漢詩「遥夜間酌」(七言律詩)

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●原文:

 遙夜閒酌  玄齋 佐村 昌哉  大阪市

獨 斟 佳 釀 夜 深 長  月 下 田 園 村 里 莊

玉 鏡 亭 亭 浮 綠 蟻  金 風 陣 陣 響 黃 粱

臨 箋 一 刻 揮 詩 筆  盈 酒 三 杯 傾 羽 觴

身 暖 陶 然 醒 夢 未  亂 鳴 秋 蛬 感 繁 忙


●書き下し文:

 題:「遙夜(えうや) 閒(しづ)かに酌(く)む」

獨(ひと)り佳釀(かじやう)を斟(く)みて夜深(やしん) 長(なが)く
月下(げつか)の田園(でんゑん) 村里(そんり)の莊(さう)

玉鏡(ぎよくきやう) 亭亭(ていてい) 綠蟻(りよくぎ)に浮(う)かび
金風(きんぷう) 陣陣(ぢんぢん) 黃粱(くわうりやう)に響(ひび)く

箋(せん)に臨(のぞ)みて一刻(いつこく) 詩筆(しひつ)を揮(ふる)ひ
酒(さけ)を盈(み)たして三杯(さんばい) 羽觴(うしやう)を傾(かたむ)く

身(み) 暖(あたた)まりて朱顏(しゆがん) 夢(ゆめ)を醒(さ)ますこと未(いま)だし
亂鳴(らんめい)する秋蛬(しうきよう) 繁忙(はんばう)なるに感(かん)ず

「遙」の新字体は「遥」、「閒」の新字体は「間」、「獨」の新字体は「独」、「釀」の新字体は「醸」、「莊」の新字体は「荘」、「綠」の新字体は「緑」、「黃」の新字体は「黄」、「羽」の新字体は「羽」、「顏」の新字体は「顔」、「亂」の新字体は「乱」
「遙(えう)」の新仮名遣いは「遙(よう)」
「閒(しづ)か」の新仮名遣いは「閒(しず)か」
「釀(ぢやう)」の新仮名遣いは「釀(じよう)」
「園(ゑん)」の新仮名遣いは「園(えん)」
「鏡(きやう)」の新仮名遣いは「鏡(きよう)」
「陣(ぢん)」の新仮名遣いは「陣(じん)」
「黃(くわう)」の新仮名遣いは「黃(こう)」
「粱(りやう)」の新仮名遣いは「粱(りよう)」
「揮(ふる)ひ」の新仮名遣いは「揮(ふる)い」
「觴(しやう)」の新仮名遣いは「觴(しよう)」
「秋(しう)」の新仮名遣いは「秋(しゆう)」
「忙(ばう)」の新仮名遣いは「忙(ぼう)」


●現代語訳:

 題:「長い夜に静かに酒を酌む様子を漢詩に詠みました」

 一人で良い酒を飲んで、夜更けが長く感じられ、
 その時、月の下にある農村の村里にある別荘にいました。

 玉(ぎょく)という宝玉を磨いて出来た曇りの無い鏡のような月が遠くへだたっていて、それが酒の中に浮かんでいて、
 秋風が切れ切れに続いて、大粟(おおあわ:粟(あわ)の一種)を揺らして音を響かせていました。

 詩や文章などを書く小幅の美しい紙に向かって一刻(いっこく:二時間)、詩人の筆を振るい、
酒を満たして三杯、雀が羽を広げた形の杯を傾けていました。

体が暖まって酒に酔った赤い顔になり、まだ夢を醒まさずにいて、
コオロギが乱れ鳴いて忙しいことに感じ入る所がありました。

●語注:

※遥夜(遙夜)(えうや(ようや)):「長い夜。」(『新字源』P1010)

※間酌(閒酌)(かんしやく)(小書き文字を使うと「かんしゃく」)(間(閒)(しず(しづ))かに酌(く)む):静かに酒を酌むこと。「間(閒)」は「閑」と同じで「しず(しづ)か)」という意味です。(『新字源』P1068「間(閒)」の字の④の意味。)

※佳醸(佳釀)(かじよう(かじやう))(小書き文字を使うと「かじょう」):「よい酒。」(『新字源』P58)

※夜深(やしん):「よふけ」(『詩語辞典(しごじてん)』、河井酔荻編、松雲堂書店、P298、昭和五十六年)

※田園(でんえん(でんゑん)):①「田畑。耕作地。」②「田園のある所。農村。郊外。」(『新字源』P669)ここでは②の意味です。

※玉鏡(ぎよくきよう(ぎよくきやう))(小書き文字を使うと「ぎょくきょう」):①「玉磨成的鏡子。」②「比喩淸明之道。」③「比喩明月。」(『漢語大詞典(かんごだいしてん)』(Web サイト『搜韻(そういん)』の「典故(てんこ)、詞彙(しい)」の「玉鏡」の検索結果。< http://sou-yun.com/QueryAllusion.aspx >(リンクを防止するために「:(コロン)」は全角にしています。)(アクセス日:平成二十八年九月二十四日(土))))、つまり、①「玉〔ぎょく〕という宝玉を磨いてできた鏡。」②「天下が平和に治まる〔君主の踏み行うべき〕道の比喩。」③「曇りの無い月の比喩。」、つまり、①と③の意味から「玉〔ぎょく〕という宝玉を磨いて出来た曇りの無い月の比喩。」のことを示しています。

※清明(淸明)(せいめい):①「清く明らか。けがれやにごりのないこと。」②「天下が平和に治まる。」③「心にくもりのないこと。」④「二十四気の一つ。清明節〔せいめいせつ〕ともいう。春分から十五日目。陰暦三月の節で、陽暦の四月五、六日ごろにあたる。この日、郊外に出て遊び、墓参りなどする。」(『新字源』P590)ここでは②の意味です。

※明月(めいげつ):「くもりのない月。」(『新字源』P463)

※亭亭(ていてい):①「高くそびえ立つさま。」②「遠くへだたっているさま。」③「よるべないさま。」(『新字源』P38)この本文では②の意味です。

※緑蟻(綠蟻)(りよくぎ)(小書き文字を使うと「りょくぎ」):「亦作“綠螘”。酒面上浮起的綠色泡沫。亦借指酒。」(『漢語大詞典(かんごだいしてん)』(Web サイト『搜韻(そういん)』の「典故(てんこ)、詞彙(しい)」の「綠蟻」の検索結果。< http://sou-yun.com/QueryAllusion.aspx >(リンクを防止するため、「:(コロン)」は全角にしています。)(アクセス日:平成二十八年九月二十四日(土))))、つまり、「又は『緑蟻(綠蟻)(りよくぎ)(小書き文字を使うと『りょくぎ』)』と言い、酒の水面上に浮かぶ緑色の泡のことで、ここから言葉を借りて酒の意味を指しています。」となります。

※金風(きんぷう):「秋風。金は五行で秋にあたる。」(『新字源』P1030)

※陣陣(じんじん(ぢんぢん)):「きれぎれに続くさま。」(『新字源』P1068)

※黄粱(黃粱)(こうりよう(くわうりやう))(小書き文字を使うと「こうりょう」):「粟〔あわ〕の一種。おおあわ。」(『新字源』P1164)

(ちなみに「邯鄲(かんたん)の夢(ゆめ)」のことを「黄粱一炊(こうりょういっすい)の夢(ゆめ)」とも言います。)

※黄粱一炊(黃粱一炊)(こうりよういつすい(くわうりやういつすい))の夢(ゆめ)(小書き文字を使うと「黄粱一炊(こうりょういっすい)の夢(ゆめ)」):「人生のはかないこと。盧生〔ろせい〕が邯鄲〔かんたん〕の宿屋で、主人があわめしをたいている短い時間に、富貴をきわめた一生のゆめをみたという説話による。邯鄲〔かんたん〕の枕〔枕中記(ちんちゅうき)〕」(『新字源』P1164)

※邯鄲(かんたん)の夢(ゆめ):「人生のはかないたとえ。唐代に、盧生〔ろせい〕という青年が邯鄲〔かんたん〕の宿で道士〔どうし〕の呂翁〔りょおう〕にまくらを借りたところ、それから出世をし、栄華の長い一生を送ったが、ふと目がさめると、それが宿の主人が黄粱〔こうりょう〕(あわ)の飯をたいているわずかなあいだのゆめであり、人生のはかなさをさとったという物語。〔枕中記(ちんちゅうき)〕」(『新字源』P1018)

※邯鄲(かんたん):「戦国時代〔せんごくじだい〕の趙〔ちょう〕の都。今の河北省の南部の都市〔河北省邯鄲市〕。」(『新字源』P1017)

※箋(せん):「詩や文章などを書く小はばの美しい紙。」(『新字源』P755)

※羽觴(羽觴)(うしよう(うしやう))(小書き文字を使うと「うしょう」):「さかずきの一種。すずめがはねを広げた形のさかずき。」(『新字源』P801)

※朱顔(朱顏)(しゆがん)(小書き文字を使うと「しゅがん」):「酒によった赤い顔。」(『新字源』P488)

※秋蛬(しゆうきよう(しうきよう))(小書き文字を使うと「しゅうきょう」):「こおろぎ」(『詩語辞典(しごじてん)』、河井酔荻編、松雲堂書店、P136、昭和五十六年)

※繁忙(はんぼう(はんばう)):「いそがしい。」(『新字源』P784)


●解説:

 今回は、長い夜に静かに酒を酌む様子を、七言律詩の漢詩にしました。

 この七言律詩は、先ずは一句目・二句目・七句目・八句目の、漢詩の会の浪速菅廟吟社(なにわかんびょうぎんしゃ)の課題詩となる七言絶句を作り、それに更に三句目・四句目、五句目・六句目の二組の語呂合わせの句である対句(ついく)を作ってくっつけたものです。

 詩人の筆を振るいながら、静かに良いお酒を飲む、そんな中でコオロギが乱れ鳴いて忙しくしているのに感じ入る、儚い命のコオロギがせわしなく生きていることに、感慨深いものがあります。実際に私がお酒を飲んだのはずいぶん前になります。その時の気持ちを改めて思い起こして漢詩にしてみました。

 私自身も自宅での治療が続く中でも、しっかりと頑張っていなければ、コオロギの姿に改めてそう思います。これからも地道に努力を重ねていきます。


佐村 昌哉(筆名:白川 玄齋)

この記事へのコメント

  • 泥舟

    私はもともと下戸なので お酒に関する漢詩は 実は苦手なのですが
    これまたよく出てきますよね〜
    まあ 確かに 漢詩にお酒は合いそうです^^
    病院で 私はアルコールアレルギーと診断され
    消毒綿でさえダメと分かりましてね
    自分がそんなにも弱いんだと知りました
    まあ 体質なんでしょね^^

    漢詩素晴らしいと思います^^
    2016年09月26日 04:29
  • 佐村 昌哉(筆名:白川 玄齋)

    > 泥舟さん

    おはようございます。温かいコメントをありがとうございます。

    泥舟さんはアルコールのアレルギーなのですね。
    お酒を飲むと命に関わりそうですね。
    人の体質を知ることは大切だと改めて思いました。

    私も最近は健康も考えてお酒も控えています。
    そのために以前お酒を飲んだ時の事を思い返して漢詩を作っています。
    皆で飲む楽しいお酒が多かったです。一人吞みの記憶は貴重です。
    せわしなく鳴くコオロギにも、もっと頑張ろうという気持ちにさせられます。
    漢詩を通して気持ちを述べる、もっと述べていきたいなと改めて思います。
    そのためにもしっかりと努力を重ねていきます。

    泥舟さんも良い一週間をお過ごし下さい。いつもお仕事お疲れ様です。
    2016年09月26日 08:38
  • 美舟

    風流だな〜
    まずお作品拝見して、一番に思いました。
    お酒を飲みながら、詩人の筆を振るい・・・
    優雅な雰囲気とコオロギの乱れ鳴くというところの対比が非常に素敵でした。
    私も基本お酒は飲みません。
    ただ、飲めないこともないので、深夜のでもお酒を少し頂きながら、書道でも・・・なんて思いましたね〜
    これからの季節、そういう行為が似合いそうですよね。
    まあ、お酒飲むと、やる気を失うかもしれませんが!(笑)
    いつも素晴らしいお作品をありがとうございます。
    深夜にとっても気持ち良くなりました!
    2016年09月27日 02:21
  • 佐村 昌哉(筆名:白川 玄齋)

    > 美舟さん

    おはようございます。温かいコメントをありがとうございます。

    このようなお酒を飲む雰囲気というのは、
    漢詩を作る上で半ば想像の世界が含まれていますが、
    以前にお酒を飲んだ時の記憶を元にしています。

    コオロギに月、この季節のお酒の肴になるように思います。
    特にこの時期のコオロギの乱れ鳴く様子には、
    短い命を懸命に生きている様子を想像させて、
    とても身に沁みるものがあります。
    私も自宅で治療を続ける中でも何とか頑張っていかねば、
    そんな風に改めて思うようになっていました。
    これからもしっかりと頑張っていきます。

    お酒を飲みながらの書道、秋の夜長にはぴったりに思いました。
    私はお酒を飲むと眠くなって気分が大きくなりますので、
    実際にはそんな中でも集中を保つのも大変そうだなと思います。

    お酒を飲むことの無い状況でもお酒を飲む雰囲気に浸れるのは、
    漢詩を含め、詩歌の良い所ではないかと思います。
    これからも良い雰囲気の漢詩や填詞を作れるように頑張っていきます。

    美舟さんも良い火曜日の一日をお過ごし下さい。
    2016年09月27日 07:37