をお過ごし下さい。
    2016年09月10日 22:24