填詞「水龍吟(中秋即事)」

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●原文:

 水龍吟(中秋卽事)  玄齋 佐村 昌哉  大阪市

 風彊積雨中秋,雲多未見嬋娟月。颱風猛襲,幾重來往,天災如罰。今日曇天,雲閒僅覘,金盆唐突。聽空階蟲韻,水田禾熟,半空影,洿池越。

 ●

 收穫將迎故里。漸安心、農夫顏矣。茲供祭奠,大斟淸酒,髙歌無止。平素琴聲,古來蕭索,今聞欣喜。正詩人本領,詠懷月下,捧斯詞爾。


●書き下し文:

 題:「水龍吟(すいりゆうぎん)(中秋(ちゆうしう) 卽事(そくじ))」

 風(かぜ) 彊(つよ)き積雨(せきう)の中秋(ちゆうしう),
 雲(くも) 多(おほ)くして未(いま)だ見(み)ず嬋娟(せんけん)の月(つき)を。

 颱風(たいふう)の猛襲(まうしふ),
 幾重(いくへ)にも來往(らいわう)し,
 天災(てんさい) 罰(ばつ)なるが如(ごと)し。

 今日(こんにち)の曇天(どんてん),
 雲閒(うんかん) 僅(わづ)かに覘(うかが)ひて,
 金盆(きんぼん) 唐突(たうとつ)なり。

 空階(くうかい)の蟲韻(ちゆうゐん)を聽(き)きて,
 水田(すいでん) 禾(いね) 熟(じゆく)し,
 半空(はんくう)の影(かげ),
 洿池(をち) 越(こ)ゆ。

  ●

 収穫(しうくわく) 將(まさ)に迎(むか)へんとする故里(こり)。

 漸(やうや)く安心(あんしん)す、
 農夫(のうふ)の顏(かほ)なり。

 茲(ここ)に祭奠(さいてん)を供(そな)へ,
 大(おほ)いに淸酒(せいしゆ)を斟(く)み,
 髙歌(かうか) 止(や)むこと無(な)し。

 平素(へいそ)の琴聲(きんせい),
 古來(こらい) 蕭索(せうさく)たるも,
 今(いま)は欣喜(きんき)に聞(き)こゆ。

 正(まさ)に詩人(しじん)の本領(ほんりやう),
 月下(げつか)に詠懷(えいくわい)し,
 斯(こ)の詞(し)を捧(ささ)ぐるのみ。

「卽」の新字体は「即」、「彊」の新字体は「強」、「晴」の新字体は「晴」、「淸」の新字体は「清」、「來」の新字体は「来」、「閒」の新字体は「間」、「聽」の新字体は「聴」、「收」の新字体は「収」、「將」の新字体は「将」、「顏」の新字体は「顔」、「髙」の新字体は「高」、「聲」の新字体は「声」、「懷」の新字体は「懐」
「秋(しう)」の新仮名遣いは「秋(しゆう)」
「多(おほ)く」の新仮名遣いは「多(おお)く」
「猛(まう)」の新仮名遣いは「猛(もう)」
「襲(しふ)」の新仮名遣いは「襲(しゆう)」
「幾重(いくへ)」の新仮名遣いは「幾重(いくえ)」
「往(わう)」の新仮名遣いは「往(おう)」
「僅(わづ)か」の新仮名遣いは「僅(わず)か」
「覘(うかが)ひて」の新仮名遣いは「覘(うかが)いて」
「唐(たう)」の新仮名遣いは「唐(とう)」
「韻(ゐん)」の新仮名遣いは「韻(いん)」
「洿(を)」の新仮名遣いは「洿(お)」
「收(しう)」の新仮名遣いは「收(しゆう)」
「穫(くわく)」の新仮名遣いは「穫(かく)」
「迎(むか)へんと」の新仮名遣いは「迎(むか)えんと」
「漸(やうや)く」の新仮名遣いは「漸(ようや)く」
「顏(かほ)」の新仮名遣いは「顏(かお)」
「供(そな)へ」の新仮名遣いは「供(そな)え」
「大(おほ)いに」の新仮名遣いは「大(おお)いに」
「髙(かう)」の新仮名遣いは「髙(こう)」
「蕭(せう)」の新仮名遣いは「蕭(しよう)」
「領(りやう)」の新仮名遣いは「領(りよう)」
「懷(くわい)」の新仮名遣いは「懷(かい)」


●現代語訳:

 題:「陰暦八月十五日の中秋の日のその場の事を、宮廷歌謡の替え歌である填詞(てんし)の詩譜(しふ:又は詞牌(しはい))という譜面の一つ、水龍吟(すいりゅうぎん)に基づいて詠みました」

 風が強く吹く長雨の中秋(陰暦八月十五日)の日、
(陰暦八月十五日は、新暦では今年は九月十五日(木)です。)
 雲が多くて、まだ上品で美しい月を見ることがありませんでした。

 台風の猛烈な襲撃は、
 何度も行き来して、
 この自然に起る災いは、まるで天の神が降す災いのようでした。

 今日の曇り空では、
 雲の間から僅かに窺い見るようにして、
 金のお盆のような満月が突然に現れ出て来ていました。

 人気(ひとけ)の無い階段の虫の鳴き声を聴いていて、
 水田の稲は熟し、
 空の真ん中の影(ここでは月の光)は、
 溜め池を越えて行きました。

  ●

 郷里では、今まさに収穫の時期を迎えようとする所でした。

 次第に安らかな心になるのが、
 農夫の表情に出ていました。

 ここに祭りの供え物を供えて、
 大いに清酒を酌んで、
 声高らかに歌うことが止むことはありませんでした。

 普段の琴の音は、
 昔から今に至るまで、物寂しいものですが、
 今は非常に喜んでいるように聞こえるのです。

 これはまさしく、特に詩人だけにある本来の性質なのです。
 月の下で思いを詞(填詞(てんし))に表し、
 この詞(填詞(てんし))を捧げるだけです。


●語注:

(※以下、『新字源』は平成六年(1994年)発行の改訂版を引用しています。)

※中秋(ちゆうしゆう(ちゆうしう))(小書き文字を使うと「ちゅうしゅう」):「秋のまんなか。陰暦八月十五日。」(『新字源』P21)

※即事(卽事)(そくじ):「その場の事を詠じた詩。」(『新字源』P147)

※積雨(せきう):「ながあめ。」(『新字源』P737)

※嬋娟(=嬋姸)(せんけん):あでやかで美しいさま。上品で美しい。」(『新字源』P263)

※颱風(たいふう):「たいふう(台風)。夏から秋にかけて、南方からおそってくる暴風。英語typhoonの音訳。」(『新字源』P1112の「颱(たい)」の字の部分)

※猛襲(もうしゆう(まうしふ))(小書き文字を使うと「もうしゅう」):「激しく襲いかかること。猛烈な襲撃。」(Web サイト『goo国語辞書』の「猛襲」の検索結果< http://dictionary.goo.ne.jp/jn/218547/meaning/m0u/%E7%8C%9B%E8%A5%B2/ >(アクセス日:平成二十八年九月十七日(土)))

※天災(=天菑)(てんさい):「自然に起る災い。天の神が降すと考えて天災という。」(『新字源』P292)

※金盆(きんぼん):「比喩太陽或圓月。」(『漢語大詞典』(Web サイト『搜韻(そういん)』の「典故(てんこ)・詞彙(しい)」の「金盆」の検索結果< http://sou-yun.com/QueryAllusion.aspx >(リンクを防止するため、「:(コロン)」は全角にしています。)(アクセス日:平成二十八年九月十七日(土))))、つまり、「太陽あるいは満月の比喩」のことです。

※円月(圓月)(えんげつ(ゑんげつ)):「滿月。」(Web サイト『漢典』の「圓月」の検索結果< http://www.zdic.net/c/6/73/117033.htm >(リンクを防止するため、「:(コロン)」は全角にしています。)(アクセス日:平成二十八年九月十七日(土)))、つまり「円月(圓月)(えんげつ(ゑんげつ))」とは満月のことです。

※唐突(とうとつ(たうとつ)):①「つきあたる。抵触する。」②「だしぬけ。突然。」(『新字源』pp.183-184)、今回は②の意味で用いています。

※半空(はんくう):①「なかばむなしい。半分なくなる。」②「なかぞら。天のまんなか。」(『新字源』P138)、今回は②の意味で用いています。

※洿池(おち(をち)):「ためいけ。地面が低く水がたまった所。」(『新字源』P571)

※故里(こり):①「ふるさと。」②「むかし住んだことのある土地。」(『新字源』P438)、今回は①の意味で用いています。

※安心(あんしん):①「安らかな心。」②「心を安んじる。」(『新字源』P271)、今回は①の意味で用いています。

※祭奠(さいてん):「祭りの供え物。転じて、まつり。まつりの儀式。」(『新字源』P723)

※高歌(髙歌)(こうか(かうか)):「大声でうたうこと。高唱〔こうしよう(かうしやう)(小書き文字を使うと「こうしょう」):「声高らかに歌うこと」:(『新字源』P1133「高詠(髙詠)(こうえい(かうえい))」の①と同じ意味です。)〕。」(Web サイト『goo国語辞書』の「高歌」の検索結果< http://dictionary.goo.ne.jp/jn/71901/meaning/m0u/%E9%AB%98%E6%AD%8C/ >(アクセス日:平成二十八年九月十七日(土)))

※高詠(髙詠)(こうえい(かうえい)):①「声高らかに歌う。」②「他人の詩歌の尊称。」(『新字源』P1133)、「高唱(髙唱)(こうしよう(かうしやう))(小書き文字を使うと『こうしょう』)」は①と同じ意味です。

※古来(古來)(こらい):「むかしから今に至るまで。」(『新字源』P161)

※蕭索(しようさく(せうさく))(小書き文字を使うと「しょうさく」)(=蕭颯(しようさつ(せうさつ))(小書き文字を使うと「しょうさつ」)・蕭条(蕭條)(しようじよう(せうでう))(小書き文字を使うと「しょうじょう」)・蕭寂(しようせき(せうせき))(小書き文字を使うと「しょうせき」)・蕭騒(しようそう(せうさう))(小書き文字を使うと「しょうそう」)・蕭寥(しようりよう(せうれう))(小書き文字を使うと「しょうりょう」)):「ものさびしいさま。」(『新字源』P893)

※本領(ほんりよう(ほんりやう))(小書き文字を使うと「ほんりょう」):「もちまえ。本来の特質〔とくしつ(=特性(とくせい)):日本語で、『特にその物にのみある性質』(『新字源』P637)〕。」(『新字源』P487)

※詠懐(詠懷)(えいかい(えいくわい)):「思いを詩や歌に表わす。また、その詩や歌。」(『新字源』P923)


●解説:

 今回は、中秋(ちゅうしゅう:陰暦八月十五日、新暦では今年は九月十五日(木)でした。)のその場の事を、宮廷歌謡の替え歌である填詞(てんし)の水龍吟(すいりゅうぎん)という、填詞(てんし)の譜面である詞譜(しふ:又は詞牌(しはい))に基づいて詠みました。

 今年のその中秋の日は雲の間から何とか中秋の名月(満月の時期は二日後の九月十七日(土))を観ることが出来た状況でした。台風も何度も来ていて、今も接近中という状況です。被害の多い中で何とか収穫の時期を迎えることが出来て安心してお月見をする、そんな願いを込めて填詞(てんし)を作っていました。

 これからの台風の被害は出来る限り少ないようにと願いながら、こういう気持ちをきちんと漢詩や填詞(てんし)に表現出来るように、これからも自宅での治療が続く中で勉強等の努力を重ねていきます。


佐村 昌哉(筆名:白川 玄齋)

この記事へのコメント

  • 泥舟

    近年の台風は予測のつかない しかも大型の台風が
    日本にやってきている様な気がします
    私の実家も数年前 床上浸水になりまして
    大事になりました
    もちろん 稲作も大打撃で 田んぼも流されましてね
    辛い思い出でした
    できるだけ安堵な日本でありますよう願いたいところですね
    2016年09月19日 22:56
  • 佐村 昌哉(筆名:白川 玄齋)

    > 泥舟さん

    おはようございます。温かいコメントをありがとうございます。

    はい。最近の台風は特に規模が大きくなっていますね。
    泥舟さんのご実家も数年前に災害に遭われたのですか、
    田んぼが流されてしまったのはとても悲しいですね。
    住宅への被害も大きいのですね。

    本当に、安心して無事に過ごせる日本であるといいなと思います。
    私もいざとなった時の避難等にしっかりと備えをしながら、
    体調を整えて治療を続けながら頑張っていきます。
    こういった漢詩や填詞もしっかりと作っていこうと思います。

    泥舟さんも良い水曜日の一日をお過ごし下さい。
    2016年09月21日 05:30